登場人物:跡部、滝、日吉
CP傾向:日滝
制作時期:2017年4月
『野望コンサルティング』の続き。
跡滝が香ってますけど、日滝です。が跡滝もやっぱり香ってます。……あれ???
日吉が滝の指導を受けるようになって五日が過ぎた。
その指導により、日に日に実力がついている。……という実感は、日吉は実のところ得ていない。
だが一つだけ大きくプラスと感じられる点があった。精神的な面のケアだ。
幼い頃から古武術の道場で自身を鍛え上げてきた日吉は、さほど他人に叱咤されたり注意を受けることは苦ではない。当然それはあるものだと思っていたからだ。
しかし滝の指導方法は違っていた。褒めて伸ばす。それが滝の手法だった。何もやたらめったら褒められるわけではない。言われた事をできたら、ちゃんと褒めてくれるだけ。失敗を見直すこと、その打開策を一緒に考えてくれるだけだ。
一見、ただそれだけの事にも思えるが、その気遣いは敗北に傷ついていた日吉の心に少しずつ浸透し、自信を取り戻すきっかけとなっていた。
精神的に不安定だと自覚していた日吉自身も、安定と自信を感じるようになり、次第に滝萩之介と言う男に心を開き始めた、というわけだ。
「今日の調子はどう?」
「悪くありません」
以前は一介の二年生である日吉を認識していたのかすら怪しい。高嶺の花のような存在だった。その滝が今日も今日とて、親しげに話しかけてくれる。その事に、日吉は少しばかりの優越感を得る。
「なら良かった。今日も暑くなるようだから、水分はこまめにとりなよ。はいボトル」
「ありがとうございます」
「と、今日の練習メニュー。前に言ったメニューから一部変更があるから、見ておいて」
滝は自分だけを見ていてくれる。その存在が今の日吉には心地よかったし、嬉しかった。
氷帝学園は関東大会で駒を進められず敗退した。本来なら三年生の部活はここで終了だ。実際、レギュラー以外のテニス部三年生の部活は自由参加となっている。
しかしこの夏、公式戦を戦った三年生は、その暑さが忘れられないのか、未だに部活に励んでいた。
滝萩之介もその一人だった。
本人はレギュラー落ちをきっかけにあまりラケットを握らなくなっていたが、日吉に付き合って打ち合いはよくしてくれた。
日吉は自分を次期部長候補に見立てての事だとは理解している。けれども、今はその優しさが、心身に沁みてしまった。
そうしていつしか、日吉は滝を目で追うようになっていた。
いつもクールで、華やかで、中性的で、どこかお高くとまっているように見えて、その実滝はとても気さくである。存外よく笑うし、友人とふざけあっていたりもする。艶やかに笑っている時もあれば、神妙な顔で部誌を書いていたりもする。そして何より、自分に話しかける時は優しく笑う。女友達などロクにいない多感な年頃の日吉が意識してしまうのは、もはや致し方ないのかもしれない。
そんな折に、一つの出来事は起こる。
「萩之介が欲しいなら、俺様から奪ってみるんだな」
「はい???」
部活帰りの夜、他の部員がほぼ全て帰った後、部室にいた跡部に唐突にそう切り出された。
跡部の常識が斜め上に外れていることなど、日吉はとっくに理解しているのだが、それでもいきなり掛けられたら言葉の突飛さに度肝を抜かれた。
「いきなり何の話なんですか!?」
全く意味がわからない。確かに最近ずっと滝に練習を見て貰ってはいるが、跡部はこれまで何もその件について触れていない。本来はレギュラーや部員のためにある滝のサポーターとしての力やマネジメント能力を自分に割かせている自覚はあるが、跡部の機嫌を損ねるほど跡部から滝の時間を奪っていただろうか。日吉は一瞬で思案を巡らせる。
「ああん? 日吉、お前。萩之介の事が好きなんだろーが」
「はあああああ!?! そんなわけないでしょう!?」
図星か否か、今はそのような問題ではない。ここで頷いてしまっては、確実に変な話になる。そう考えた日吉は即行で否定した。
「この俺様の目をごまかせると思うなよ? ずっと見てんじゃねえか」
「それは……今はマネージャーしてもらってますし、距離も昔より近いですから、気にかけるのは当然でしょう?」
言い訳としてはイマイチであるが、妥当ではある。日吉は焦りながらも冷静を努めて切り返す。対する跡部は相変わらず動じていない。
「ふーん」
真っ直ぐに射抜いてくる跡部の視線が怖い。日吉は思わず視線を落とす。何もやましい事などないのに、こんな後ろめたい気持ちにさせられるのは不公平だと日吉は心で悪態をついた。
「まあ、確かに綺麗な人ですけど。俺は別に、そんな気持ちで見てたんじゃないですよ。滝さんにも失礼です。そんなの」
まるでとってつけたかのような返答になってしまった。
「なら別に、そこはこの際どうでもいい。……だがな、萩之介はこの仕事を終えたら、お前から手を引かせる」
その言葉に、日吉は何故か重苦しさを感じた。
「どういう事ですか……?」
「てめえで考えろよ」
これは挑発だ。そんな事はわかっている。現に日吉は、無性に腹立たしかった。
元々は自分を部長に据える為に実力、精神力ともに強化するために滝は近付いて来た。そんな事は知っている。事が終われば、滝は去るのだろう。当然、引き継ぎが終われば部活には来なくなる。部活で会うことが無くなれば、もう道が重なる事はないのだろう。言われずともわかっている。
だから、何だというのだ。
「なあ日吉、てめえの座右の銘は何だ?」
おおよそ、この部で知らない者はいないだろう。気付けば他校にまで広まっている己の座右の銘。今更、確認する意味などないだろうに。
「……下克上です」
いつか滝に日吉は言った。滝を踏み台にして、この男……跡部景吾を蹴落とすのだと。
でも、今はそんなつもりはない。手をさしのべてくれた温かい手を日吉は知っている。それが例えまやかしであったとしても、自分にとっては一つの光明であったことは確かだ。
「で。いるのか? いらねえのか? いるなら本気で取りに来いよ」
そうか。そういう事か。ようやく日吉は合点がいった。
この関係性が、今後も欲しいのか、欲しくないのか。欲しいのであれば奪いに来い。何ともシンプルで、かつ直感的な問いだった。
再び視線がぶつかる。今度は日吉は逸らさなかった。
もしかすると、ただ単に売り言葉に買い言葉で、腹が立つからと言うのが理由かもしれないし、そうではないのかもしれない。
ただ、日吉は思ったことをそのまま口にした。
「いいですよ。そこまで言うなら、俺が奪ってやります! 部長の座も、あの人も!」
気付けば、そう啖呵を切っていた。
「ハッ、上等だぜ!」
跡部は満足そうに笑うと、高慢な態度のまま席を立つ。
「そうやってふんぞり返ってられるのも今のうちですから」
「精々頑張りな」
跡部は笑みを浮かべたまま、日吉の肩をひとつ叩くと、隣を通り過ぎてそのまま部室を出て行った。
シンと部屋が静まり返る。日吉の胸は、激しく運動した後のように早く鼓動を打っていた。 なかなかに恐ろしい事を口走ってしまったように思う。あんな事、考えたこともなかったのに、自然と口にしてしまっていた。
完全に乗せられてはいることなど、とうにわかっている。なのに踊らざるを得なかったのだ。
しかしこれは誰にも聞かれていない、当の本人でさえ知らない出来事。言わなければ何が変わるということもない。
「まだまだ甘いねー、日吉。そんな簡単に跡部にのせられちゃってさあ」
そう思った矢先だった。そこへ響いたのは、予想外の声で、思わず日吉は飛び退いた。
「ッ!!? 滝さん!? いたんですか!?」
「跡部は最初から知っててけしかけてるよ」
「いいいい一体いつから!?」
「最初から。隣の部屋で部誌書いてたんだよ。お前より先に戻ったろ?」
滝は書き終わったらしい部誌を軽く上げて見せる。
日吉はと言うと、先ほどより酷い動機に悩まされていた。これで落ち着けと言う方が無理なのかもしれない。
「き、聞こえてました?」
「あれで聞こえない方がおかしいだろ」
大変なやりとりを聞かれてしまった。日吉は頭を抱えたい気分に駆られつつも、完全に思考が止まっていた。そんな日吉を見つつ、滝が不適な笑みを浮かべる。
「ねえ日吉。はやく俺を奪いにきてよ」
それを聞いた瞬間、日吉は回れ右して部室を飛び出していた。逃走とも言う。
音も、景色も、人も、空も、何も見えない。聴こえない。ただこの場を離れて、冷静な自分を取り戻さなくては話にならない。その一心で廊下を走り抜けた。
「なんてねー、ってあれ? やりすぎた?」
部室にポツンと取り残された滝は、開いたままのドアを唖然と見つめた。
全力疾走していく彼は、耳まで赤かった。それを思い出して、少しだけ笑う。自分のために啖呵を切ってくれた日吉は、なかなかにかっこよかった。
本当に、いつか自分のもとへ来てくれるのだろうか。
「待っててあげるからさ」
もう見えない背中に一言。そう呼び掛けた。
「景吾さあ、ちょっと性格悪すぎじゃない?」
部活の帰り、滝を迎えにきた跡部は送迎の車までを共に歩いていた。昔から時間の合うときはこうやって滝や慈郎、樺地を送って行く。よくある事だった。
滝に揶揄られた跡部は少しだけむくれると、一言返す。
「うるせーな」
「俺をダシにしておいてその言い草はないでしょ」
「……」
普段ポーカーフェイスを貫く跡部だが、なじみの顔に関しては表情が出る。その顔に滝は吹き出して笑うと、ぎろりと跡部に睨まれた。
「うそうそ。日吉が心配なだけなんでしょ。そりゃあ君に比べたら誰だってリーダーとして目劣りしてしまうのは仕方のない事だけれども。……日吉は大丈夫だよ。見たでしょ? 闘争心なら君にだって負けやしないよ」
「んなことわかってんだよ」
「だったら、あんな焚き付け方しなくても……」
よくよく考えればわりと恥ずかしい台詞を言っていたのだが、あれが板に付くから跡部はすごい。
「俺は別にお前のものじゃないんだけどなー」
「チッ、そんなもの、言葉の綾だろーが!」
「あはははは! まあそんな風に見えてる人もいるだろうし、いいけどさ」
自然と跡部の隣にいる滝は、整った容姿から見て跡部の『何か』だと勘ぐる輩は少なからずいる。結局は跡部の庇護下にいるものだから、それで不利益を被った事などはないが、他人の視線がどの類のものくらいは、察しの良い滝は気づいてしまうのだ。
跡部はひとつため息をつくと、おもむろに語る。
「萩之介。てめえはてめえのものだ。ちゃんと知ってる。お前が手を出すなと言うなら、俺は黙ってみているさ。だがな、俺が心配してんのはあいつだけじゃねえからな」
わざと視線を向けない跡部に気づいて、ふと滝が立ち止まり跡部を見る。
「ん? ……ああ。ありがと、景吾。俺のこと、気を使ってくれたんだね」
「フン、めんどくせえから皆まで言わせんな」
言い方がぞんざいなのは、ただ単に照れているだけなのだ。滝は思わず笑いを噛み殺してしまった。笑うと間違いなく怪訝な目線が飛んでくるのだから、これはセーフだろう。
「ごめんごめん。じゃあまだ暫くは、俺はお前のものって事にしておいてあげるよ」
滝は嬉しく思いながらも茶化すように言うと、そっと跡部の隣に並びなおす。
跡部はいつだって滝に優しかった。一度懐に入れた者を跡部は決して裏切らない。それを知っているからこそ、滝も安心して隣に在れたのだ。その跡部の隣に、いつか並ばない日が来たとしても、きっと跡部は背中を押してくれる。
で、あるならば。例え自分が何処で誰といようと、自分はこの王様の味方であろう。そう滝は夏の夕暮れの空に想った。
これは、再び夏が始まる直前のお話。
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