CP傾向:紡主×ゼフォン
制作時期:2013年3月
2013年4月に発行された主ゼフォアンソロに寄稿したお話です。
だいぶ年月も経ったため再掲させていただきました。
――君に早く逢えますように――
そう願いながら植えた世界樹の苗は、焦る心とは裏腹になかなか育たなかった。急いても何か変わるわけでもなかったが、ただ待つ事に耐えられなかったあの頃の僕は、のろのろと成長する若木を何度も何度も見に行った。
二回目のテラスファルマとの戦いを終えて誰も来なくなった湖の砦はすぐに荒廃をはじめて、もう誰も寄り付かないと思い込んでいた。それなのに、困ったことに一つの噂がたってしまったのだ。
『誰もいないはずの砦に白い子供の幽霊が出る』
――なんて、大人ならすぐに作り話とわかるような、安っぽい噂。あまりにもくだらなくて、きっと誰も噂を確かめるような事はしないだろう。夜更かしする子どもたちを早く寝かせつけるための怪談、その程度のものだ。
けれど、その噂を耳にしてしまった僕は、その日を限りに世界樹を見に行かなくなった。
人に見つかることを怖れたというのもあるが、いずれこの地へ来るであろう天魁星に、嫌な印象を残したくなかったからだ。
それから数十年、ごくたまに近くを通るだけで、ずっと他の場所を旅して暮らしていた。
だから僕が再びその話を聞いた時、思わず口に含んでいたお茶を吹きそうになってしまったとしても、おかしくはないだろう。
「え? 白い子供の幽霊?」
「そうそう、ここ出るんだってよ!……って俺も小さい時に、砦に来んなって脅しの意味で親に言われただけだけどなー」
何気ない会話にその話が混ざってきたのは、若い面子で午後のお茶を楽しんでいる時だった。きっとあの時の噂だとすぐさま察する。
「あら、シュラートでもそんな話はありましたよ。私はそのくらいの頃は街の外に出ませんでしたから、場所もよく知らなかったのですけど」
どうやらイリアも聞いた事があるらしい。きっと色々な尾ひれをつけて各地へ広まったのだろう。
「テルベからはそう遠くないし、ガキの頃は結構怖かったよな。ジーノなんて近づくとピーピー泣いてたし」
「泣いてねーよ! あれはその前にすっ転んで痛くて泣いてたんだよ!」
「結局泣いてるじゃん」
「まあまあ」
ミュラとジーノの姉弟コントを、いつものように団長さんが宥める。その隣には、ティーカップを両手で持ちながら硬直しているリュセリがいた。
「え……で、出るの?」
「大丈夫だよ、リュセリ。ここを砦として使うようになってからは、そんな話きいたことがないし」
「そーよ。そういう類のもんは、こういう明るい雰囲気が苦手なんだから、怖がらずにフツーにしてたらいいのよ」
「そうなの?」
「そうそう」
ここで会話を聞くだけに徹していた僕が、初めて口を挟む。今こうやって若い面子に混ざって談笑している者が『幽霊の正体』だなんて、まさか誰も思わないだろう。その時代に僕は存在していないと当然のように考えるはずだ。だけれど、白い子供とか言われると、ちょっとばかりは焦る。
「怖がる人の前にしか出てこないから、あんまり怖がらない方がいいよ」
「わ、わかった……そうする」
「げ、俺もそうしよー」
リュセリが意気込むように拳を握りこむのと、ジーノが頭をぶんぶん振るのを見て、皆が和やかに笑う。もし本当に幽霊がいたら、きっとこの砦には入り込めないだろうな、なんて思いながら僕も笑った。
その後も暫く、彼らの懐かしい昔話に花が咲いた。普段の戦いの日々を感じさせないほど、穏やかな昼下がりだった。
お茶が終わると、皆それぞれ散っていった。僕は何をするでもなく世界樹の下へ帰る。あの近くにいると、ひどく安心するのだ。
温かいお茶とおやつのクッキーで程よくお腹が膨れた僕は、気づけば樹の根元でウトウトとまどろんでいた。たまには、こういう休日みたいなのも悪くないなぁ、なんて午睡を楽しんでいると、見知った人影が近づいてきた。
「ごめん、ゼフォン。邪魔しちゃったかな」
「うーん……。君もここで寝てしまえば問題ないんじゃないの?」
「なるほど」
そう言って彼は、迷う事なく隣へと腰を下ろす。ここから見上げる空は、そろそろ青色から茜色へと姿をかえるだろう。遥か彼方に傾きゆくお天道様が見える。それをぼんやり見ながら、僕は隣の人物へ声をかける。
「何してたの?」
「普段ばたばたしてあまりみんなとゆっくり話せないから、挨拶回りにね」
「マメだねぇ」
「そうかな? みんなとお話もできるし楽しいし、一石二鳥だよ」
「ふぅん」
「ちなみにここが最後だから、せっかくだしご飯までゆっくりして行こうかな。いいかな?」
「別に僕の場所ってわけじゃないし、好きにしていきなよ」
「ありがとう」
そこで、会話が一旦止まる。僕の場所じゃないって言ってるのに、なんで「ありがとう」なんだろう。意味がわからない。でも、まぁいいかと思って、隣の肩に頭を預ける。
世界樹の下も安心するけれど、それよりも彼の――天魁星の傍の方がもっと安心する。逢いたくて逢いたくて、ずっと焦がれ続けた、僕だけの天魁星だ。星々を惹きつけるその力は、勿論僕の星にも働いている。と、いうわけだ。
特に長い時間の中を待ち続けることになった僕にとって、彼は輝かしい存在とも言えた。
「団長さんはさ、もし幽霊に遭ったら、どうするの?」
ふと気がつけば、そんな事を尋ねていた。あまりしたくなかった昼の話の続きを自ら蒸し返してしまうなんて、少し失敗したかと後悔する。
ただ、彼も幽霊の噂を聞いて育っていたならどう思っていたか、それが単純に気になっただけだ。
「そうだね。……一緒に遊ぼうって言うかな」
「は?」
思わぬ返答に、眠気が覚めた。
「一緒に美味しいご飯を食べて、遊んで、おしゃべりしてしまえばきっと怖くなんかないよ。それに幽霊も子供だったら、一人は寂しいと思うんだ」
変な子だと思っていたが、やっぱり変な子だった。あの昔に僕が考えた事は、全て杞憂だったのだ。
「幽霊が応じてくれると思ってるの? お人好しだねぇ」
「あはは、やっぱり無理かな」
あまりにもおかしくて、別に困らせたいわけではないのにいじわるを言ってしまう。
「大人の言うような悪いオバケだったら、そうやって誘き出されたところで、頭からパクリだよ?」
「それは怖いなぁ。うーん、でもやっぱり会って話しをしてみたいかな。もしかしたら困っているかもしれないじゃないか。離れられない理由があるのかも。……ね? 話してみないと、人の心も幽霊の心も、何もわからないよ」
こともなげに言う彼の横顔には、いつも通り真っ直ぐな瞳が輝いていた。
「まったく、誰も君には敵わないよ」
呆れてしまうくらいのお人好しだった。でも、だからこそ彼が自分の天魁星で良かったとも思えた。
暫くすると母屋の方から彼を呼ぶ声が聞こえた。それほど広くないこの砦では、声を張り上げたら声が通る。あの声はおそらくジーノだろう。どうやら夕食の用意の手伝いを彼に頼みたいらしい。
「あらら、呼ばれちゃった。ごめんね、もう行くよ」
そう言って立ち上がった彼は、服の裾を軽くはたく。
「ゼフォンももう少ししたら食堂へおいでよ。温かいうちに食べないとね」
「うん」
にこりと笑いを零して颯爽と駆けて行く背中を、まるで春風のようだとぼんやり見送る。姿が完全に見えなくなるのと同時に、思わず苦笑してしまった。
「あーあ。たまらないね。一緒に遊ぼう……かぁ」
嬉しいような、とても残念なような、そんな気分だ。
もっと、早く君に逢いに言って、仲良くなって、ちゃんと「僕と、僕の友達を助けて」って言いに行けばよかった。こうやって少しずつ仕向けるんじゃなくて、全てを打ち明けた上で友達になりたかった。いいや、例え幽霊でもいいから、君と在れる時間がもっと欲しかった。
――今となっては後の祭だ。叶わぬ未来だ。
「また僕は間違っちゃったのかな」
架空の幽霊に嫉妬して思わず膝を抱えた。
百年前の僕に会いに行って、真実を告げようか。そうしたら、もう少し幸せが掴めるかもしれない。そう考えかけて、すぐにその思惑を打ち消した。今こうやって、彼の心が聞けただけで十分だった。
「もし化けて出られたのなら、次こそ君に逢いに行くよ」
誰もいない世界樹の下で、ゼフォンは静かにそう呟いた。
だから、その時は一緒に遊んでね。怖がらずに僕を傍に置いてね。――僕の天魁星。
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