【登場する人】
雷震子、雲中子、太乙
【CP】
雷雲 逆にあらず注意!
【備考】
終南山師弟がよくわからない喧嘩をしたりする話。
「好きに出て行けばいいよ」
久々に師のもとへ帰ったと思えば、彼は師にそんなことを言われた。
師である雲中子は読めない無表情で、どちらかと言えば怒っているようにも見える。
そこでふと雷震子は思い返す。
何かしただろうか?
門限がないことはないが、今は昼だから全く関係ない。土産だって持ってきたし、別に実験の邪魔もしていないはずだ。師に言われているトレーニングは毎日かかさずやっているし、怠けてなんかもいない。家事だってちゃんとやってる。問題ない。
だとしたら、これはきっと意味不明な言いがかりか何かなのだ。
弟子の雷震子は、引き下がる事なく啖呵を切った。
「は? どういう意味だよ!」
「言葉通りの意味だよ。ここに居ても無意味だろうから、必要がなければ好きに出て行けばいい」
無意味?
必要ない?
カッと頭に血が上る。気がつけば、手の拳に力を入れて殴りかかっていた。
「って言ったら殴られたんだけど」
珍しくむこうから「お茶しよう」と連絡が来て何事かと思えば、乾元山にボコボコにされた雲中子が現れた。
お茶の用意を進めつつ、話を聞き出してみたらそんな話だった。
「そりゃ怒られるよ」
「そこが不可解で」
「私は君が不可解だよ」
うーん、と唸る雲中子に太乙は黙って茶を注ぐ。ついでに棚から菓子を取り出すと、卓の真ん中へと置いた。
「あのねぇ、雲中子。私はまぁ、何となく君の言いたかった意図を察せるけど、整理のために話してごらんよ。何をどう考えてそんな事言ったの?」
「そのままの意味だと思うけれど、そうだね。私はもう弟子に手ほどきしてやれるわけじゃないし、教えられる事は何もない。後はもう仲間の道士や仙人と切磋琢磨してもらうしかないだろう。で、別にわざわざウチに帰ってきても遠回りになるだけだし、生活するにはあの子には家があるし、私の所に戻りたくないのであれば、無理に帰ることはないから好きに出て行きなさいと……言っただけなんだけど。おかしい、何故私が殴られたのだろう」
殴られた箇所をさすりながら 唸る雲中子に、思わず太乙はため息をついた。一口お茶を飲んで口を湿らせる。
「うーんとね。言い方が悪いに一票かな」
「おや、二人しかいないから半数だね」
「そうだね。……ってそうじゃないだろう」
「私の言い方がまずかったのは解ったよ?」
あっけらかんとした雲中子の態度に太乙はもう一つため息をつくと、仕方がないというようにゆっくりと話はじめる。
「君は人との付き合い苦手だからねぇ。仕方がないのかもしれないけど。普通『出て行け』なんて事を言われたら、『二度と目の前に姿を表すな』とか『縁を切る』って言ってるのも同義なんだよ」
「そういうものか」
冗談ではなく、本当に理解できていなかった様子の雲中子はぱちくりとまばたきをする。
「更に雷震子くんは君が改造した弟子なんだから、中途半端に手を離そうだなんて、それは怒られるでしょ。責任はとって彼が立派な仙人になるまでは、たとえ教えることがなくても師匠でいないと。ぶっちゃけ私もナタクに教えることがなくて頭抱えたこともあるんだけどさ」
「なるほどねぇ、それで怒ってたわけだね?」
雲中子はやっと落ち着いてきたのか、ゆっくりとお茶を飲むとお菓子へと手を伸ばした。
「おそらくね。まぁ、早く本当のことを全て話して謝っておくべきだね」
「そうか、私には……難問だねぇ」
雲中子や太乙真人は、人に何かを伝えるのは、昔から不得手だった。
道徳真君のような直情型とはまわりまわって上手く行く事もあるが、基本的に一般的な感情論が上手く思い描けないのだ。
科学の世界に閉じこもっているならば、何も難しくはないのに、人の感情とは複雑で不可解だ。
「難しいけど、大切な事だからね。がんばっておいでよ」
「善処しよう」
そうして、その場はお開きとなった。
時刻は夕暮れ時。一直線に戻った雲中子は、弟子の姿を探しながら部屋へと入った。
灯りがついていない部屋は、夕日が差し込んでいない部分は薄暗い。
言葉通り、もう弟子は出て行ってしまっただろうか?それならば、探しに行かねばならない。
だが、居間に入ったところで、椅子に座りながら握りこんだ手を見ている弟子を見つけた。
「雷震子」
「何だよ」
不満そうな返答が返るが、臆する事はない、淡々と話しかける。
「その、どうやら私が悪かったようなのだ」
「そーかよ」
「好きに出て行けっていうのは、私から教えることはなくなったから自由にしていいよと言う意味でね。ここへ帰ってくるなって事ではないよ。ここへはいつでも帰って来ていいんだよ」
「……」
簡単な事なのに、こうして言葉にしないと伝わらないのはもどかしい。
人以外の生き物は、言葉などなくても通じあえるというのに、どうして人はこうなのだろうと思うときもあった。
けれど、こうして弟子を目の前にすると、これで良かったのだとも思う。きっと言葉や感情がなければ、この事すら理解することはできないのだから。
「私はどうも言い方が下手みたいで、よく勘違いさせてしまうようだ。すまないね」
「わかってんならいーんだよ。ったく、俺の身体をこんなしたくせに放置とか絶対ゆるさねーからな!?」
弟子は拗ねているのだろうか?分からないが、少し話をしてみようと、隣の椅子に腰掛ける。
こうやって弟子と話すのはいつぶりだろう。
「そうそう、その責任もとらないと駄目だって言われたよ。けど割れた卵が戻らないのと一緒で、もうどうしようもないしねぇ」
「へいへい、んなことだろーと思ってたぜ」
そのあたりは既に割り切っているのか、雷震子は両腕を頭の後ろで組みながら椅子を揺らしはじめる。
「あ、でも治せないけれど、健康状態を維持する手伝いはできると思うから、一つ提案があるんだよ」
「おまえの考える事は大概マトがはずれてっけど、一応聞いてやる」
「よし、じゃあ、伴侶になろうか!」
「はあぁぁぁ!?!」
足で揺り動かしていた雷震子の椅子が、けたたましい音をたてて後ろ向けに倒れた。勿論、雷震子も床に転げた。翼が挟まって痛くはないのだろうか。
「何でそーなんだよ! 意味わっかんねえぇぇぇ!!!」
「いや、師弟と言うものは永遠に一緒にいられるわけではないだろう? だからだね」
「だからじゃねーよ! 普通に考えておかしーだろ?! それにもし俺が「お前が嫁なら認めてやる」っつったらどうするつもりなんだよ! あ!?」
おかしい、真面目に考えた事なのに、話が通じない。
「え? 私が嫁? うーん……そう来るか。ならまず雄性先熟のスズメダイ科の研究を開始して、私が雌になれるかどうかを調べ……」
「るな気持ちわりいっ!!!」
そして否定されてしまった。責任をとるとはこういう事ではなかったのだろうか。
「えー、なかなか面白い研究材料だと」
「えー、じゃねぇよ本気で渋い顔すんな!!!」
イライラしているのか、雷震子は乱暴に椅子を立て直すと、どかっと座り込む。
「女体化は嫌いかい? 思春期のオトコノコは難しいな」
「一番難しいのはオマエだからな? 勘違いすんな。あと思春期じゃねーし」
頭を抱えた雷震子は、ちらりと師の顔を伺う。雲中子は無表情そうに見えるが、僅かに困惑しているのを見て取ると、盛大にため息をつく。
己の師が変人だというのは、よくよく知っていた事なのだが、成長して久々に見ると、凄まじいものがあると感じる。
「ったくよお。もうそのまんまでいいからさ。どうせ仙人や道士は子供もできねーんだし、そんなものどっちでも」
「そうか、君がそれでいいのならば」
無表情だった雲中子がふと笑った。
見た目は薄い笑みであったとしても、研究外の事で笑う事自体が珍しい。あまり他人に対して感情を表すことをしないからだ。
つまるところ、雷震子はその笑顔にほだされた。奇想天外な案を聞くのが面倒くさくなってきたところもあったが、このあたりで考える事を放棄することにしたのだった。
そうして、師弟関係は一応修復された。
伴侶になるだかならないだかの話はうやむやになったので、雷震子は自分に都合がいいように取って置くことにしたのだった。
とりあえず、ここは帰る家の一つで、あのヘンテコの変人を弟子であってもなくても面倒見てやるか、という感じである。
次の朝、寝室から降りて来ると台所から香ばしい匂いがただよって来ていた。
ここに帰って食べるご飯は久々だ。昔はなんだかんだで毎日食事を作っていてくれたのだと、ふと思い出した。何か盛られている時もままあったが。
「おはよう、我が弟子よ」
ひょこりと顔を見せた師が、いつもの無表情で挨拶する。
「おう、はよー」
あくびをかみ殺しながら挨拶すると、やけに親しげに雲中子が話しかけてきた。
「ねえねえねえねえねえ」
「んだよ」
「女装はしたほうがいい? 君が望むならば裸エプロンとかも」
「っ!?!」
あの話が本気で続いていた事を、ここに来て初めて気がついた。
まさかそんな方向に話を進めて来るとは思わなかった雷震子は、一瞬空気を凍らせる。
「いいから黙ってご飯作れ! ビーカーはナシだかんな!」
「はぁーい」
先が思いやられる……が、変人相手だ。もう覚悟するしかなかった。
了
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