登場人物:シンドバッド、ユナン、ジャーファル、ヤムライハ
CP傾向:シンユナ
備考:ドバ冒完結までにシンユナの確執が本編で語られなかったので
絶望して二次創作することにした。
シンユナの決別シーン妄想です。
勿論暗めだけど、全て308夜に繋がるから大丈夫★
轟音がとどろき、海面から大きな水飛沫が上がる。陽の照りかえる真っ青な海から出てきたのは、この海域独特の巨大南海生物だ。
尾が3つもある爬虫類とも哺乳類とも魚類とも言えない風貌をしているが、毒がなく味も悪くない。それにとにかくでかい。
それを狩りに出ているのは4人の『シンドリア八人将』だ。シャルルカン、ピスティ、ヤムライハ、そしてジャーファル。シンドリアを守る将にして、この国の守護神のような存在だ。
そんな中、たまらず飛び出してきた彼の姿があった。勿論、この国の王様シンドバッドだ。職務に飽きて自暴自棄になっている折に現れた南海生物に、大喜びで飛び出して行ってしまった。致し方なくジャーファルも後をついてきた、というわけである。
半身を鱗のようなものに覆われ、蜥蜴のような尾を生やし、立派な剣を携えている彼は『バアル』というジンを従えて、その力で魔装している。今では大流行した『シンドバッドの冒険譚』により、この国に観光へ来る者なら子供でも知っているような有名な話だ。
空を自由に舞い、雷を操るその姿は雷帝の如し。子供でなくともシンドリアに来たら一度はお目にかかりたい光景だそうで、この偶然の催しに行き逢った観客は大いに沸いている。
親子三匹の群れで現れた南海生物のうち、既に母であったであろう海竜は討ち取っている。逆上した父竜が怒りの咆哮を空高くあげ、海を潜り猛烈なスピードで空へと跳ね上がる。その迫力たるは一つの見世物にしては十分で、観光客から更なる歓声があがる。
海に棲む彼らとて、この海域に足を踏み入れ『餌』としてこの国を見つけただけだ。つまりは弱肉強食。弱いものが負け、食べられる。そこに情けや容赦は必要ない。何よりこの獲物は今後のシンドリアにとってかかせないものだ。肉は勿論、骨や鱗を合わせても捨てるところがないくらい、既に一つの産業となっていた。
「バララーク・サイカ!!」
空の向こう側に何もない事を確認して、至近距離で魔法を放つ。流石に外したら格好がつかないので、確実に仕留められるこのタイミングまで待っていたのだ。
放たれた雷撃は正確に父竜の首元を居抜き、残滓は空へと消えた。
だがしかし。
「わーっ!! シン、何やってんですかあんた!!!」
「おおっと、これはまずいか」
父竜は今の一撃で斃れた。それは間違いない。雷撃が水面を掠れば海の魚にも影響が出てしまうため、ちゃんと上空にも向けた。そこまでは良かったのだ。そこまでは。
芯を失い傾く父竜の頭部と長い首が豪快に海へ落下していく。正確に言えば、そこはシンドリアの浅瀬だった。そう、まさに観光客が奮闘を観覧していた場所だ。幸いにしてこの騒ぎの中、海で遊んでいた者はいないようだが、このままだと観客のほぼ全員が着水時の波によってびしょ濡れだろう。
「どうするんですか、これ絶対苦情が来ますよ!?」
「やだ、ここからじゃ防御魔法も間に合わないわ」
しなりながら落下していく父竜の頭首を諦めた顔で眺めながら、シンドバッドは観客が海水を被るのを待つことにする。しょうがない。人が死ななければ、どうということはないのだ。濡れた者には謝ろう。これくらいなら謝罪で済む。頭を下げるだけでいい。安いものだ。
大きな水を割る音に、立ち上がる大波、観光客はそれすらも笑いのネタにしようとする豪胆な者から、少しでも被害を避けようと悲鳴をあげながら散りゆく人に分かれる。
だが、大波が振り被らんとしたその時、まばゆい防壁が周囲を包んだ。これは防御魔法だ。しかもかなり広範囲の。完全に波を防ぎきった防壁は、一瞬だけ眩い光を放つと、直ぐに霧散した。
「何これ、すごい……」
隣のヤムライハが思わず呟く。その瞬間、シンドバッドは察していた。
「後の子竜はお前たちに任せる!!!」
「はあ!?!」
素っ頓狂な声をあげるジャーファルを置いて、すぐさま地上に目掛けて一直線に飛ぶ。引力も重なり、一瞬で地上へと舞い降りる。そのまま人目を避けて着地するや否や魔装を解いて、彼は全速力で浜辺へと駆け出した。
間違いない。あの威力。あの光。そしてまだ見える大量の光のルフの残滓たち。
ずっとずっと探していた。ずっとずっと会いたかった。ずっとずっと話したかった。気まぐれな彼は、気まぐれでしか姿を現さず、ここ数年はめっきり姿を見ていなかった。今の光はきっとその彼だ。
残った子竜と戦闘を続ける八人将を未だに観戦している人達の上から、一度たりとも忘れたことのない姿を探す。日差しの強いこの国だ、きっと帽子は被ったままだろう。そう推測して正解だった。
「見つけたッ!!!」
浜辺へ駆け出し、目星をつけたおおよその地点まで人を掻き分けてひた走る。目を凝らしながら、一人も見逃すまいと目を配り、そしてようやく見つけた。緑の帽子と緑の服の、白金の髪の青年。
「ユナン!!!!」
その白くて細い腕を掴みながら声を掛ける。振り向いたユナンの驚いた瞳と目線が重なった。ラリマールのような優しい空色の瞳に、白磁の肌。さらりと零れるように、ゆったりと三つに編みこまれている白金の髪。トレードカラーなのか前と変わらないいつもの服装。そう、いつ見たって初めて逢った時の美しい青年ままだ。だが今は、それを不自然に思わなかった。
「あれ? 君、さっきまであそこで戦って……」
誰もこの速さで地上に降りて来たなどと思わないだろう。それはユナンも一緒のようで、驚きながらも不思議そうにシンドバッドを見上げている。
しかし、そんな彼に周囲も気づきだしたのか、空を見上げていた観客や住民の視線が次第に集まってきた。
「おや、もしかしてシンドバッド様?」
「えっ、先ほどまで空にいらしたのに」
「そんな、ホンモノかしら」
「わぁ、シンドバッドさまだ! ホンモノ? ねえホンモノ?」
「いいから、こっちに来てくれ!」
ここでは落ち着いて話すらできない。そう踏んだシンドバッドはユナンの掴んだ腕を引いたまま市街まで走った。
「え、ちょっ、待っ……っ!!!」
途中、蹴躓きそうになるも、瞬時にふわりと浮いてユナンが体勢を立て直す。それを傍目で見ながら、やはり彼で間違いないと心で呟いた。
喧騒を掻き分け、空を見上げる観客達を背に坂をどんどん走り上がっていく、視線がたまに刺さるが、進むにつれて人通りが少なくなってくる。皆、八人将の奮闘を観戦しているのだ。
このあたりは表道は観光客向けの露店街になっており、少し曲がれば職人街や住宅街へと入り込む仕様になっている。シンドバッドはこのシンドリアを再建する際、そのほぼ全ての道筋を脳内に叩き込んでいた。
もう二度と過去のような失態を繰り返さないためだ。逃げ道も、隠れられる道も、抑えるべき要所も、島ごと籠城する際に必要な資材や樹木も、全て完璧に創り上げて、脳内に記憶してある。
だから迷うことなく走ることができた。そう、人が誰も来ない路地の奥へ。念のためにゼパルでジャックしている野鳥を周囲の監視にあたらせる。
人の往来から完全に遮断された路地裏へ入り込むと、すかさずシンドバッドはユナンを家の壁の間に閉じ込めた。勿論、掴んだ腕は放さないままだ。今更逃げられでもしたら、困る。
「やっと、やっと見つけたぞ……ユナン!!」
何年ぶりだろう。それくらい会っていなかった。否、きっと近くに居た時もあっただろうが、シンドバッドからは見つけられていなかったのだ。一度目に興したシンドリア王国が滅びた……その随分前から会っていなかった気がする。
ただ、マギという存在を知ってからずっと確信していた。彼こそが、このユナンこそがマギだったのだと。その後ジュダルという堕転している子供のマギには会ったが、すぐに分かった。ジュダルは自分のマギではない。思想信条が全く違う。どうにもいけすかないのだ。だからきっと、自分のマギは彼、ユナンなのだ。
もし次に逢ったら必ず迎えに行く。そう決めていた。今更、今の自分が王じゃないと云う者は誰もいないだろう。本当に自分の国を手に入れた。しかも理想の国だ。順風満帆とは行かなかったが、苦労してここまで来たのだ、拒まれることはないだろう。
再会を喜ぶシンドバッドとは違い、ユナンは肩で息をつきながら、顔を隠すように帽子のつばを空いた指で摘む。
「ひ、久々に……全力で……走ったものだから。……ちょっと、待って……」
「悪い。流石に人目があるところで人と気軽に喋れなくなったものだからな」
「そうだね。でも、びっくりした……はぁ」
ユナンは何度か大きく深呼吸すると、ようやく落ち着いたのかゆっくりと顔を上げた。
最後に会った時は並ぶほどだった背丈が、今ではすっかり追い越してしまっている。それだけ、自分は成長できただろうか。いや、できているはずだ。
「久しぶり。そして開国おめでとう、シンドバッド。よくここまで頑張ったね」
綺麗な優しい笑顔だった。いつもの、これまで夢の中にも出てきた、美しいマギ。そう、今目の前にいるのは夢にまで見た相手なのだ。ただ、その笑顔が少し翳る。
「大切なものも、たくさん亡くしただろうけれど……」
その一言で、大体の事は察しがついた。きっと『大切』だったものが何かも、亡くしたものが『誰か』まで知っているのだろう。そして亡くなった者達に会って話したこともないのに、こんな悲しそうな顔をするのだ。
「ああ。……お前は、知ってるんだな。一度俺たちの国が滅亡したことも」
シンドリアがパルテビアとの戦争で一度滅んでいることは有名だ。多少、国政に通じる者ならば、誰でも知っている事実だ。だがそれよりも多くの情報を、きっと彼は知っているのだろう。
「…………うん。ごめんね、開戦の報を得て向かった時には、もう遅かったんだ」
「そうか」
あの時、彼も来てくれていたのか。そう思うと、少しだけ胸が熱くなる。やはり、きっと、そうなんだ。
間違いない。そう確信してシンドバッドは佇まいをなおすと、改めて話を切り出す。今日そのために全力でここまで飛んできた、それくらい大切な話だ。
「なあ、お前、マギなんだろう」
直球で問うた。聞かれたユナンは一瞬唖然とするも、すぐさま「やはりそう来たか」という顔をした。次に会ったらそう聞かれる。その直感があったのだろう。だからこそ、長い間姿を見せなかったのかもしれない。
「さて、どうだろうね」
「はぐらかさないでくれ!」
いつもの対応に、思わず声を荒げてしまった。
あの記憶を、あの光景を払拭できることは、今後一切ないだろう。あのような未来を防ぐためにも、なんとしても確かめて言わないといけない事がある。
「魔法使いだということは確かかな」
「マギの存在を知った時、一番最初にお前の顔を思い浮かべたんだ。俺をバアルの迷宮へ導いたのも、その力の使い方を教えてくれたのもお前だ。導き出される答えに間違いない、お前こそが創世の魔法使い『マギ』だ」
「そうだとしたら、どうするんだい」
答えは、最初から一つだ。これを言うためだけにここまで来たのだから。
「俺のマギになってくれ」
当然、そう来ると察していたのだろう。ユナンから表情が消えた。返答は、ない。
「……」
だが、そんな事は気にせずにシンドバッドは喋り続ける。何故欲するかを、伝えなくてはならないからだ。
「俺は一度国を失った。俺のせいだ。俺に力が足りなくて、情報も足りなくて、短慮で愚かで、どうしようもなくバカだったから。大切な仲間をたくさん亡くして、付いてきてくれた民も助けられず、女子供すら守れず無慈悲に惨殺された。俺はもう二度とあんな思いをしたくない。俺は力がほしいんだ! 国の王たる者として確固たる力が!! 皆の笑顔を守れる力が!! できる限り、手の届く限りの世界を平和にできる力が!!」
ずい、とユナンに顔を近づけて、片方の手で薄い肩を掴む。ユナンの腕を握った手と、肩を掴んだ手が汗で湿るのがわかる。
到底、これが物を頼む態度ではない事もわかっている。必死だった。優しさからでもいい。哀れみからでもいい。慈愛からでもいい。気まぐれでもいい。希望からでもいい。何でもいいからこのマギが欲しかったのだ。
だが無表情だったユナンはそんなシンドバッドを見ると、一度目を瞑り、そして珍しく険しい顔をして俯く。
「だから、頼む。俺のマギになってくれ!!!!!」
一時の、沈黙。
「………………ごめんね」
ようやく聞けた声は、小さく掠れ泣きそうな声の拒否だった。
「そんな、ユナン!!!」
思わず肩を揺さぶる。握る細腕に力がこもる。
「僕は……君のマギにはなれない」
「何故だ、どうしてだ!? お前は俺を選んだんじゃなかったのか!?」
「だって君は、僕の『おうさま』じゃないもの」
紡がれた言葉に衝撃を受ける。
あんなにも運命的だったのに?
あんなにもひたむきに王を目指して来たのに?
こんなにも自分には未来が見えるのに?
今じゃ世界の誰にも負けていない。それくらいに王を名乗れる自信もある。
それなのに。
「嘘だ。そんなはずがない!」
そう思いたかった。あれだけ気にかけて、自分に力を与えてくれて、世界の広さと力の使い方、生き方を教えてくれた。あれだけ運命的だった出会いは、本当に何もなかったのか?
あれは『王の器』を見極めるための試練じゃなかったのか?
国は一度滅びたが、再興した。世界の多々ある国々との同盟にも成功し、迷宮も数々と攻略し、とうとう七海の覇王とも呼ばれるようになった。世界を征服するためでも支配するためでもない。戦のない、異文化が共存できるできる世界を目指しての力だ。
「敵国のスパイだった堕転したマギのジュダル。レーム帝国を長寿のマギとして長く守り続けているシェヘラザード。残ったマギがお前一人ならば、お前が俺のマギなんじゃないのか。……マギとは、マギとは一体、何なんだ」
正しい王に着くはずなら、間違いなく自分に着くはずなのだ。
「僕にも……わからないよ」
だが、項垂れたユナンは力なくふるふると首を横に振る。
そして、ようやく語り始めた。
「シンドバッド、僕はね。想像できないかもしれないけれど、これまでも何度も『マギ』をやって来たんだ。……僕の選んだ過去の『王の器』達は、何度も国や世界を繁栄へと導き、平和をもたらした。けれどね、やがて傾き、分裂して、争って、瓦解して、蹂躙されて、荒廃して、滅亡を繰り返してきた。何度選んでも、何度同じ轍を踏まないようにしても、何度新しいこころみを試しても、何度愛しても、何度許しても、結果は変わらない。恒久的な平和なんて、一度たりとも辿り着けなかった。過去に学び、新しい未来を見つけようとしても叶う事はなかった。これだけの力があって、正しさを学び続けても、心には傷が増えていくだけで……行き着く先はいつも一緒」
弱々しく、時に激しく、ユナンは語る。それはシンドバッドがこれまで聞いたことのない『マギ』の話だった。
マギとは、強大な力を持ち、正しき王の器を選び抜き、補佐する魔法使いの事ではないのか?
繁栄? 滅亡? 荒廃? そんなの、今と何も変わらないではないか。
「一体マギとは何? そんなの、僕が知りたいよ、シンドバッド! ……僕はマギだよ。でも正しいマギじゃない。成り損なったまがいもの。ただの……マギの欠陥品だよ」
今にも泣き出しそうな顔で、声で、ユナンが微笑む。それがあまりにも痛々しげで、思わず腕と肩から手を放して解放した。喪失からか、シンドバッドの腕がだらりと落ちる。
そんなシンドバッドを見て、ユナンは逃げるでもなく、追い打ちをかけるように語りかける。
「そもそもね、僕には君のマギになる資格がない。僕は君の国が崩壊するところをこの目で見た。あの場にいたんだよ。実際、君たちに加勢する事だってできた。でも、あえて僕はそれをしなかった……」
「なん……だと……」
シンドバッドの瞳孔が開かれる。あの忌々しい記憶が、すぐにでも蘇るからだ。
「僕が力を貸したところで、あの滅亡の未来は覆せなかっただろう。それに、僕はしがない傍観者。人と関わることを止めて、流れ行く世界を見守ることにしたマギの成れの果て。世界を大峡谷から見ているだけの存在。僕が介入して更に歪む可能性だってあった」
「だから……だからと言って、お前は泣き叫びながら無残に殺される女子供たちを見捨てたのか?」
あの光景は忘れることはできない。斬り殺されていく無抵抗の人々、いたるところで上がる悲鳴、叫び、怒号、笑い声、断末魔、血しぶき、血溜まり、血の雨、人の焦げる臭い、燃やされ破壊しつくされた家屋、燃え尽きた炭の家、殺された仲間の遺体、虐殺の痕。痕。痕。
「そう」
ただ、返って来た声は冷たく、一言だった。
「勝てる見込みはないと知りながら、仲間が逃げる時間を稼ぐため、散っていった命を、ただ見ていただけだったのか?」
ユナンが己の腕を強く掻き抱く。先程掴んでいた手の跡が赤く残っていて、見ていて痛々しかった。けど、それよりももっと痛かった者達がいた。もっと恐れ、怖かった者達がいただろう。
「そう……だよ」
「守る力がありながらか」
ありながら、行動に移さなかったというのか? 目の前で苦しむ人々を見ながら? それがマギなのか? 世界が認める正しい『王の器』を選定せし者なのか?
ジュダルは堕転していたから除外だ。だが、マギとは強い力で国を守る、シェヘラザードのような存在ではないのか?
「あまり、僕に……マギに……期待をしないで、シンドバッド」
信じていたものを根底から覆されたのだ、憤りはわかる。
しかも、見知った者が、人生最大のピンチを見ているだけだと目前で云うのだ。こんなにも笑えない冗談はないだろう。
「じゃあなんで、迷宮を呼び出すんだ!? 力による混乱を招くと知りながら、お前たちマギは王の行使する力を呼び続けているのか!?」
自分が挑んだ迷宮で、一体何人の人間が命を落とした事だろう。今もなお、世界に出現し続けている迷宮で、これからどれだけ多くの者が命を落とすのだろう。
これでは、マギは生かした人名の数より、殺した数の方が勝るではないか。
「そうだよ。圧倒的な力を片方だけ持たせるのは不公平だから」
本当は、それすらも正しいのかわからない。それを伏せたまま、ユナンは毅然と言い返す。
「クソッ……この悪党め!!!」
言葉が胸に刺さる。本当に、いつの間にこんな事になってしまっていたんだろう。ユナンとて人が、人間が好きで、多くの者が笑顔でいられる国を求めて、何度も精一杯生きては絶望を繰り返してきた。
これだけ絶望しているのに、未だに堕転していないあたりで、どうやら人間というものに未練があるのは間違いなかった。
だが、返す言葉がない。
「…………言い訳は、しないよ。ごめんね」
「もういい。お前の力はあてにしない。マギの力なんぞに期待した俺がバカだった」
シンドバッドが離れて、背を向ける。その背中に、申し訳無さそうにユナンの声をかける。
「僕にできることは見守ることだけ。君個人に力を貸すことはできない。けれども、もし……世界の均衡が破られる時は、僕も表舞台に出ざるを得ないだろう」
「……」
「それまで、僕は人を見守り続けているよ……」
「そうか、見守るだけか。わかった。……ここまで連れ出して悪かったな。じゃあな」
シンドバッドは一度も振り返ることなく、興味が失せたかとでも言うように軽く手を振りながら表路地の方へと去っていった。
ユナンは彼の背中が光の中へ包まれて消えるのを確認すると、ずるずるとその場に座り込む。
手を一振りすると光の防御魔法が現れ、そのままスッと自然に溶け込む。先程シンドバッドが使っていたゼパルの監視を阻害するためと、人避けの魔法だ。おそらく、こちらはもう見ていないだろうが、念の為だ。
次の瞬間、堪えていた涙が堰を切ったかのようにポロポロと溢れ出す。こうなることは分かっていた。だから、ずっと避けていたのに、とうとうこの日が来てしまった。
シンドバッドにマギになってくれと言われた時、歓喜に打ち震える自分が居た。そして思わず頷きかけている自分に、言い知れぬ恐怖を感じた。
何度体験しても、王の器に求められるマギの本能は、度し難いまでに強力だった。
だが、これまでの失敗を、これまでの辛酸を、そして異常なくらいにシンドバッドから感じる恐怖を、ユナンは拭えなかったし忘れなかった。強い誘惑を堪え、首を横に振ったのだ。
王に求められ恭順したいというマギの『本能』を、それではいけないという人の『理性』で抑え込んだ。それは、想像していた以上の苦痛で、今でも胸が張り裂けそうなくらいに痛い。
シンドリアが滅亡しかかっていたあの日、ユナンは本当はあの海域に居た。敵の攻撃を受け、沈み掛かる民間人の船たちを密かに守り、魔法で船倉に空いた穴を塞ぎ、何とか岸近くまで追い上げ、敵に見つからないようにしながら一人でも多くの人を助けようとしていた。
そう、あの異常な空気を感じるまでは。
そこから直ぐにシンドリアへと飛んだが、全てが遅かった。もっと早くに向かうべきだった。でも、そうしたら、己に課した禁を破ってでもシンドバッドを助けに行ってしまっただろう。
だから自分の心に折り合いをつけるためにわざと口にしたのだ、自分は「ただの守り人」。政変に介入することはないのだ、と。
けれど、その自信も早々に崩れ去った。心が痛い。軋むように痛い。寂しくて、辛くて、悲しくて、孤独に押しつぶされてしまいそうだった。
マギにとって、王の器は自覚した瞬間から半身に近い存在と成る。その本能に逆らい、永遠に放棄する選択をしたのだ。
「こんなに、大好きなのに……」
何故、自分のような転生してしまうマギが生み出されたのか、ユナンには推測はできても答えを導き出すことはできなかった。こんなに何度も苦しい思いをするのならば、王に惹かれる本能など消えてしまえば良かったのに。
しかし、どう足掻いても過去には帰れない。今回は絶対に、王の器を戴かない事に決めた。
ふと涙で歪んだ視界で空を仰ぐと、家屋の合間から綺麗な青空が見える。だが、差し込む光はユナンの元へは届かなかった。
そうだ、それでいい。
さあ、帰ろう。全てを優しく包んでくれる暗闇と忘却の彼方、大峡谷へ。
「さようなら、僕のおうさま」
もう会うことも、見守ることも少なくなるだろう。
こんな、寂しい事を、決めたのはあの日の自分なのだ。
シンドバッドの冒険、完結おめでとうございました~!!でもなんで……なんでなの?
シンユナ派の私は、ずっとずっとずっとずっとずーーっと楽しみにしていた
『ドバ氏とユナンさんの確執』が描かれることなく終わってしまった。
「次回、最終回!」ってあったので最悪を想定してはいましたが、最高に絶望しました。
結局何だったんだよォォォ。(号泣)
本編で「この悪党が!」って言われなければならないユナンさんが何したって言うんだよ!
あれだけ過去に傷ついて、王を選ぶのが怖くて、それでもシンドバッドを選んで
血を流して戦ったユナンさんは何だったんだよ!?!
ドバ氏は何処まで知ってて、ユナンさんに何を言ったんだよ!!!
ドバ冒で最後にユナンさんと会った時は、1ミリもギスってなかったんだぞ……意味わかんねえ。
マギが作品のタイトルなのに、マギについて全くわからないまま終わりましたからね。
広げた風呂敷ぐらい畳んで欲しいものですよ。
で、とうとう本編でもスピンオフの外伝でも語られなかったシンユナの決別シーン。
(個人的に)めちゃくちゃ重要な案件だから、まさか描かれないまま終わるとか思っていなくて
悲しみに打ちひしがれながら
「じゃぁもう二次創作で書いちゃえばいいじゃん」ってなりました。
設定?知らんわい。全部妄想じゃい。こんちきしょー。
これじゃシンユナは今後も増えないだろうな~(本編でも外伝でも接点がなさすぎて)
と思いつつ、
何があっても308夜。故にシンユナ。これ然り。の精神に則って
後はもう好きなだけ勝手にする事に決めたので、どうぞ宜しくお願いします。
頑張ろ……妄想するだけしっかりしておこう。
ちなみにタイトルはH・T氏の『星より遠い』からお借りしました。
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