登場人物:滝、日吉
CP傾向:日滝
制作時期:2020年5月
『情動クロージング』の続き。
まだ付き合ってない日吉と滝さんが喋ってるだけ!といういつもの馴初めです。
彼の潔癖さを知っている。その志の高さも、前向きさも。そして、不器用さも。
今日も彼は全力でトレーニングに励んでいた。
世間では所謂、夏休み。そして青学に負けた氷帝の夏は終わったかに見えた。
だが、三年生の夏が終わろうが、他の学年には未来がある。現氷帝で最も次期部長に相応しい男、日吉若。三年生のレギュラーも、監督の榊も、同じ二年のレギュラーである樺地や鳳も納得の満場一致の次期部長候補だ。不服があったのは本人だけであったが、滝の丁寧な指導と精神的な支えによってそれも解決した。
しかし、誰もが理解している。あの、前部長を超えることは難しいと。だから、日吉は今も猛特訓の日々を続けていた。
今日は室内体育館でウォーミングアップから、基礎練習、そして滝が課した課題も終えて、尚練習に励んでいる。
その姿はまるで何かを許せないようで――何が許せないかなんて知っているけれども――。
それを振り払うように練習に励んでいた。
一息ついた日吉に、さりげなくタオルとドリンクを手渡すと、滝は話しかけながらゆっくり横に座る。
「あのさ、日吉、パーフェクトじゃなくてもいいんだよ」
「……わかってます。でも嫌です。完璧じゃないのは自分で許せない」
「だよねー。知ってた」
暫くして、落ち着きを取り戻しつつ日吉だが、それでも時には自分を痛めつけるように練習する時がある。それを鋭く見抜いてストッパーになるのも己の役目だと滝は思っていた。動きすぎの時は、こうやって間に入って会話をする。育ちの良い日吉はこうすると勝手に練習へ戻ることもないからだ。
「ねえ、日吉はテストの点数で満点が取れたこと、何回くらいある?」
まだ息の整わない日吉に、あえて目を合わさずに問いかけてみる。
「イヤミですか」
「あははは、イヤミじゃないつもりだけど、そんなにたくさんはないだろ?」
氷帝は名門校であるが故に勉学に対しても厳しい。だが、氷帝テニス部員は滝の知る限り、強い者ほど勉強ができたりする。特に真面目な日吉は、テニスを優先したとしても勉学を疎かにするタイプではないだろう。
そんな事も見透かした上での問いだ。
ちなみに滝は、日吉が察している通り殆どが満点だ。成績も上から数えた方が早いだろう。
勿論、勉学ができるからと言ってテニスを疎かにしたつもりはない。
「どうせ数えるほどですよ」
本来なら誇っても良いことだろうに、むっすりした顔で返す日吉に、思わず滝は苦笑する。なんてわかりやすい。
「あはは、お前のことだから凡ミスとかうっかりミスでしょ」
「な、なんでわかるんですか!?」
狼狽える日吉に、滝はやっと顔を向けた。そしてにやりと笑ってみせる。その不敵な笑みに、日吉の落ち着きつつある胸の鼓動がドキリと跳ねる。
「それはね、お前がそれを気にしすぎなだけで、世間ではよくあることだからだよ。それくらい普通に誰でも失敗してる。でもお前はそれを知らないからそこに目がいってしまう。だから強調されて記憶に刻み込まれるし、忘れられない」
単純な話だ。日吉にはまだ、その周囲が見えていないだけなのだ。
「失敗はある程度、忘れてしまった方が良い時もある」
滝が日吉の頭を慰めるように、軽く撫でる。最初は子供扱いされているようで嫌だった日吉も、今では嫌でなくなっていた。隣にいる麗人が皮肉で言っているわけではないと知ったからだ。だから、つい甘えてしまう。
「つまりはね、妥協も必要ってコトさ」
わかっている。そのつもりだ。完璧を目指す事は間違っていなくとも、完璧になれないことはおかしくはない。
だが、知っているのだ。心の中にいる『完璧』が。誰よりも下剋上したい人が。憧れの存在を連れている覇者が。……届かない。そう思うと焦りが出る。
「……。わかってます。でも、俺はまだ滝さんの中の『一番かっこいい人』になれていませんよね」
跡部景吾。自分の中でも誰よりも強くて、気高くて、かっこいい人物だ。それを上回るなど、自分にできる芸当ではない気もする。
けれど、一部分だけでいい。この隣にいる人に、認めてもらえるくらい、強くかっこよく在りたかった。
「うーん、そもそもお前の場合は目指してる山が高すぎるんじゃないの?」
そんな日吉の心理をあっさり見抜いてか、滝がさらりと返す。何が誰を指していて、自分がどのような心境で……。そういうものを滝は一瞬で見抜く。
「またイヤミですか」
「ま、跡部と比べたら誰でも霞んじゃうだろうけど」
とうとう出てきた名前に、日吉は思わず苦い顔する。知っている。自分の知っている誰と比べても、彼を越えられる人なんていやしない。
でも、負けたくはない。何故なら……。
「俺はあの人の跡を継いだら、絶対に比べられるんですよ」
「だろうねー」
いつもの気軽さで滝が笑う。
「だから嫌なんです。妥協なんて、できるわけないでしょう」
できる限り食らいつく。それくらいでないと認めてもらえない。何より、自分で自分を認められない。
「じゃあ話を戻すけど、俺がお前に『パーフェクトじゃなくていい』って言っているのは、お前個人にじゃないんだよ。プレイスタイルを今更変えろとか、目標を緩めろとか、そんな野暮な事は言うつもりはない。けどね、いつかこの氷帝に君臨する君には知っておいてもらわないといけないわけだ。妥協はね、必要なんだよ」
妥協は必要。分からなくもない。ただ、滝に諭されるようにそう言われると、自然とそう思えてくるから不思議だった。
溶けていく。意固地になっている自分が。それを優しく溶かしてくれる要素を滝は持っている。
「まるで魔法の言葉みたいですね」
「ふふん、俺は魔法使いだからねー」
自慢気に笑顔を見せる滝に、再び胸が跳ねて、思わず日吉は顔を背けた。あざとい。でも可愛い。そう思ってしまう自分を悔しく思う。
「俺はここでつっこめばいいんですか、それとものればいいんですか?」
「あははは、そこを早く見極められるようになることだね」
それは惚れた者の負けだとある程度は気がついているが、自分に滝をつけた跡部の采配を思うと、やはりあまりにも完璧で腹が立つ。
こうして術中にはまっている自分に言えたことではないのだが。
「大丈夫だよ、日吉。お前には必ず、俺が完璧なかたちで氷帝の頂点に君臨させてやるからさ」
「は?」
「だから、俺を信じてよ」
「え?」
「それにね、もうとっくに俺の中の『一番かっこいい人』は跡部じゃないんだな、これが」
「っ!? は??? だ、誰なんですか!?」
「教えてあ~げない!!! そらそら、息が整ったら次期部長様にはまだまだやることがあるんだからね、次いくよー」
さっと滝は立ち上がると、持ってきていた荷物をさっとまとめていく。
「ちょっと、はぐらかさないでください!」
「よーし、俺についてこれたら教えてあげよう」
日吉は先程まで練習していたおかげでボールもラケットも、何もかも出しっぱなしだ。
「ちょ、待ってくださいよ! すぐ行きます!!!」
日吉は慌てて立ち上がるとラケットを掴むと、散らばったテニスボールをカートに戻すために走り出す。優雅にゆっくり片付て準備していく滝と、早送りのように片付けをしていく日吉と、見ている者がいたら笑っているところだろう。
最終的に、扉の前で滝は優しく日吉を見ながら待っていわけなのだが。
「アンタ、俺の事からかって楽しんでるでしょ」
「うん、嫌い?」
「……う」
からかって楽しんでいるのはわかるが、どうも嫌な気はしないから困る。イジメるためにやっているのではなく、猫にちょっかいをかけて弄るような感覚なのだとわかるからだ。
自分だっていつか見返してやる、と思っているが、今はそれどころではない。それに、正直あまり人と関わるのが得意でない日吉にとって、構われるということは丁度良かった。
「あはっ、なんてね。冗談だよ。さ、行こうか日吉」
言葉に詰まっている日吉を尻目に、滝が歩き出す。咄嗟に腕が伸びて、滝の鞄の端を掴んでいた。それに気がついたのか、滝が振り向く。
「で、で、誰なんですか!? その……一番かっこいい人って」
滝は優しく微笑みながら日吉に近づくと、少しだけ背伸びして額にそっと口付けた。その唇の柔らかさを日吉が意識できた頃にはもう離れていたが、一気に心臓が跳ねるように脈打った。
「これでわかったかな? 俺の王子様」
「え、あ。……はい……」
わからないと言えば、もう一度してくれるだろうか。それよりあの優しい微笑みが一瞬しか見られなくて、残念にも思う。
とにかく色んな感情がないまぜになって、日吉の思考力を完全に奪ってしまっていた。
「じゃ、行こうか日吉」
滝は今では涼しい顔でいるというのに、日吉の思考回路は全くついていかない。練習で汗ばんだ後、ちゃんとタオルで拭いたのに、顔が火照るように熱いのがわかる。
「は、はい……。え?……滝さんが……俺のことを……???」
「だから、早く俺をさらいに来てよね~♪」
爆弾のようなセリフを吐いて再び歩き出す滝の後を、ぐるぐるとまとまらない思考のもとついていく。さらいに行く?誰から誰を?いや解りきっている。完璧の王様からだ。
「待っててください。必ずや……奪いに行きますから!」
そう言って俯きながら追いかける。まだ自分からは手を出さない。否、出せない。いつか覇者として君臨できるその日まで、己を磨き続けるだけだ。
彼が王になるのは、まだまだ先のお話。
滝さんと日吉が話してるだけとも云う、いつものアレですね。脳内お花畑。
言わせたいセリフがあったんだ系なんですが、わかった人が居たらご一報下さい。
会話させるの好きでつい地の文が適当になっちゃう。
面白さは常に迷子だし、ご都合主義なのはいつもの事です。
どこが面白いのかは、忘れた頃に読むと分かるんです。
自分の萌えですからね……。
しかしテニミュの滝さんかわいかったな~
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