登場人物:ヘルムート、トロイ、ヨン、その他色々
CP傾向:トロヘルです。
制作時期:―――
数年前(今から軽く4年前くらい)当時文を書く子ではなかった私の
適当に作ったプロットを元に姉に書き起こしてもらったトロヘル小説。
(つまりは合作)
最近になってようやく打ち込みました。(遅!)
トロヘルを幸せにするためのシリアス物語。
※主人公の名前はヨンです、いいこなので好きに脳内変換をしてお楽しみください。
「ヨン達は、勝ったのか……?」
別働隊の面々を乗せた小舟は、静かに水面を進む。
背後では少し前からエルイール要塞が地鳴りのような音をたてて崩れ始めていた。
皆、ヨンが勝ったのだと信じていたけれど、彼が生きているのかまでは自信が持てなかった。
「おい、あれ……!!」
その声に振り向いたヘルムートは凍りつくように立ち尽くした。
轟音と共に崩れ行く要塞。
その大音響さえ一瞬の、遠くの彼方へ消え去るかの様だった。
ヘルムートがよく見知ったその船は、今まさに沈もうとしているところだった。
甲板は、人が立つのは難しいくらい斜めに傾いている。
けれどその傾いた面にぐらつく事もなく立っている男が居た。
凛として取り乱すこともせず、ただ静かに目を伏せて。
考える前に、体が動いていた。
船べりに駆け寄り、ヘリを乗り越えようとした時、ヘルムートはシグルドとハーヴェイに押さえつけられて
ようやく自身が海に飛び込もうとしていたのを知った。
「放せ!放してくれ!!行かせてくれ!!!」
滅茶苦茶に振りほどこうとするヘルムートを、二人は力すくで押さえつけた。
「今行っても海に飲まれて死ぬだけだ」
キカが静かに言った。
その言葉はヘルムートの耳に届きなどしなかった。
「はなせ、はなせ……っ!!トロイ様!!トロイ様!!!」
その瞳から流れる涙を、三人の海賊たちは見ないようにしながら、彼を押さえ続けた。
沈みゆく船が要塞の崩壊の土煙に遮られて見えなくなっても、ヘルムートは諦めようとはしなかった。
夢を見た。
もう、ずっと前のことだ。
トロイと初めて出逢った時の夢だ。
細かい部分は曖昧だったが、それだけは分かった。
そして、目が、覚めた。
(何故だろう?)
分かりたくなどなかったのに、ヘルムートには分かってしまった。
自分が何故ここにいるのか。
何が起きて、何が終わったのか。
なくなったものは、何か?
ヘルムートは考えを肯定するかのように、どこからか勝利の宴を楽しむ人々のざわめきが流れてくる。
それはとても遠い出来事に思えて、ヘルムートは静かに目を閉じる。
そしてもう一度目を開いて、見慣れた天井を見つめた。
「……」
(トロイ……さま……)
その名は、ひどく現実感が欠けているように思えた。
不意に扉がノックされて、まるで魂が引き戻されるようにヘルムートは現実感を取り戻した。
「誰だ?」
「……ヨンだよ、入ってもいいかな?」
聞き覚えのある声は軍主のものだ。
「どうぞ」
言いながらベッドの上に身を起こした。
扉の向こうから姿を現したのはヨンだけではなかった。
彼の後ろから黒髪の美少女が、ちょこんと小さくヘルムートに頭を下げる。
「そのままでいいよ」
ベッドから降りようとしたヘルムートを留め、ヨンはベッドサイドにある椅子に腰をかけた。
「……身体はどう?苦しいところはないかな」
「ええ、おかげさまで」
特に異常は無い、と簡潔に答えた。
「それは何より」
よかった、と軍主は微笑んだ。
少し会話が止まり、遠くの宴の騒ぎが聞こえてくる。
「君は僕の事を、恨むのかな」
それは問いかけか、または独り言か。
静かにその言葉の意味がヘルムートの中に沈んでいった。
「彼を殺したのは僕だから」
そう告げたヨンの感情を、言葉から測ることはできなかった。
ヘルムートは軽く息をついて、静かに首を振った。
「覚悟は、していた」
この軍に入ると決めた時から。
いつかあの人を敵に回すということを。
「それに、あなたは、やるべきことをしたのだ」
軍主として。ヘルムートにはそれを非難する権利は無い。
ヨンは表情を無くしていた顔を、柔らかい微笑みに変えた。
「これは君に許しを請おうというんじゃない」
そう前置き、ヨンは言った。
「お父上と、ここから逃げなさい」
コルトンが捕らわれている牢の前で、ヨンはヘルムートに振り向いた。
「僕が、してあげられることはこのくらいしかないけれど……
君の、君達の幸せを祈っている。君の仲間として」
「すまない」
深く頭を下げようとするヘルムートをヨンは押し留めた。
「君が謝ることなんて、何もないよ」
「だが」
「どうか、元気で」
「ああ」
ただ、短くそう答えると、ヨンは牢の見張りに何ごとか声をかけて
彼らを連れて階段を上がっていった。
ヘルムートとビッキーが静かに牢に近づくと、コルトンが顔を上げ
いくらかの驚きを持って二人を見比べた。
「あの方が……軍主殿が、私と父上に、ここから逃げよと」
「なんと……しかし、どうやって……」
「この少女が、紋章の力でここから出してくれるのです。父上、ご決断を」
コルトンが迷ったのは僅かな時間だった。
彼は決意を込めて頷き、牢の中でしゃんと立ち上がった。
「では、ビッキー殿。頼みます」
「うん、わかった。どこに行くの?」
聞かれたヘルムートは逡巡することなく、きっぱりと答えた。
「クールーク皇国の見えるところへ」
捕縛された身の自分に、優しかった人々を思い出すと、この船と別れることに一抹の哀愁を覚えた。
確かにここは、ヘルムートにとって安らぎの場所となっていた。
きっと二度と戻ることは許されない。戻るつもりもないけれど。
「クールーク…ちょっと難しいかなぁ。がんばるね」
ビッキーはそう言いながら、さして気負う様子もなく杖を構えた。
祖国は、トロイであり父そのものであった。
ヘルムートは祖国を裏切ったが、それは兵士達の身を、引いては祖国そのものを案じた故だった。
彼は祖国を深く愛した。
トロイのいないその国は、愛する故郷であっても、もはや彼の帰る場所ではありえない。
けれどせめて、最後にもう一度。
愛した祖国を目に焼き付けて、そしてこの地を離れたかった。
聞きなれた呪文が聞こえる。
その最後の節が終わる時、ヘルムートは誰にも聞こえない小さな声で別れを告げた。
「ありがとう……そして、さようなら」
小さなくしゃみと呪文の発動は、同時だった。
長い浮遊感の終わりに、聞こえたのは波の音。
「ここは……?」
荒れる海が見える。足場が酷く不安定で膝をついた。
側には父とビッキーが同じく座り込んでいる。
「あれは……!」
父が指差しのは――崩れゆくエルイール要塞。
エルイールは既に崩壊したはずではないだろうか?
この目で確認したわけではないが、崩壊に何日もかかるわけがない。
混乱しながら周囲を見渡す。何らかの残骸の上で、三人は波に揺られていた。
「あっ……わたし、また……」
突然、ビッキーが慌てたように声をあげ、
ギィィイン!!!
すぐ近くで金属がぶつかりあう剣撃の音が聞こえた。
反射的に振り向いたヘルムートの目に映ったのは、双剣を持ち赤いバンダナを翻す少年と
黒髪に長く黒いマントを羽織った――。
「トロイ様!!!!?」
瞬間、何故かヘルムートは理解した。
ここは、あの時の、あの場所なのだと。
理解した瞬間、海へと身を躍らせていた。
あの時と違ったのは、誰も制止する者が居なかったこと。
そして、トロイとヨンが死闘を繰り広げる場所に、とても近かったこと。
理解した瞬間、彼は冷たい海へと身を躍らせていた。
咄嗟の事に、ビッキーはおろかコルトンすらも静止する事すらままならなかった。
服が濡れて水を吸い、その重さに何度も海中へと引きずりこまれそうになりながら
必死に荒れる水面をかき分けた。
海に飛び込んでから、急激に焦燥感が募る。
今ならまだ間に合うかもしれない。急げ、もっと速く。
鎧を水中で取り外し、一気に軽くなる。
服もいらない部分は脱いでしまった。スピードが上がる。
後方で父が叫んでいるような気がしたが、構っている暇はなかった。
ようやく彼の輪郭がはっきりする位置にまで辿り着いた。
足元は既に海水に浸かりつつあるのに、その表情は何の怖れも絶望も示していなかった。
ただ、穏やかに目を伏せるその人――トロイに向かい、ヘルムートは波間から叫ぶ。
「トロイさま、トロイ様ッッ!!」
彼が伏せていた瞳を開いた。
まるで闇へ沈もうとしていたその入り口で、急速に光を当てられたように、眩しげに。
助かるとか、死ぬとか、そういう事は頭になかった。
何も伝えられないまま永遠に別れた彼が目の前に今生きているのだ。
何も伝えず終わることなどできない。
諦めない、今度こそ。
「ヘルムート……」
トロイは海面に膝をつき、ヘルムートへと手を伸ばした。
その間にも船は沈み続け、ようやくその腕を引き寄せた時には、足場などないに等しい状態になっていた。
ずぶ濡れのヘルムートは、トロイと共に胸まで水に浸かりながら、少し震えた声で彼の名前を呼んだ。
「トロイ様……貴方は軽蔑なさるかもしれない。
私は敵軍へと降り、その中で安息を得た。そして貴方の敵として剣を振るった。
でも、そうして生きながらも、諦める事ができなかった」
海水は首まで迫り、ヘルムートは俯いていた顔を上げた。
その瞳には、ただ一つの真っ直ぐな想いだけが映っている。
「私は貴方のところへ還りたかった。許されずとも、蔑まれても、私の還る場所は……。
クールークでも、あの優しい船でもなかったから」
「ヘルムート、話は後だ」
船はとうとう海中へと完全に姿を隠し、二人は多数の破片と海へ滞った。
トロイの所まで泳ぐために全力を使っていたヘルムートを背に負うようにして、トロイは泳ぎはじめた。
少し向こうに、コルトンとビッキーの乗っている、比較的大きな残骸が浮かんでいる。
トロイはその残骸へと水をかきわけ、かきわけ、確実に近づいていく。
「……私に、還る場所など無いと、思っていた……」
背に負うヘルムートに、トロイは荒い息の中から語りかけた。
「クールークにも、もはや私の居場所はなかった」
「トロイ様……」
「だが……お前が、居たのだな。お前が居てくれたのだな。ヘルムート……」
冷たい波間で、トロイはその目に熱いものが沁みるように湧き出すのを感じていた。
澄んだ青空がどこまでも広がっている。
そこはクールークと群島諸国から遠く遠くの北の、大草原が海のように広がる地だ。
三人はその広大な地の片隅で、静かに暮らしている。
よく晴れた日に、ヘルムートとトロイは馬で遠駆けに出ていた。
広大な大地を走り、木陰で馬を休ませる。
ふいに、トロイが言う。
「こんな、穏やかな日々が私に訪れるなど、あの頃は思ってもみなかった。皆、お前のお陰だ」
そんな事はないと首を振るヘルムートに、トロイは微笑む。
「私達は、もうこの国に住まう者だが、いつかまたあの国へ行こう」
「はい」
二人は遥か遠い場所まで、どこまでも繋がる大空を見上げ、祖国へと想いを馳せた。
彼らに『帰る場所』を与えてくれた、祖国クールーク。
いつか、そこへ訪れたなら、こう言葉を贈りたい。
ありがとう、……と。
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いかがでしたでしょうか?
ネタは大半私が考えたのですが、書いたのは姉という珍しい文章合作です。
タイトルはお友達の祥矢ちゃんから「これトロヘルっぽい!」と借りた
松たかこさんの『時の船』。イメージもわりとソレです。
悲恋なトロヘルも好きだけど、やっぱり幸せな妄想もしてあげたいよね(´・ω・`)
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