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君の見つめしその悠久 前編(ナタク×太乙)

【登場する人】
ナタク、太乙

【CP】
ナタ乙

【備考】
原作のエンディング後、かなり時間経過しております。
ナタクが精神的に成長しておりますので別人警報です!
ただし、過去作を順に読んでいただけていると
なんとなく成長具合がわかるかな?という仕様になっております(笑)








「ねぇ、ナタク。お勉強してみないかい?」

 ある日、彼の師はそう言った。

 それはいつもの朝餉の席で、いつもの天気で、いつもの気温で、いつもの日差しで、いつもの空気で、全てがいつも通りだった。
 なのに、師の声だけが、いつもと違う。

「勉強……?」

「そう、勉強」

 何のだ?と、訝しげに目で問えば、師は目線を窓の外に移す。

「仙界大戦から、随分と時が過ぎたね」

 そして、話の方向を変える。
 一体、どのように話が繋がっているのだろうか、ナタクには読めない。

「もう、あの時の人間界の友達もいなくなってしまう」

 そこで、師は窓の外を見ているのでなく、もっと遠くを見ているのだと気付いた。

「君も、人間界に降りることも減るだろう。無論、君が行きたいのであれば私は止めないけれど」

 この数十年来、師はとても寛容だった。
 大戦以来、束縛しなくなったと言っていい。
 故に自分は自由だった。
 帰る場所もいくつかあったし、この師の洞府にも帰ったり帰らなかったりした。
 今はここに居るけれども。

「君は大人になったね」

 そう言って、師は嬉しそうに笑った。
 大昔なら、その親気取りに苛立って、噛み付いていただろうと思う。
 しかし、今はそうは思わなかった。
 時が経つに連れて、自分は少しずつ変化していた。大戦が終わって暫くは破壊衝動も強かったが、じきに薄れていった。存在意義を失ったように感じて自棄になったこともあったが、親しい者が支えてくれた。辛い別れも耐えることができた。
 戦いがなくても、この世界は悪くない。そう思える新しい自分を見つけた。そうこうしている内に、師に対する気持ちも変わっていた。
 今は一緒にいても、嫌ではない。いつも気にかけてくれる。慈しんでくれる。信頼できる。そういう存在が尊い事も、遠回りをしたが学んだ。どうしようもないドジにももう慣れた。
 そうしてここは安らげる帰るべき場所になった。

「まぁ、無口なところは相変わらずだけれど」

 勿論、そんなことは一言も口にしたことはないが、心許していることは、既に師は気づいているだろう。とやかく言わなくなったのも、信頼の表れだと感じるからだ。

「でね、最初の話に戻るけれど、そろそろ落ち着きそうだから、君にはひとつ学んで欲しいことがあるんだよ」

 頬杖をつきながら何気なく話しているが、この件が師にとってそこそこ重要な件だと言うことは、楽に察することができる。

「何だ?」

「君の修理の仕方とか、メンテナンスの仕方とか、そういった知識や技術を……かな?」

 言っている意味は、理解できる。
 しかし、これまでナタクは、己の身体に対しての知識は何一つ持っていなかった。
 それで何も問題がなかったからだ。
 何故、今になってそのような事を言うのか、理解できなかった。

「必要ない、お前がいる」

 だからそう、短く返す。これまでも、困ったことがあればいつでも帰ってこいと言われていたし、この手の事は全て任せて来たのだ。

「この前、暫くはここに戻らなくてメンテナンスできなかった時、君は左手を痙攣させてしまっただろう? あれくらい自分でも直せるようになるよ」

 確かに、自己修復が出来れば、更に自由になれるかもしれない。だが、やはり乗り気にはなれなくて、無言を貫いた。
 その態度に太乙は困ったのか、苦笑して頬杖を崩す。
 しかし、すぐに憂えた顔になると、優しく諭すようにゆっくりと喋った。

「それにね。私がいなくなったらどうするつもりだい?」

 その言葉に、思わず睨んだ。
 仙人は不老不死に近い存在だが、死なないわけではない。先の大戦でも封神された道仙はたくさん見た。大戦が終わっても、不慮の事故で死ぬ者は少なからずいるのも確かだった。

「睨まないでおくれよ、死ぬつもりはないから。けれどね、ナタク。普通の人間であれば、病気や怪我は医者が治してくれるけれど、君は私にしか直すことができないんだ。それは、とても危険なことだと思わないかい?」

 そう語る目は、本気で憂えていた。胸が、何故か少しだけ痛む。

「今すぐ答えを出さなくていい。でも考えておいてね」

 そういって、師は話を打ち切るように椅子を立った。





 あれから五日ほどが経った。
 結論から言えば、ナタクは太乙の教えを受けることを決めた。答えを出すまでに時間がかかったのは、これまで深い知識を必要とする修行や実習はしてこなかったというのが大きい。
 正直、全く手を着けたことのない分野で興味もさほどなく、一生関わらないとすら思っていたのだ。抵抗がないわけではなかった。
 だが太乙は、勝手に自分を信じているのか何も急かすことも、話を蒸し返すこともなく、ただ待っていた。辛抱強く、ナタクを信じて。

「やる」

 そう告げた時は驚きと歓喜に目を潤ませていたのだから、どうやら焦らせはしたようだ。

「長く、険しい道になると思うけれど。本当にいいのかい?」

「構わない」

「ナタク、ありがとう。私も一緒に、頑張るからね!」

 本当に嬉しそうに笑うのだから、ナタクは困った。それで得られるものは、太乙にはない。月日と労力を浪費するだけだ。なのにそんな事は全く考えていないのだろう。改めて実感する。この存在は親であり、そして師であった。

 そうして、長いようで短い勉強の日々が始まったのだった。





 太乙が提示してきた大まかな勉強量と、それに費やす時間は最短で約3年だった。
 まずは読み書きの基礎――こちらはほとんど出来ていたが――から始まり、数学、物理学、力学、科学の基礎を学ぶ。そしておおまかに把握した頃に宝貝の基礎知識へと入る。
 基礎知識と言っても、科学だけではなく、様々な分野に及び、それだけでも大変な量だった。
 話を聞くに、その膨大すぎる知識のほぼ全てを、太乙は暗記しているらしい。細かい分量などは記してありもするが手順などは全て脳の中で、それらを教えるには再度書き起こす必要があるのだと言う。ナタクにはさっぱり理解できなかったが、とにかく己の師が凄い事だけはわかった。大戦中に師が最重要人物に指定されていたのも今ならわかる。拐われたり殺されていたら、それだけで大きな損害だっただろう。

 太乙の指導は丁寧で根気強く、朝から晩までつきっきりだった。隣でナタクの進み具合を見ながら、記憶だけで過去に行っていたことを記していく。
 ナタクに少しでも分かり易く教えられるように趣向が凝らされており、図解なども丁寧に添えられている。時には教える時間より用意に時間がかかったのではと思うほどだ。
 それらの勉強はナタクにとって決して面白いものではなかった。どちらかと言えば、苦痛に入る。本能のままに動く方が楽だったし、自己修理が出来なくて困ったことは……これまでにはない。いつだって太乙が、駆けつけて来たからだ。
 けれど、太乙はそれでは駄目なのだと言う。

 勉強していない間は、思考に耽る事が多くなった。
 物事を知るということ。その意味。初めて知った知識を過去に照らし合わせてみたりもした。
 太乙が直してくれた体、その方法。少しずつ理解できる箇所が増えていく。不思議な感覚だった。

 他の事も考えるようになった。仙人の住む世界のこと、封神された神々のこと、妖怪たちのこと、今ではあまり降りることがなくなった人間界のこと。昔の大戦のこと。親のこと。友のこと。そして、師と自分のこと。
 新しい知識を得て、改めて考えると、世界は少し違って見えた。

 時にはやる気を無くして、ナタクは洞府を空ける時もあった。ふと世界を見たくなる事も、頭を使いたくない時もあった。
 暫くしたら舞い戻るのだが、太乙は特に怒ることも咎める事もなく、いつもの朝を迎えるのだった。
 昔はよく、怒らせたものだ。寧ろ、怒らせてやるつもりでちょっかいをかけていた頃もあった。全く興味を失って近づかなかった頃もある。
 けれども、思い返してはじめて気がついた。
 いつだって、太乙は味方だった。裏切らなかった。待っていてくれた。帰る場所になり、居場所になっていった。それが尊いのだと思えたのは、情けない事に最近だった。
 昔はえらく反発していて、殺してやりたいと思ったことすらあったのに、今では何をしてでも守らねばならないとすら思える。
 それほどに、自分は成長したのだと思う。思いたかった。そう、寛容になったのだと。





 一年と数ヶ月が経った頃だった。ナタクの知識や技術は、飛躍的に上昇し、脚くらいであれば治療できるレベルに達していた。
 基礎知識を身につけた後は飲み込みが早くなった。自己の身体の造りという興味を抱きやすい範囲であったというのもあっただろう。後は応用を重ねて、様々な状況を考慮した上で訓練を積むだけとなった。

 今は、寝るまでの合間に腕のスペアを造っておくという、言わば予習を兼ねた実践をしている。
 腕は無くすと修理ができない。そのために『もし太乙もいなかったら』という状況を想定した上で、すぐに付け替えれるスペアを用意しておこうというのだ。
 自分の腕を、前もって自ら造る日が来るなど、まさか思わなかった。……が、なるほど、これはこれで面白い。
 太乙が遥か昔に「身体が壊れるのは困るけれど、普通の人と違って、多少傷ついても死なないのが君の利点だよ」と、言っていたのを思い出す。普通の人は一度無くした箇所は戻らないのだから、そこを気にしなくてすむのは確かに利点なのだろう。
 そんな事を心の隅で考えながら熱心に機器を弄るナタクを、太乙はその手元を見ながらお茶を注いでいた。
 ナタクが一息つくのを見計らって、温かい茶と甘い茶菓子の乗った皿を静かに勧める。気がついたナタクは、手を止めると無言で手袋を外した。

 別にこの身体は、多くの食物を必要としていない。力の根源は霊珠であるからだ。新陳代謝をしないわけでもないのでエネルギーはあって困らないが、それすらなくても霊珠が何とかするらしい。
 しかし、昔から太乙は色々な食べ物をナタクのために作っていた。
 自分のためにだと思う。何故そう思うのかと言えば、いつだかに雲中子が「彼、普段はあんまり料理してなかったはずなんだけど……人は変わるもんだねぇ」などとボヤいていたからである。
 そうやって作られたご飯やお菓子を、ナタクは食べて来た。別に食べなくても困らないのに、置いてあれば手を伸ばした。
 今なら何となく太乙が言いたかったことがわかる。こうして『人として、味を知り、生きるために食べる』という事を、教えたかったのだろう。
 そうしているうちに、すっかり太乙も料理や菓子作りが板についてしまい。ナタクもすっかり食べ慣れた……というわけである。

 そんな茶菓子を口に運んで咀嚼していると、先に食べ終えてしまったのか、太乙が頬杖をつきながら話しかけて来た。

「あのね、ナタク。この勉強が終わって、君が完璧に技術を身につけた暁にはね、私は君の独立を考えているんだよ」

「独立?」

 何気ないように話しかけているのに、妙に重たい感じがした。

「そう、独立。君は身体が特殊だったから、長い間仙人として自立させられなかったんだけれど、君が然るべき技術を身につけられたのだとしたら、もう立派に自立できると思うんだ」

 ナタクとて、もうその言葉がわからぬほど子供ではなかった。最後の一口を、喉の奥に流して、静かに楊枝を皿の上に置く。

「そもそも他の仙道と違って、武術的なものや戦う力は、産まれた時から君の方が高いし。そんな君みたいな武闘派の仙人にとって知識面は必ずしも必要ではない。君は読み書きもできるし、産まれた頃と違って、ちゃんと自分で考えることができるし、正しい判断を下すこともできる。責任力もある。今は無闇に力に頼ることもしないし……人に優しくすることも覚えてくれたね。うんうん、私の自慢の子だよ。育ってくれてありがとう」

 ふわり、と頭を撫でられる。
 昔だったら、跳ね退けていただろう。でも、こんなに嬉しそうに微笑まれてしまうと、今のナタクには振り払う事などできなかった。

「太乙……」

 しかし、そこでふと、太乙の顔に陰が落ちる。

「私が、長い間君を独立させなかったのは、私のエゴ。わがままなんだ。君が腰を落ち着けて、勉強できるように……っていう頃合いを図っていたのもあるけれど。まぁ、子に発たれる親とかね、弟子に発たれる師匠……なんてものは、いつだって寂しいものなのさ。慣れる事なんて、ないんだよ」

 過去の弟子達を思い出しているのか、それとも……。

「ごめんね。これまで縛ってしまって。これが済んだら、君は今よりももっと自由になれるからね。君が望んでいたように、私に邪魔されたり、怒られたりなんてしないし、何処でも好きな時に好きな所へ行けるし、何でも好きなことができるようになるよ。だから、もう少し頑張ろうね」

 最後にはにかむような笑顔を見せて、太乙は席を立った。食べた後の容器を重ねて盆に乗せると、片づけるために部屋を出て行く。
 残されたナタクは、撫でられた部分をなぞる。まだ、温もりと優しい手の動きが残っている気がした。

 俺は、嫌だったのか?

 そう自問する。
 あの戦いをしていた頃は、確かに嫌でたまらなかったと思う。顔を見るとモヤッとしたし、それが嫌でよく飛び出したものだった。言うことは押し付けがましいし、腹がたつし、なのに自分より圧倒的に弱い。なのに何度挑んでも倒せなかったし、態度はでかい。
 これは、自分を直すことができる生きた道具なのだという解釈をしようとした時もある。
 酷い扱いを、した。

 しかし、それは今も……なのか?

 違うはずだ。関係は時間をかけて緩やかに変わった。今は壊したいなんて思わない。何かあれば、守ってやらないといけない、くらいは理解できている。それを口にしたことは……ないのだが。

「……そういえば、ないな」

 昔からよく「黙ってないで、何か言わないと分からない」などと怒られた事を、今になって思い出す。昔話だらけだ。
 そうか、伝えていないのだから、分かるはずはない。けれども、今はちゃんと……ここが帰るべき家なのだと言うことは、理解していた。
 あの者が、師であり、親代わりであったことも、理解していた。
 大切であることも、理解していた。

 きっと、『普通の人』であるならば、もっと早くに気づいていたのだろう。けれど、感情の回路が回りにくかったのかどうかは分からないが、自分は随分と遠回りをしたようだ。
 でも、それまで待っていてくれた。
 心が少しずつ、少しずつ成長するのを、待っていてくれた。
 ずっと慈しんでくれた。
 自分が傷つけた事は山ほどあれど、今思えば傷つけられたら事なんてなかった。暴力を振るっても、無視を繰り返しても、次に会うときは叱りこそすれ、必ず迎え入れてくれた。
 怒って無碍にされたことも、理不尽な扱いをされたこともない。ただひたすら、癒やし、造り、与え、育ててくれたのだろう。
 ずっと知っていた。気がつかなかっただけで、忘れてはいない。それらはきっと、親が子に与える、無償の恩恵なのだろう。

 子は、いつか親元を離れるものだ。
 若かりし頃と違い、それくらいは理解できていた。

 なのに何故だろうか、離れる日を思うと、胸が軋むように痛んだ。







→後半





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