登場人物:跡部、滝、日吉
CP傾向:日滝
制作時期:2016年10月
第一次氷帝戦後、負けた日吉くんと滝さんと跡部
いつか書くかもしれないふんわり馴れ初め編
「日吉、だろうな」
「……俺もそう思う」
次期部長について。彼らの意見は寸分違わず合致していた。
青春学園に敗れて関東大会を去った氷帝の夏は終わった。かのように見えたが、夏期休暇の間の部活は変わらず続いていた。
夏の終わりに決定打を打った日吉若は、敗北が余程堪えたのだろう、部活が終わると直ぐに飛び出して行った。
部員をあらかた帰らせて、残ったのは跡部と滝のみだ。そこで自然と、次期部長についての話になったのだ。
「鳳は皆に好かれているし、優しいけれど、彼はサポートの方が得意だし副部長向きだね。樺地もそうだけど、まずどう考えても人前に立たせる人柄じゃない。今の正レギュラーの中から選抜するのが理想的だろうし、そうなると性格的にも実力的にも日吉が氷帝の部長の座を継ぐものとして、妥当なんじゃないかな。榊監督が、俺の後釜に宍戸じゃなくてまず日吉を起用したのもそういう意図なんだろう。流石だな」
「そういう事だ。だが、今のままでは無理だろうな」
日吉は深く傷付いて落ち込んでいる。下克上を掲げて戦ってきた彼だが、己の敗北で氷帝が負けたということが、未だに自分で許せないのだろう。
「あの子なら、放っておいても大丈夫だろうけど。俺がなんとかしようか?」
余計な節介かとも思うが、跡部が出て行くよりは良いだろう。何故なら跡部は日吉の、絶対なる目標でなければならない。
「……頼む」
少し考え込んでいた跡部からの返答に、滝は思わず笑みを浮かべる。
「なんだかんだ言って、跡部は日吉の事が心配なんだな。可愛いいやつめ」
「お前に言われたかねーよ」
「あはははは。まあ任せてよ。何とかするから」
手早く手荷物をまとめると、滝は短く別れの挨拶を告げて部室を出た。
日吉を見つけるのは簡単だった。最初から目星がついているというのが正しい。落ち込んでいる時にわざわざ人が多いところには行かないだろう。そう絞って、尚且つ体が動かせそうな野外をあたる。暫く探せば、やはり人気のない校舎の裏で壁打ちをしていた。
おそらく邪魔になるだろうが、滝は恐れなく気さくに声をかける。
「日吉」
「……滝さんか。俺に何か用ですか?」
「そうだよ。ちょっといいかな」
「気分が優れないので、手短にお願いします」
そう言って日吉はボールを打つ手は止める。人と話す時はながら作業にしない。そう躾けられてきたのだろう。向き直る日吉を、滝は品が良いのだと思う。
「負けたの、まだつらい?」
「…………当然でしょう」
「だよねー」
「せっかくの、皆で上に行くチャンスを、俺が摘んでしまったんだ。……俺だって、もっと、もっと戦いたかったのに、俺が……弱かったせいで!」
憤る日吉が拳を握る。そんな苛む日吉を見ながら、滝は近くの木陰へ腰を下ろした。日向はまだ恐ろしく暑い。
「そうだね。でも、それが分かっているのなら十分だと思うよ。それに、やはりお前が適任だ」
「何の話ですか?」
「次期部長をね、君に任せたい。っていう話さ」
「は? なんで今いきなり。嫌ですよ、そんなめんどくさい役」
「そんな簡単な話じゃないよ。そもそも誰もただであげようとか言ってないしね」
日吉なら絶対に断ると、滝は思っていた。理由は明快だ。日吉は己が強くなる事こそが目的であり、権威ある役柄というものに興味がない。どこまでも強さに対してストイックなのだ。それを如何にやる気にさせるか、というのが腕の見せ所でもある。
「ねえ、日吉。下克上という言葉は、力のなかった者が、力をつけて、力を持つ者を打ち負かす……っていう意味だろう?」
「そうですね。でも俺にはまだ、力がない」
「分かってるじゃないか。だから、力をつけて座右の銘を果たせよ、日吉。そのために俺が来たんだ。力を貸してやるよ」
不適に微笑む滝を見て、日吉はあからさまに怪訝な顔をする。
「いりません。あなたに恩を受ける義理も道理もない。それに、俺に力を貸したって良いことなんかありませんよ」
「ほんと、皮肉れてるなあ」
「ほっといてください」
「お前ひとりで、俺がいなくても跡部に勝てるくらい強くなれるって言うのなら、俺はそれでもいいよ。けど、青学に負けてだだ凹みの精神よれよれ野郎に言われても説得力ないしねー」
「…………」
言い返す言葉もないのか、日吉はひたすらに面白くない顔をしている。それもそうかと笑いながら、滝はゆっくりと言葉を重ねる。
「伊達に跡部の隣にずっと居るわけじゃないんだよ、俺は」
「宍戸さんに負けたくせに」
「そう言うのはおあいこだろ? 負けたことを引きずってウジウジしないだけお前よりまし。後悔も反省も必要だけれど、それで過去に捕らわれてしまう方が余程時間の無駄というものだよ。わかったかな? お若い日吉くん」
それは、敗北者ゆえの強さだ。敗北者が再び立ち上がる時に必要な力。そして更に強くなるために、必要なもの。
「分かりました。あなたが面倒くさい人で、大体何を言っても無駄だと言うことが」
「この会話でそれを悟れたなら結構だね。なら、さっさと諦めて首を縦に振るべきじゃあないかな」
「強引ですね」
「まあね。これくらいでないと跡部の隣にはいられないから」
しゃあしゃあと答える滝の顔はとても涼やかだった。とても宍戸に負けて悔しがっていた彼には結びつかない。とっくに乗り越えているのだ、彼は。その彼に言われると、いまだに立ち直れていない日吉は面白くなかった。
「…………いいですよ。俺はあなたの事を踏み台にして、うんと強くなりますから」
それはなんてことない返事のつもりだった。上手くこの男を利用して、のし上がってみせる。そのためのただの捨て駒にすぎない。
そんなつもりが大きく揺らぐことになるのは、遠くない未来となるのだが。
「上等!」
滝の見せた笑顔に、心を揺さぶられてしまった時点で、彼の敗北は見えていたのだ。
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