登場人物:2巻時の七花の皆様
CP傾向:ハンス×アドレット
制作時期:2015年9月
※ 2巻終了あたりの時間軸です。ネタバレ注意!!!
七花の休日
ハンスが生き返った次の日、七人の勇者たちは束の間の休息を得ていた。
と、言ってもハンスはまだ動くことができず、モーラも歩くのがやっとだった。ゴルドフは魂が抜けたようにぼんやりとしたままで、ロロニアは看病につきっきりだったために今は休んでいる。
比較的元気なのはチャモとフレミー、そしてアドレットだ。チャモはそのあたりで遊んでいるし、フレミーは空の鳥を撃ち落として夕食の準備をしている。アドレットも、動ける範囲で様々な事をしていた。
「フレミー! 落とした鳥はロロニアが起きたら一度見てもらってくれ、毒が仕込まれてないか確認したほうがいい。血抜きもしてもらえ」
「わかったわ」
離れたところにいるフレミーに指示を出すと、アドレットは坂の上の方へ歩いて行く。そこで見かけた少女に声をかけた。
「おい、チャモ!!! あんまり遠くに行くなよ。〈永の蕾〉の結界から出ちまうぞ!」
「そんなこと言われなくてもわかってるもん!」
「あやしいから言ってんだ。おいゴルドフ、見ておいてくれ! それくらいはできるだろ。あと暇があったらこれをチップにしておいてくれ」
ぼんやりしながら休んでいるゴルドフに声をかけて、ついでにナイフと麻袋と原木を渡す。その木からは甘い香りがした。ゴルドフは少し怪訝そうに眉を寄せたが、すぐに一つ頷いて木を削り始める。
普段このような気配りをしているのはモーラなのだが、彼女が動けない今、その変わりをしているのがアドレットだった。
アドレットは一周回ってくると、洞窟の入り口で日向ぼっこしながら傷を癒やしているハンスの所にもやってきた。
「おいハンス、服を脱げ」
そして第一声がこれである。
「にゃ? なんだべいきなり」
「血がついてるだろ、順に湧き水で洗ってくる。明日までには乾くだろうからな。それまでこれでも着てろ」
アドレットは自身のマントとベストを脱ぐとハンスに放り投げる。
「これとそれならどっちも似たような汚れようだべ」
「だから順に洗うって言ってるだろ。怪我してるからこそ清潔にしないといけないんだ。洗った後で体も拭いてやるからちょっと待ってろ」
「嬉しいようで嬉しくないサービスだにゃあ」
「他に暇そうにしてる奴ならチャモとゴルドフがいるぞ」
「うんにゃ、お前で妥協しとくべ」
まだ動きが鈍いハンスから血のついた衣服を剥ぎ取ると、アドレットはてきぱきと他の汚れた衣類と一緒にまとめて洞窟の奥へ入っていく。ハンスは一度、投げよこされたベストとマントを広げるとため息を一つつき、しょうがないかという顔でそれらを着た。
アドレットはモーラが体を横たえている湧き水の側まで来ると、モーラの飲水を新鮮なものへ変えた。
「すまぬな、アドレット」
上体を起こそうとするモーラをアドレットが制止する。
「これくらいどうってことない、いいから今は休んでいろ。……ああ、何か洗うものはあるか?」
湧き水の下流の方へ行くと、アドレットは集めてきた衣類を床へ置く。どれも汚れてきっていた。
「……鞄に包帯がある。皆から使ったものを回収して、新しいものを渡してくれ。使い古したものは洗って少しでも再利用したいのじゃが」
「今、一周してきたところなんだけどな……わかった、やっておく。あと回復してきたら頼みたいことがあるんだ。そこまで力は使わないと思うんだが、モーラにしか頼めそうになくってな」
「なんじゃ、一体」
「段取りが整ったら、また頼みに来る」
「……? 了解した」
とりあえず持ってきたものを洗ってしまおうと、アドレットは冷えた湧き水にハンスの服を浸した。血の汚れは水で洗うくらいでは完全に落ちることはないが、そのまま使用するよりかは遥かにマシだろう。魔哭領で物資の調達は絶望的だ。少しでも温存しなくてはならない。
アドレットは衣服を一通り洗い終えると表へ出て、次はロープとナイフを使って簡易的な洗濯竿を作り上げる。そこに服を通したりかけたりして見事に干していく。その様子をハンスはだらだらしながら見上げていた。特に見るものがないからだ。
「器用だにゃあ。嫁にいけるんでねぇか?」
「これくらい普通だろ。それに俺は地上最強だからな、家事くらいはできて当然だ」
皺を伸ばしながら干し終えると次は洞窟の奥へ入っていった。木をくりぬいただけの簡易的な桶に水を張って戻ってくると、次はハンスの体を拭き始める。
「痛かったら言えよ」
「そこもかしこも痛えにゃよ」
「じゃぁ思いっきり痛かったら言ってくれ」
「それは、大体は我慢しろってことだにゃ……」
口ではこのように言っているものの、その手つきは優しく気を使っているようだった。土埃や血糊を丁寧に拭っていく。
そこへ遊んでいたチャモが、何かを抱えて坂を降りてきた。
「猫さん猫さん!見て見て!」
近くにアドレットが居て何かしているのを見ると、チャモは足を止めて首を傾げる。
「って何してるの? おじいちゃんごっこ?」
「何でそうなるんだ、ただの介抱だ……」
「にゃはは、おらはおじいちゃん役だべか」
「そんなことより、チャモいいもの見つけたんだよ!見てみて、お芋だよ~!美味しそうでしょ」
チャモの腕の中には布に包まれた大ぶりの芋が数個入っている。どれも赤く瘴気に汚染されているが、耐性のある六花の勇者であれば問題なく食べられるだろう。それを見て当然のようにアドレットは声を荒げた。
「っはぁ!? おい待てチャモ! どこから持ってきたんだ!? 結界内には少なくともそんなものなかったぞ!」
「結界から少し上がった所に生えてたんだよ」
「だからなんで結界の外に出たんだ!? 危ないから出るなって……!」
「チャモはお友達がいるから怖くないもーん」
「ゴルドフあの無能野郎!」
「ゴルドフ? なんか無心に削ってたよ?」
そういえばゴルドフにも木を削るように頼んでおいたことを思い出す。普段のゴルドフであれば複数の事を同時にこなせるはずだが、今のゴルドフではあれが精一杯なのだろう。ましてやあの香りは記憶を刺激する。アドレットとて何も感じないわけではない。しょうがないかとアドレットはため息をついた。
「…………ああ、そうしろと言ったのは俺だった」
「何の話だべ?」
「今日の夕食の話だ。……で、チャモ。その芋は使っていいのか?」
「いいよ、こんなに持っていけないし、食べきれないから特別に分けてあげるよ」
「助かるぜ。じゃぁあとは……あれだな……」
アドレットは少し考えこむと、すぐさま次の行動へと移る。今夜の献立は完璧だ。投擲用のナイフと、ゴルドフにも渡した甘い香りの原木をハンスに手渡す。そしてゴルドフと同じように削るように言った。
「何なのそれ、ちっとも美味しくなさそうなんだけど。暇つぶし?」
「ははぁ、そういう事にゃかアドレット」
「流石だなハンス、わかるか」
「ここまで来てそんな事を考えつくのはおめぇくらいだにゃ」
「周囲にあるものは全て秘密道具と思え。これも師匠の言葉だからな、使えるものは使うだけだ」
「えー、何なの? チャモにも教えてよ」
「まだ秘密だ。ほら、チャモも手伝ってくれ。今夜は美味しいものを食わしてやるぜ?」
「ほんとに? 嘘だったら殺すからね」
「気安く命をかけさせるのはやめてくれ」
三人で他愛無い会話をしながら木を削る。〈永の蕾〉が安全領域なのもあるが、魔哭領にいるというのに驚くほどのどかだった。先程まで聞こえていたフレミーの銃声も鳴り止んでいる。本当に魔神は復活したのかと疑いたくなるほどだ。
しかし、そんなアドレットの平和を、チャモの何気ない会話が打ち消してしまうことになる。
「そういえばアドレットの奴さぁ、昨日意識のない猫さんにちゅーしてたんだよ」
「にゃ?」
それは本当に何気ない、昨夜の出来事の振り返りだった。
「なっ!!! ば、バカ! あれは人工呼吸って言うんだ!!!」
いきなりのチャモの言葉に、危うくナイフで指を切りかけた。ハンスは知っているのか知らないのか、黙々と木を削っている。
「なぁに? それ」
「軌道を確保して直接息を吹き込む事によって体に必要な酸素を送り込む蘇生法の一つだ!!!」
「早口でよくわかんないけど、ちゅーしてたじゃん」
「だから違う!!!」
力いっぱい否定するも、揶揄るチャモには全く効かない。
「話に聞いたことはあるだが、見たこともねえしされたのも初めてだにゃあ」
「俺も師匠から訓練は受けていたが、実際誰かに施したのは初めてだ。やり方を一歩間違えれば蘇生は出来ないからな」
蘇生方を間違えれば患者は命を落とす。それ故に師から徹底的に受けた鍛錬の一つだった。医療を専門とする機関であればある程度は普及しているだろうが、訓練を受けなければハイリスクなため一般にはあまり普及していないのだろう。
「うわぁ、こわ~」
「初めてだったにゃか……」
ハンスが微妙そうな顔をする。もう少しで命がなかったのだから、当然の反応なのかもしれない。
「そんな顔するなよ、上手くいったし良かっただろ。あと生きた人間には絶対にするな、かなり危険だからな」
「で、で! どうだったのさ、ちゅーは!!!」
「だからキスじゃないって言ってるだろ!!!」
真面目に話しているのに、さっさとチャモに軌道修正されてしまった。真面目に説明すれば論破できるのだろうが、意識してしまい顔が火照ってアドレットは上手く説明ができなかった。
「口に口つけるのには違わないじゃん」
「お、覚えてねぇよ……必死すぎて。何も。……人の生き死にがかかってるんだぞ、そんなふざけたこと考えてられっかよ」
「にゃひひ、照れちゃってか~わいいだにゃ~」
「茶化すな! っていうかチャモ、なんでハンスには聞かないんだ!!」
「意識なかったんだし知ってるわけ無いじゃん。バカなの? 死ぬの?」
「だにゃ。全く記憶にないし、キスの一つや二つ別にどーって事もないべ? 初めてでもねーだしにゃ」
ふと、アドレットが動きを止めた。つられてハンスとチャモも動きが止まる。
「え? 初めてだとなんかマズイのか?」
「えっ? アドレット、ファーストキスを知らないの!?」
「知るわけないだろ、師匠はそんな事、重要だとは一言も言ってなかったぜ!?」
ハンスとチャモは一度目線を合わせると、ひきつった顔をアドレット向けてくる。一体、何だというのか、アドレットは不安を掻き立てられる。
「う、うわぁ……」
「こりゃやべぇにゃ」
「なんだよ、そんなにマズイのかよ」
「チャモねぇ。ファーストキスは好きになった人とって心に決めてるんだぁ。だから奪いに来る奴は皆殺しにするって決めてるんだよ」
不穏すぎるチャモの発言にアドレットが立ち上がる。
「ということは、あれか!? 俺が死ぬかハンスが死ぬかという話なのか! それはマズイぞ!」
「っぷーーーーー!!! うにゃっはっはっは!!! なーに言ってんでぇこいつ」
だが、返って来たのはハンスの爆笑だった。チャモの方は呆れているようだ。
「何で笑うんだよ、生きるか死ぬか、六花にとっては重要な話だろうが!」
「うーん。チャモが殺すってだけで、別にみんなが怒ったりはしないと思うよ?」
「え? ああ、そうなのか。なんだ、それを早く言ってくれよ」
そこまで重要な事ではなかったと、アドレットは再び腰を下ろす。
「でさ、アドレットは猫さんにした……なんだっけ? じんこきゅう」
「人工呼吸」
「そう、それ! それが初めてのちゅーだったの?」
「だからキスじゃないって言ってるだろ。まぁ口を合わせるのを数えるならそうなるのか」
「……だってさ、猫さん……」
責任を転嫁するように、チャモがちらりとハンスに視線を寄越す。
「まぁ、おらは悪くねぇだにゃ。さっさとフレミーとしておかないのが悪いだよ」
「フ、フレミーと!?」
思わず声が裏返ってしまう。まさかフレミーに聞かれてははいないかとアドレットが周囲を確認する。そんなアドレットをハンスは笑いながら茶化した。
「何なら返してやろうかにゃ? ファーストキス」
「返せるものなのか!?」
「猫さん、嘘はよくないってこの前言ってたじゃん……。アドレット、残念ながら二度と返らないんだよ」
「えっ? おいハンス、騙すなよ!!!」
「にゃはははは!!! おめえが面白くてついにゃ」
「俺が知らないからってやりたい放題だな……」
全くもって面白くないとぶすくれるアドレットをハンスが笑う。
「練習なら手伝ってやってもいいだよ、アドレット」
肉食獣のような金色の瞳がちらりと覗く。アドレットは一瞬背筋が凍りついた。が、すぐさま言葉の意味を理解して顔に血が上る。かろうじて一言返すことには成功したが、その声は吃っていた。
「え、遠慮しておくぜ……」
ハンスはある程度場数を踏んでいるし、あまり固執していないようだ。本当にけしかけられても困るのでやんわりと断っておいた。
「ていうか、なんでカガク? だっけ? とかすごいものはいっぱい知ってるのにファーストキスも知らないわけ?」
「しょうがないだろ、そういう勉強はしてないんだ。凶魔を殺す事に繋がらないことは大体していない。いいか、流行りのものとか絶対に聞くなよ」
ナッシェタニアほど世間知らずではないつもりだが、ここ最近の物事に関してはそれほど知識を集めていなかった。暗殺された聖女に関しても、少し情報網を持っていればすぐに知り得た情報だろう。だがそれよりも先に一輪の聖者に力を見せることを優先したのだ。
「ファーストキスとか流行りでも何でもない、ただの常識だと思うんだけどなぁ」
チャモの精神攻撃が胸に刺さる。そこへ神の助けともいうようにフレミーとロロニアは現れた。撃ち落としたばかりの新鮮な鳥が四羽ほど、既に綺麗に捌かれている。
「アドレット、終わったわ」
「フレミー、ロロニア! 捌き終わったか、助かるぜ!」
助かったと言わんばかりにアドレットがフレミーに駆け寄る。捌かれた肉の大きさや形を吟味しはじめる。
「焼けばいいの?」
「いや、いくつかにわけて調理する。まず柔らかそうな部位を一口大に切り分けて塩揉みしてくれ。足と手羽の方は塩を振って焼く。ガラは他で使う」
アドレットは皆を呼び集めると次々に指示を出した。まずゴルドフに火を起こさせた。次にチャモとロロニアに芋の皮むきと鳥肉の切り分けを任せる。ハンスには再び原木を削ってもらい、フレミーには水汲みを任せた。そしてアドレットはモーラを洞窟の奥まで呼びに行く。
アドレットに肩を借りて出てきたモーラは、岩を背もたれにして座り込む。その前にアドレットは刻んだ木のチップの入った袋を持ってきた。
「何をすればいいのじゃ?」
「保存の効く燻製を作る。モーラは結界を作って煙を閉じ込めて欲しい」
「それでチャモは木を削らされてたの?」
「そうだ。フレミーも手伝ってくれ。強い火力はいらないが持続する燃料がいる」
「フレミーは火薬の聖者じゃ、そのような事ができるのか?」
フレミーの能力は火薬の生成だ。火薬は銃火器を打ち出すものとして主に使われるが、実のところ火薬にも種類がある。
「いいか、フレミーが使っているのは黒色火薬だ。原料は硫黄と硝石、そして木炭……つまり木炭に極端に振り切った火薬を使えば、持続した火力を出せるはずだ。理論上はな。どうだ、できるか? フレミー」
フレミーの火薬は、従来の火薬より威力が高い。聖者としての能力だけでなく、配合を変えてあるのだ。最近は大きな戦争が起こっていないため戦に銃火器が投入された事はないはずだが、本来火薬は高価なものなのだ。それを縦横無尽に生み出すことができるフレミーの能力は強固だった。
「やってみるわ」
フレミーは指示された場所へ行くと、手をかざして調合を試みる。
「しかし、よく林檎の木なんて見つけただにゃあ」
「裏の方に生えていた。時期的に実はついちゃいなかったが、使わない手はないだろ? この後、どれだけ食料を調達できるかわからないからな、できる限りの事をしておく」
「にゃはは、逞しさは地上最強だべな」
「強さも地上最強だ。本当はチップが乾いてるほうがいいだが、そこまで贅沢は言ってられないしな。無理矢理燻すしかない。フレミー、頼んだぞ」
頷くフレミーを確認したアドレットは、気持ちを切り替えてあたりを見回した。
「よし、次だ。ゴルドフ、そこに用意してある石を熱しておいてくれ。ロロニア、チャモ、芋の方は剥けてるか?」
「うん、もう最後の一個だよ。どう切ろう?」
「一口サイズに切り分けて椀の中に入れていってくれ」
指差す先には木材を繰り抜いただけの簡素な器が7つある。粗雑なものだが食器がない今、あるだけいいだろう。即席でアドレットが作ったものだった。
「ねぇ、アドレット。一体コレで何を作るつもりなのさ」
ガタガタに皮が剥かれた芋と格闘しながら、チャモが尋ねる。ちなみにロロニアが剥いた芋はとてもきれいだ。見てくれ的にハズレが混ざるなと思いながらアドレットは答えた。
「芋と鳥ガラのスープだ」
「お鍋もないのにどうするのさ?」
鍋などというものは当然ない。そんなものを持ってくるくらいなら、もっと別のものを持ってくるだろう。皆、戦闘を考えて所持品は極限まで減らして来ている。味付けは塩のみだが、これもないよりはいいだろう。アドレットはチャモの質問に簡潔に答える。
「焼けた石を入れるんだ。すると中の水が熱されて具に火が通る」
「へぇ~」
「さすがはアド君。色んな事を知ってるね!」
「ファーストキスは知らなかったけどね」
「え?」
「そ、それはもういいだろ! 知らなくても腹は減らない」
半分開き直ったアドレットがやけくそ気味に切り捨てる。それを見てやはりハンスは爆笑している。そこへフレミーが介入してきた。
「何のこと?」
「お? 修羅場か! 修羅場だべか!!!」
「ハンス、なんで嬉しそうなんだよ……」
「アドレットがさぁ、これまで誰ともキスしたことないらしくって、昨夜に猫さんに……じんこ……うこきゅ? ってのをしたのが初めてだったんだって、さっき話してたんだよ」
「だから! 違うって言ってるだろ!」
「ダメダメ! 口と口が合わさったらそこでキス成立なんだよ」
「いやぁ悪いべにゃあ、フレミー」
何故かやけに楽しそうなハンスがニヤニヤしながらフレミーにつっかかる。そんなハンスを軽くあしらうと、フレミーは何気ない顔のまま呟くように喋る。
「何が悪いのかわからないけれど、それなら私もしたわ。夢幻結界で」
「え?」
フレミーを除く、全員の時間が止まった。
「薬を飲ませるためにだけれど……それがどうかしたの?」
「「「ええええええええええええええーーーーーーー!!!!!!!」」」
衝撃の事実発覚に、ハンスとチャモとロロニア、そしてアドレットの大声が山々にこだました。
アドレットの考えた料理は成功し、概ね好評だった。ここに来るまでにこれほど整った食事をしていた者はおそらくいないだろう。旅の途中でまともな食事を作るというのは事他難しいものだった。それを知っているからこそ、温かい食事を皆は喜んだ。
全て塩味というのは味気ないが、全く味がしないよりかは幾分かましだ。芋は見てくれこそ悪いが火は通っていて柔らかかったし、鳥ガラからの出汁が調度良かった。柔らかいところは燻製用として削いでしまったが、焼かれた鳥肉も香ばしくて悪くない。燻製もフレミーとモーラの力もあり、明日の朝には完成しているだろう。
「ねぇモーラおばちゃん、ちょっとつまみ食いしちゃだめ?」
「だめじゃ」
「えー、たくさんあるしちょっとくらい……」
「チャモの明日の取り分を減らして良いなら考えよう」
「む~……」
「ほら、夜の間に移動せねばならん。今は休むぞチャモ」
モーラがチャモを連れ立って洞窟の奥へと入って行く。ロロニアとフレミーは既に休んでいる。女性は洞窟の奥、男性は手前側で休憩場所を分けた。世界の命運をかけた戦いにおいて、見るも見られたもないだろうが、だからこその気遣いだ。七人目が誰かわからないからこそ、少しくらいは心が休まればいいとアドレットは思う。
「ハンス、本当にそこでいいのか?」
「うんにゃ、昼間に休んでたからにゃ、これ以上寝てもしょうがないべ。もう体は動く、見張りは任せろにゃよ」
ハンスは洞窟の出入り口に腰を降ろして外を見ていた。夜風が少し冷たいが平気なのだろうか。せめて火が消えないように、残りの薪を焚べていく。
一行は明日の朝ではなく、夜の闇にまぎれて移動する手はずとなっている。頃合いは深夜が良いだろう。アドレットも片付けを済ませると出立の準備を整えはじめた。ここを出ると休む暇は殆どないだろう。強行軍を覚悟しなければならなかった。
「体、冷やすなよ。治りかけていると言っても傷に触る」
「にゃにゃ、にゃんだぁ。随分優しいだべにゃぁ」
「そういうんじゃない。お前が辛そうだと困るだろ」
アドレットはスカーフを自身から取るとハンスの首に巻いてやる。ちなみにちゃんと洗った。どうせすぐに汚れるだろうが。
「首を暖めると体温が上がるんだぜ、後で返してくれよ。じゃぁな」
何故か目を丸くしているハンスに軽く手で挨拶をして洞窟へ入る。風が届かないところまで来ると、アドレットは腰をおろして目を瞑る。素早く眠るのは得意だった。
アドレットが立ち去った後、ハンスは暫くぼんやりしていた。アドレットは見える距離で寝ている。その顔を見ながら、ぼそりと聞こえないように呟いた。
「天然たらしは怖いだにゃぁ」
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