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呼び覚ませ、置き去りの君の鼓動(ナタク×太乙)

【登場する人】
ナタク、太乙

【CP】
ナタ乙

【備考】
またまたEDその後で、やや落ち着いた感じのお話。
マンネリ気味で申し訳ない!
けど書きたかった(笑)ファフナー信者です。











 これは君を守るためのものだった。
 でも、本当は、ただ君の苦しむ姿を、見たくなかったからかもしれない。



 話はこの日の午前に遡る。
 この蓬莱島で暮らすようになった仙人や妖怪たちも数年が経ち、ようやく落ち着いてきた頃合いだ。
 太乙真人も新たに洞府を設けて早速ラボを新設し、蓬莱島の様々なシステム構築にも携わって来た。
 弟子のナタクはというと、人間界に肉親や友人、親しい者を残して来ている者は、比較的人間界に降りる許可が出やすかったため、留守にしがちである。蓬莱にいる時は見回りに出ることも多く、ここのところは互いに忙しない日々を送っていた。
 忙しいが、大きな戦いのない平和な毎日に、太乙はそれなりに満足していた。先日、蓬莱島の大体のシステム構築や建築は終わり、やっと洞府でゆっくり研究に励める生活が戻って来たのだ。
 やっと自分のやりたい研究に打ち込める。蓬莱島に様々な施設を作るに至り、金鰲からの新たな知識も吸収した太乙にはやりたいことが山ほどあった。ざっとあと千年ほどは暇を持て余したりしないだろう。その間にもやりたい事は増えるのだから、知識欲に飢えた研究職というものは仙人にぴったりだと太乙は思っている。
 ただ、悩みがないわけではない。前の戦いで失い、心に負った傷も完全には癒えていない。忙しさで騙していただけだ。
 けれど、それで気がついた事がある。今生きている者たちを、更に愛しく思えたことだ。
 今も昨夜遅くに帰り、朝一に湯浴みをしていたナタクを朝食を作って出迎えたところだ。まだ大戦が起きていなかった彼の修行時代を思い出す。あの時ほど彼は荒々しくなくなった。まだ好戦的なところはあるが、年齢相応の落ち着きを持ち、今ではいきなり襲われることもない。人は、仙人は、変わるものなのだ。

「おかえり、ナタク。朝餉ができているよ。食べていくだろう?」

「……ただいま。ああ、貰っていこう」

 寡黙ではあるし、まだ目を見て会話するのに抵抗があるようだが、こうした普通の会話ができるだけでも太乙は嬉しかった。
 二人して、こうして顔を合わせて食事をするのは久しぶりだ。ナタクは普段から外出気味で、帰っても朝早くから出ていく事が多い。太乙は夜ふかし気味で朝に弱いからいつもすれ違ってしまうのだが、今日は話したいことがあって昨夜は帰宅に気づいてすぐに寝た。
 いつか話さなければないこと。ナタクが戦闘兵器であるために、太乙が彼に施していたもの。それを今こそ告げねばならない。後々にしていたら、きっと切り出せなくて後悔する。
 朝餉を食べ、終わりにおかわりのお茶を注ぐ。それを渡しながら、太乙はさり気なく話しかけた。

「ねえナタク、あの戦いが終わってもう数年が経つよね」

「ああ、そうだな」

「君を取り巻く環境も随分と変わった事だろう。どうだい、元気にしているかい?」

「俺はもう子供じゃない。何か不調があればちゃんとおまえに言う」

「子供じゃない……か。そうだね」

 ナタクは本当に成長した。本来の性格であるのか、あまり多くは語らないところは変わらないが、より人らしく他人を思いやれるようになった。わだかまりがないわけではないが、敵視していた太乙ともこうやって暮らすくらいには落ち着いた。

「太乙、用件はなんだ? 何かあるんだろう」

 そう、彼はいつまでも無知な子供ではない、こうして太乙が真剣に語りかける時、何かがあると既に気づいている。

「うーん。……別にそのままでもいいんだけど、いつまでもってわけにも行かない気がしてね~」

「何の話だ?」

 太乙の話したいのか、話したくないのか、よくわからない態度にナタクが眉を寄せる。いざ話そうとして迷っているだけなのだが、ナタクの短気を感じ取って慌てて太乙は言い繕った。

「ごめんごめん、ちゃんと順を追って話すよ」

 ナタクの真正面に座り直すと、湯呑みを両手で弄りながら太乙は言葉を選ぶ。

「今となっては遠い遠い昔、私が君を再度造り上げた時の話しさ」

 ナタクの雰囲気を感じ取ったのか、極めて明るく振る舞いつつ太乙が話し出す。ナタクにそれがわかる程だ、話しにくい事なのだろう。
 太乙は一つ溜息をついて自分を落ち着かせると、静かに告げた。

「完結に言うとね、君の痛覚を、意図的に遮断したんだ」

「痛覚?」

 それだけでは話がわからない、というナタクに太乙は丁寧に解説する。

「そう、人が傷を負った時に『痛い』と思う感覚の事さ。もちろん全てを遮断すると何も感じなくなってしまうから全てではない。けれど君は感覚よりも嗅覚の方が鋭かったから、余計な痛みは戦闘において邪魔だと考えた私は、一定値のダメージを受けた時、又は一定値のダメージを受けなかった傷の場合は痛覚情報を大幅に遮断して霊珠に届ける命令施術をしたんだ」

 そう言われると覚えがある。片脚が吹き飛んでも、手がもげても、心臓の核を見せるために胸を開いたときも、それほど痛みはなく、故に抵抗もなかった。
 更にかすり傷は負った時に知覚できれど、痛いと思ったことなどない。それに、壊れても太乙が直す。自分の身体は霊珠が壊れない限り替えが利く。それが最大の自分の利点だと知っていた。

「もちろん君が蓮を元に生まれ変わった時には、痛覚は正常に働いていたはずだよ。でも本当だったら痛みで動けないような傷でも、君の闘争心があれば動くように私が細工した。麻酔をかけなければ『直す』なんてできないくらいには痛覚を遮断した。君が少しでも生きながらえるために、私は君の痛みを奪った」

「そうか」

 体に傷を負った時に浮かべる苦悶の顔というものに縁がなかったため、ナタクはこれまで不思議でもあった。だが、自分は宝貝人間なのだ。人とは違う。だから痛くないのだと、ずっと思ってきた。

「……ごめんね」

 太乙は申し訳なさそうに視線を落とす。湯呑みのお茶が、薄暗い灯りに照らされて心もとなくゆらゆら揺れている。
 あの時、本人の意思など確認している場合ではなかった、と言ってしまえば済むのだろうか。痛みなんてないほうがいいに決まっていると思うだろうか。だが、痛みを知らぬものは、他の者の痛みにも気づきにくい。成長する過程で大事なものを、太乙は勝手に無断で取り上げたのだ。

「何故おまえが謝る?」

 いつもは真っ直ぐナタクを見て話す太乙が、今日に限っては俯いていた。余程気にしていたのだろう。普段ならすごい技術だろうと胸を張っていそうなのに、まるで禁忌を犯したように沈んでいる。

「例え君が私の作った宝貝人間で、まっとうな人間の肉体ではないとしても、人間としての大切な五感の一部を意図的に麻痺させていたのは確かだからだよ」

 太乙はナタクを自分の最高傑作であると言いながら、稀に妙にしおらしい所がある。そのために造られたのだし、その事を受け入れたナタクには不思議としか思えないのだが……どうやら師は己に他のものも望んでいるらしい。
 ――人間としての成長。
 それを知った時、ナタクの中で凍てついていた感情が少しずつ溶け始めた。だが彼はそれを知らない。当然、ナタクが太乙に伝えていないからなのだが。

「それは悪い事なのか? おまえは今、俺を生かすためと言った。結果俺は今もこうして生きている」

 師の判断が間違っていたかどうかはわからない。だが、自分を生かすためにどれだけ苦心してきたかは自分が一番知っていると、ナタクは自負している。

「ありがとう、そうだね。でも戦いが終わった以上、私は君に痛覚を返すべきだと思うんだ」

「痛覚を返す?」

「あくまで、そういう施術をしただけだから、ちゃんと回路を繋げば人と同じような痛覚に戻る。でも痛覚が戻るという事は、今より感覚がより鋭敏になると言うことだよ。始めは戸惑うかもしれないし、嫌に思うかもしれない……けど、どう……かな。君はどうしたい?」

 話し終えた事で一息ついたのか、太乙が湯呑みに口をつける。
 どうしたい……と聞かれてもナタクにはわからない。痛みが人として当然にあるのであれば、きっと太乙は元に戻したいのだろう。だが、痛みというのは人に必要不可欠であるものの、できれば味わいたくない感覚なのだろうというのも知っている。だから彼は決められずにいるのだ。

「それについて、俺に意見を聞いてどうする」

「勿論、君の言う通りするよ。けれどね、君がずっと感情に乏しかったのは私が君から痛覚を奪ってしまったからではないかとか、思う事もあったりしてだね……。君を強くするためとは言え、ちょっと軽率だったかなって……思ったりして……」

 ここに来て、ナタクは太乙の心境を大体悟った。後ろめたいのだ。兵器として造った弟子に、あれだけ人間らしくあってほしいと願った師は、その人らしさを奪ったのは自分ではないかと己を責めているのだ。
 だから、思わずナタクはカッとなった。

「見くびるな! 確かに人の気持ちを理解することは難しいと今でも思う。昔はほとんど解からなかった。……が、今は昔のような破壊衝動はもうない。人は傷つくと痛いし、簡単に死ぬと知っているからだ。そしてそれは全て、おまえから学んだ事だ!」

 愛を最初に教えてくれたのは確かに母だ。だが、自分を兵器ではなく、人間へと成長させたのは間違いなく、目の前のこの男だ。長い年月を共にし、喧嘩もしたし敵視もした。隣にいた時も、離れていた時もあった。何度も身体を直して貰ったし、たくさんの宝貝も授かった。そうして今、隣にいるのだ。

「ナタク……そうだね。君は昔の君とは違う。とても誇らしい人に育ってくれた」

 ナタクの言葉に唖然としていた太乙が、少しだけいつもの笑みが戻る。それだけでナタクは胸が締め付けられる思いがした。
 太乙が眼を閉じ、すぅと息を吸う。再びその瞳が開かれた時、太乙の目は真っ直ぐナタクを射抜いていた。

「では、改めて聞くよ、ナタク。君は本来の痛覚を取り戻したいかい? もし取り戻したら、また戦いが起きても、これまでの捨て身のような戦法は取れないよ。傷を負えば痛みで動けなくなる事もある」

 これまで許してきた数々の無茶な戦い。少しでもナタクに心苦しい思いをさせたくないのもあった。痛みに苦しむ弟子の姿など見たくなかったし、何より身体を直すにも痛みが伴うのだ。麻酔を使えば痛みは消えるが、直ぐに戦線復帰などできない。それでは人と変わりがない。彼は宝貝人間として、兵器として生まれたのだ。きっと痛みよりも戦いの復帰を望むだろう。だからそんな激痛の連続に晒したくはなくて痛覚を遮断した。
 それはただのエゴかもしれない。けれど、それが適切なのだとあの時は信じるしかなかった。
 しかし、これから平和に暮らせるのなら。もう無茶をさせずにいられるのなら。ナタクには人間になって、立派な仙人になってほしい。その素質は充分にあるのだから。

「その痛みはおまえと同じなのだろう。他の仙人や人間と同じなのだろう。なら、俺はその痛みを取り戻したい」

 ナタクの答えは決まっていた。
 痛覚遮断。それはきっと、太乙が自分を心配し、初期に施した愛情のかけらなのだろう。例え自分を殺そうとする相手でも、あの頃から彼はかわらず親であり、師なのだ。過去の自分は甘えていたのだとナタクは心の中で苦く笑う。
 今は同じになりたい。例え身体は蓮でできていても、戦うことを目的に造られたのだとしても、命を持って生まれた自分を人間であるべしと蘇らせた。ならば、人間として本来の痛みも受け入れたい。

「……分かったよ」

 ナタクの強い意思が宿る瞳を見て、太乙はゆっくりと立ち上がった。

「施術は君のメンテナンスを終えて、状態が万全の時に行う。それでいいね?」

「ああ……」

「だから暫くは外出禁止。少しでも不調があれば延期にするからね」

 メンテナンスの準備に取り掛かるのだろう、食器を片付け支度を始める太乙を見ながらナタクはぼんやりと思った。戦時の時はあんなに短期で直していたのに今更、何を勿体つけるのかと。至った答えは過剰な心配から来る『親ばか』だったのだが、不思議と悪い気はしなかった。







 結果的に言うと、数日後に行われた手術は無事に成功した。太乙に限って失敗の文字は殆どなく、ナタクは何も心配もしていなかったのだが、太乙がこの手術に強い気迫で挑んだことに代わりはない。
 ナタクは気がつくとベッドの上に寝かされていた。じわじわと体中が痛みだすのがわかる。

「おはよう、ナタク。目が覚めたかい? 気分はどう?」

「そこそこ痛い……」

「そりゃあ、このあたりとかそのあたりをズバズバーっと切ったんだもの。身体中の痛覚回路を霊珠に正常に接続させないといけないから、そこそこ大掛かりだったんだよ?」

 そう言われると、太乙に疲れが見える。本人も余程気を張っていたのだろうし、ここまで付きっきりで経過を見ていたのだろう。

「よく頑張ったね」

 ふわり、と笑顔で頭を撫でられた。昔、撫でられた時に猛反発して以来だ。

「頑張ったのはおまえだろう、俺は何もしてない」

「私は、私がやるべき当然の事をしただけだよ」

 はにかむ太乙を、本当なら自分も撫でたかった。残念ながら、腕は動かすこともできず、見上げることしかできなかったが。

「あと、そろそろ麻酔が切れてくるだろうから、耐えずに無理せず痛くなってきたら言うんだよ。鎮痛剤を入れて様子を見るから」

 てきぱきとナタクの看護をしながらも、太乙は心配そうにしている。
 術後はおそらくかなり痛む。先に聞かされていたが、自分を苦しませたくないであろう事は解っている。
 ゆっくりと、麻酔が少しずつ切れてチリチリと全身から痛みが湧き上がってくるのがわかる。これまで痛みを感じたことがないわけではない、だがそれは初めて知る痛みだった。

「ああ、確かに痛い……だが、どこか懐かしい……気がする」

 幼い頃、転ぶことはなかったが怪我をしたことは多少はあった。痛みで泣く事はなかったが、あの時のなんとも言えない、泣きたくなるような衝動的な痛み……ずっと忘れていた遠い記憶の一つだ。

「心の底では覚えてたんだろうね。君は宝貝人間だから、回復力も高いし、明日明後日には痛みもほとんど消えて普通に動けるようになるだろう。今日中はたぶん、そこそこ痛いけど痛み止めがあるから、のたうち回る程の痛みでもないはずさ」

「そうなのか」

「うん、でも忘れないで。その痛みは既に君のものなんだ。君が自分を大切にしてあげなくちゃ、痛みはすぐに戻ってくるよ。だから私からのお願いだ、これからはもっともっと自分を大切にするんだよ」

「ああ、わかっている」

 やることも一通り終えたのか、太乙は寝台の傍に座って話しかける。その形相があまりにも必死なので、思わず口元が緩んでしまった。
 遠い遠い昔、まだ彼の元に弟子として入山したての頃、こうやって彼は何度も必死に話しかけてきた。何度も殺されかけて、喧嘩をして、傷つけ合って、それでも太乙は諦めることなく何度も話しかけて来た。ただ、ナタクの負担を少しでも減らせるように。当時は全く気づかなかったが、思い返せば本当に母親のような小言ばかりだったように思う。

「肉体としては死ななくても、痛みは感じるんだ。だから無茶しちゃダメだよ!? ゼッタイにゼッタイだからね!?!」

 ニヤリと笑うナタクに一抹の不安を感じたのか、太乙は強く念を押してくる。そんな彼を見て、ふと思い出した。

「そういえばむかし……」

「うん?」

「俺はおまえをずっと傷つけていた」

「うーん、そんな事もあったね」

 喧嘩なら数え切れないくらいした。反発していない時のほうが少なかったくらいだ。
 本当に、今思うとなんて幼稚な考えだったのだろう。世界のことも、何も知ろうとせず、あれほど見事な井の中の蛙はいなかっただろう。

「一度大怪我させて、俺にはどうすればいいかわからなくて、俺は慌てて雲中子のところへ担いで持っていった」

「ああ、懐かしい事件だ」

 太乙にとっては既に薄れた記憶なのかもしれない。だが、あの時ナタクの中では大きな変化があった。一つの転機とも言えた。しかし、今になってやっと気づけた事実もある。

「あの時、おまえはこんな痛みに……いや、苦痛に耐えていたんだな」

 体を切り裂いたり貫通すると言うことは、こんなに痛いのだと、初めて知った。

「あはは、あれは確かに死ぬかなって思うくらいには痛かったねえ。でもまあ長く生きてたらその分、死に直面する回数も増えるし、私も仙人だからね。もう気にすることないよ」

 太乙は軽く笑うが、ナタクにはまだ鮮明な記憶として残っている。
 雲中子にめちゃくちゃ怒られたのもあるが、それより謎の不安でいっぱいだった事を覚えている。

「あの時、後悔した」

「知ってるよ。それに君はちゃんと反省できたもの」

「でも今、あの時以上に後悔している。……すまなかった」

「……おやまあ、ほんとにもう過ぎた事なのに」

 予想以上にナタクが考え込んでいる事に気がついた太乙は、今度は苦笑する。あの頃は怒ってばかりいたが、あの時だけは太乙は怒らなかった。そのせいもあるだろうか。

「あの時、言えなかった言葉だ。でも今なら言える。痛覚を消してくれていたのも、俺を思っての事なんだろう。でも初めてわかった。……痛いのは、痛いな」

「え、あ、うん。間違ってないけど、語彙力がちょっと……」

 大真面目な顔でナタクは語る。

「じゃあ、心も痛い」

「う、うん。まぁ、若気の至りっていうのはね、子供にはあって当然だからしょうがないよ。所謂『黒歴史』というやつだね」

 あの時、どれくらいナタクが心を痛めたのかも知っている。あれを機に、彼はちゃんと力を加減することを覚えたからだ。言うことも少しなら聞いてくれるようになった。

「むう」

「今はもう、そんな感情ないだろう?」

「当たり前だ。こんな痛い思い、もうさせてたまるか」

「ありがとう、ナタク」

 太乙は優しくナタクの頭を抱きしめて撫でた。他はまだ動かせる状態じゃないからだ。
 ちゃんと育ってくれた我が子が、こんなにも愛おしい。血も繋がっておらず、まともな師弟関係でもないが、それでも彼は誰よりもナタクの事を思ってきたつもりだった。

「太乙……!?!」

「ご、ごめん! も、もしかして傷にさわった? 痛かったりした?」

 狼狽するナタクの声を聞いて、慌てて離れる。

「違う。温かい……お前の触れた所が……」

「ああ、感覚を正常に戻したんだから、そうなるか」

 感覚は痛覚の前にあるものだ。これまで曖昧だった温度感覚なども通常に戻したのだから、人の温もりをより感じるようになったはずだ。すっかり忘れていた。

「これからは暑さや寒さにも、もう少し気をつけないといけないかもね~」

 茶化す太乙を歯牙にもかけず、ナタクは語りかける。

「なあ太乙」

「なんだい?」

 太乙はそっと離れて様子を伺う。すると、真っ直ぐ射抜く漆黒の瞳と視線がぶつかった。その真摯な空気に一瞬、場の空気が止まる。
 そして、次に紡がれた言葉は、太乙をパンクさせるのにはあまりにも容易いものだった。

「今は動かないこの手が動くようになったら……お前を抱きしめさせてくれないか」









 そして一週間程の時が流れた。
 あの後、無事に動けるようにまで回復したナタクは、早速太乙を抱きしめにかかり、洞府に変な悲鳴が響いたりもした。人前ではしない事を約束に、たまになら良いとは許可したが、正直どうしたらいいのかわからなかった。
 痛みを取り上げていた手前、突き放すことも出来ずに今に至る。

「む、これも痛い……」

「だろうね」 

 今日も修練に励んでいたナタクが珍しく擦り傷を作って帰って来たので、太乙は傷の消毒を行っていたのだ。ここまでしなくとも治る傷なのだが、些細な傷でも痛むのが珍しいらしく、わざわざ見せに来たようだった。

「たかが少し切れただけで、これなのか?」

 戦闘においては軽傷にも入らないような、かすり傷。本来の彼であればこんな傷、負った数にも入らないようなものだ。

「そうだよ、ナタク。それが本来、人が持つ痛覚なんだ。ちなみに染みて痛いのはわかるかい?」

「僅かに痛いのが続いてじんじんする」

「それは傷を治すために薬をつけたからだよ」

「何!? 薬は傷を治すのに痛みをもたらすのか!?」

「そうだよー。そうでないものもあるけど、でも薬を使うと早く良くなるよ。覚えておこうね」

「そうか、これが……」

「ちなみに紙で指を切ったりしても地味に痛いよ」

「あれはお前が痛がりなわけではなかったのか」

「いやまあ、痛がりなのは認めるけど、ほんと痛いんだってば! その後の水仕事もしみるの! ナタクもいつかわかるんだから!」

「ふむ、その時を心待ちにしていよう」

「ぜったい、ぜったい痛いって思うんだからね!?」

 現実と向き合った彼は、驚くほど冷めていた。否、これを受け止め切れるまで言わなかったというのが正しいのだろうか。
 この判断が合っているのか間違っているのか、まだ自分にもわからない。
 しかし、彼に兵器ではなく、人間になって欲しいと願ったからこそというのも、また事実だった。
 ここからまた、彼は人としてスタートする。宝貝人間として人より強靭で替えがきく特殊な肉体であることに変わりはない。だが、痛みを受け入れた彼は、もう前のようなただの兵器ではない。痛みを知る人間なのだから。








そんなわけでペインブロック……痛覚遮断してたよってお話でした。

私の中の太乙様は蒼穹のファフナーの千鶴さんのような存在で~
っていうのは以前語ったような気がするんですが。
・概念的にとても母(家族を愛する者)である
・しかし戦況を覆すための研究として過ちを犯さざるを得なかった
・それに対して負い目も後悔も責任も感じて苦しんでいるが逃げることはない
・被検体である者が苦しんでいる事に対して強い責任感や、できる限り最善を尽くす義務感を持つ
・絶対に愛は忘れない、日常の温かみを忘れないでいられる人

みたいなあたりでしょうか……
弟子を戦いに送り出すのは、そういう用途で作ったけれど、人の心をなくして欲しくはない
研究者としてその準備も研究も全て自分がやった
けど本当は静かに幸せに戦うことなく生きて欲しい。
そういう痛切な願いが、こう……千鶴さんっぽい(同じではないけど雰囲気的にそういうアレ)
よな~とファフナーのえぐぞだす見てて思いました。

で、気づいたらこういうネタに走ってました。

いやでも、いくら宝貝人間だからって、普段のナタクって鈍感すぎないです?
馬元戦であんな簡単に心臓の部分を剥ぎ破って見せるとかマークニヒトかよ~
ペインブロックしてるでしょ絶対~とか思ってたら出来た話です。

これで崑崙山IIを動かしている太乙様がジークフリード・システムの統括者で
ナタクの支援援護とかやってたら、互いの思考とかも筒抜けで面白いのにな
とかちょっと思ったのはナイショですwww
一番好きな設定は統括者がパイロットのダメージショックを共有するごとに
痛みが日常でもフラッシュバックして蓄積していく設定なんですけど(軽リョナですね……)
まぁ、ないな、うん。

ちなみに書いてる時は楽しかったけど、既に面白いのかわからない境地にいます。
楽しいのかなこれ……。
三年後くらいの私にはウケる内容だと信じて書いてます。


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