登場人物:シンドバッド、ユナン、ジャーファル、モブ
CP傾向:シンユナ
『決めたのは、あの日の僕』 の続き。
相変わらず
『何があっても308夜。故にシンユナ。これ然り。』に則ったちょっと薄暗いシンユナ。
少しだけ距離が縮まったような、そうでもないような話。
もうね、好き勝手やってます!
備考:『何があっても308夜。故にシンユナ。これ然り。』に則った
相変わらずちょっと薄暗いシンユナ。
でも少しだけ距離が縮まったような、そうでもないような話。
緩やかな潮風の吹く穏やかな昼間、外は晴天……ではないが雨の気配はなく、程よく晴れ間と雲間が交差し、風が通る気持ちの良い日だった。
そんな中、閉じこもった部屋で日がな執務に励む男が一人。この国の王、シンドバッドだ。
つい先日までは倒した海竜を捌いたり加工したりと売り払う算段に追われ、昨日から溜まった国務を減らすべく奮闘している。
海竜親子が出現したあの日、戦いの途中でいきなり消えたシンドバッドは、後々にジャーファルにこっぴどく叱られた。だが、シンドバッドはその説教を大人しく聞いたばかりか、あれから文句一つ言わずに黙々と執務に没頭している。まるで何かを忘れたいとでも言うように、休憩すらまともに取らずに……だ。
どこで何をしてきたのか聞いたが、それについても一言も答えて貰えなかった。言いたくない出来事ではあったようだ。こういう時のシンドバッドの意思は固い。ジャーファルはやむなく言及をやめた。
「シン、少し休憩にしませんか」
ノックの後、ジャーファルがお茶と軽食のセットを盆に乗せて部屋へと入ってくる。だが、シンドバッドはそちらを見向きもせずに次の書類の束を手繰り寄せた。
「ああ、置いておいてくれ。あとで貰う」
そんな姿に、ジャーファルは隠すことなく眉間に皺を寄せた。普段、仕事をしたがらない時はとことんしたがらないのに、一度変なスイッチが入ってしまうと倒れるまで働くタイプなのだ。
「……シン、ダメですよ。貴方ここ二日ほど働きづめでしょう。ちゃんと食べて飲んで休まないと。体調管理も王の務めです」
つかつかと執務机の前まで来ると、シンドバッドの持っていた書類をさっと抜き取り、すかさず目の前に盆を置いた。流石は元暗殺者と言ったところか、素早い上に置いた盆の杯から水の一滴も零れていない。
「はいはいっと」
添えてあった濡れナプキンで手を拭き清めると、シンドバッドは敵わないというように軽食に手を出す。その間にジャーファルは取り上げた書類の束へ順に目を通していく。大体の作業は兼任できる体制にしてあるため、確かにジャーファルが捌いても問題はない案件なのだが、珍しく仕事をする気になったシンドバッドは仕事を取られて少しばかり面白くない。
「食べると眠たくなるし、水を飲むとトイレに行きたくなるだろ?」
持ってこられた軽食とお茶を大口でもぐもぐ頬張り、一瞬でぺろりと平らげてこのセリフだ。
「それが人間の生理現象ですからね。ついでに少し散歩にでも出てこられたらどうですか? 火急の用事や案件も特に今はありませんし」
「散歩ねえ……それはどこかで腰を落ち着けたが最後、途中で寝そうだな」
「いいんじゃないですか、徹夜はそろそろ年齢的に響くでしょう」
「言っとくが俺はまだ若いからな?」
「はいはい。……ああ、そうでした」
そこでふと、ジャーファルが書類から顔を上げる。何かを思い出した顔だ。
「ん?」
「先ほど王宮庭園の方で騒ぎがありましたよ。あまり切迫した感じではないので様子を見ただけで通り過ぎて来ましたが」
「は? 騒ぎ?」
王宮庭園は国の関係者や政務を執り行ったりする高官や賓客、後は給仕の者や使用人くらいしか出入りのできない、一般市民には開放されていない区間だ。一応、憩いの間として、団らんや休憩、会話できるようにテーブルやベンチなども用意されている。
「なんでも気まぐれな旅の魔法使いが花畑で居眠っているとか」
「はああぁぁ!?!?!!」
旅の魔法使い。そのフレーズにものすごく聞き覚えがある。ちなみに服の色を聞いたら緑だった。もう間違いない。
思わずジャーファルに留守を任せて執務室を飛び出したシンドバッドは、真っ直ぐに王宮庭園へ向かった。そう遠くない距離なので、少し走れば見えてくる。
光に溢れ、芝生の上に小さな花が咲き誇り、ちょっとした噴水やベンチ、散歩のできる脇道なども用意されている王宮庭園。 その芝生のど真ん中に確かに居た。光の防御魔法に包まれた緑色の魔法使い。そう、遠目から見ても間違いなく、つい先日見たばかりのユナンだった。
そんな彼にきっぱりとマギになることを拒まれたシンドバッドは、もう二度と会うつもりはなく決別したはずだ。そんな彼が王宮庭園のど真ん中で丸まるように居眠っている。
「あ、シンドバッド様。すみません、お帰りいただこうにも近づくことすらできませんでして。とりあえず無害なので監視だけはしておりましたが……いかがしましょうかね」
警備の兵がこちらを見つけるや苦い笑いを零しながら敬礼してくる。確かに一般人に防御魔法がどうこうできるはずもない。シンドバッドは面倒ながらに一息吐くと、しょうがないと頭を掻いた。
「あー、まあ一応あれは俺の知人だ。俺が起こして適当に帰らせておく。もうここの警備はいいから、今日は帰ってお前もゆっくり休め」
防御魔法がなければ警備兵の槍で突きながらご退場願うのだが、どうやら魔法使い様には通じない手らしい。仕方がなく後を受け持つ事にする。
「そうなのですか。あの方が危害を加えてきたりはないのですね」
「その点は問題ない」
はずだ。たぶん。そもそも彼が攻撃的な事をするというイメージがない。魔法使いなのに、だ。
「わかりました。ではお言葉に甘えまして、お暇させていただきます。王よ、どうぞ後を宜しくお願いします」
警備兵は律儀に敬礼していくと、更に振り向き一つ頭を下げて詰め所へと引き返していった。
残されたのは防御魔法をかけて爆睡しているマギが一匹。今の話し声で起きた気配はない。
シンドバッドは人気がなくなるのを確認すると、ずかずかと足音も気にせず防御魔法へ近づいた。 やはり弾かれるだろうか。主に敵対するモノを徹底的に弾く、それがこの防御魔法だ。そろりと手を近づける。弾かるれるか?とそっと触れてみる。しかし、弾かれると思った防御魔法はシンドバッドを弾くことなく、するりと中へ受け入れた。
「あ?」
砕く手段を考えていただけに拍子が抜ける。
「っとと」
よろめきながら寝ているユナンに近づく。彼はブーツも靴下も脱いでおり、帽子を顔の上に被せて横向きで丸まるように居眠っていた。帽子のせいで表情は読み取れないが、ふわりと香る花の風と相まって、休んでいる妖精のようにも見える。
しかし、頭を振ってそれを否定する。これは悪魔だ。悪魔でないにしろ、信用に値しないものだ。それがわかった今、とりあえず転がっているユナンの釣り竿のような杖を取り上げて遠くに投げ転がす。杖がないと魔法使いは魔法を使い難いのだとヤムライハに聞いたので、先手を打っておくのだ。これで容易に魔法は使えまい。
「おい、ユナン。起きろー」
わざと日光が顔にかかるように反対側まで来ると、一気に日避けにしていた帽子を奪い取る。
「まったく、人ん家の王宮庭園で堂々と寝るな! そもそも俺のマギになるのを断ってまだ三日も経ってないんだぞ!? 図々しいにも程があるわ!!」
だが、しかし。帽子を剥ぎ取って、シンドバッドはひどく後悔した。
「げ」
思わず動揺の呻き声が上げる。
「う…………ん…………?」
ゆっくりと開いていく白金の睫毛に縁取られた空色の瞳からは、とめどなく涙が溢れていた。どうやら彼は泣きながら居眠っていたようだ。断じて泣かせたわけではないのだが、その気まずさにシンドバッドは凍った。
「あれ? シンドバッド……???」
「俺じゃない! 悪いのは俺じゃないからな!?」
当たり前なのだが、思わずそう口走ってしまう。横たわった体、元より前の大きく開いた服、裸足の脚に、泣きはらして濡れた目元。この構図、下手に他人に見られたら、あらぬ誤解を受けそうだ。
「ああ、そうか。……良かった。夢だったんだね」
ユナンはゆっくりと半身を起こすと、ようやく違和感に気がついたのが目尻の涙を擦り取った。それでも腫れぼったく濡れた目元は赤く染まったままだ。
「ごめんよ、驚かせて。昔の、怖い夢をみていたみたいだ」
酷く憔悴しているようで、とてもこの良い天気の中、居眠りしていたようには見えない。この調子では流石のシンドバッドも強く怒ることも叱ることもできず、渋々隣へと腰を下ろした。
「なんだよ、怖い夢って。子供じゃあるまいし」
茶化すように話しかけるが、ユナンはどこか遠くを見たままだった。夢を思い返しているのだろうか。泣いて目覚めるような夢を。
「……何度も何度も、助けたかった人に手が届かなかった夢。世界が歪む夢。国が滅ぶ夢。誰かに裏切られる夢。泣きながら遺体の前や墓標の前で謝り続ける夢。……そんなところかな。いわゆる悪夢だ。それも、現実に過去で起こった風景のね」
そう言えば、マギとしては何度も転生しているのだと、前に彼が言っていた事を思い出す。
それを聞いた時は、それがどういう意味なのか上手いこと理解できなかった。人は死んだらルフに帰るものだと言われていたからだ。けれども、マギは違うのだろうか。
だとするならば、何度も転生してしまうマギは、シンドリアが滅亡した時のような、深く辛い悲しみや絶望を何度も味わう事になるのだろうか。
「お前は、そういう過去をたくさん積み上げて生きてきたのか」
これは答えられるような質問なのだろうか。
だが、あまりにも知らなさすぎた。彼が自分を拒否したバックボーンさえも。逆を言えば何も知らないまま「マギになってくれ」と言ったのだ。それを今、痛感した。
ユナンはいつもの笑顔を悲しそうに歪めると、腕を掻き抱きながら膝に顔を埋める。
「そうだね……何度目だろう。でも全部覚えているよ。何一つ、忘れることなんてできない」
返す言葉がなかった。己のマギになることを拒んだユナンを、責める気にはなれなかった。だが、マギというものに信用が置けないのもまた事実だ。
「ねえ、もう少し近寄っても良い?」
「はあ? 一体、何をする気だ」
「やだなぁ、何もしないよ。少し人肌寂しいだけ」
確かに、少し風が出てきた。風に揺れる白金の髪を見ていると、妙に申し訳ない気持ちになる。ここは自分の国の庭園だと言うのに。
「……寒いならこれ着てろ」
羽織ってきた外套をぞんざいにユナンに寄越す。ユナンは一瞬驚いたが、受け取ると羽織って縮こまるように隣に座った。
「ありがと。やっぱり君は優しいね。昔と変わらないままだ」
ユナンは外套を慈しむように撫でて掴むと、やっといつもの柔らかい笑顔に戻る。
「お前、何しに来たんだよ。俺のマギにならないとか言いつつ滞在してんのかよ」
「そうだよ。シンドリアが復興したと聞いたからね、観光に来たんだけど、せっかくだから王宮も見ていこうかなって」
王宮にまで入ってくるのは流石に看過できないが、観光に来ていたというのは本当だろう。
あの時、人々を被る海水から守った光、あの偶然がなければ自分の前にも姿を現さず、そのまま普通に観光して帰ったに違いない。
「ふざけんな、ここは部外者の立入りは禁止だ」
「ちょっと見るくらい良いじゃないか、減るものじゃないし。それに僕はどの国に所属もしていない流浪の魔法使いだからね。君たちが勝手に決めた国境も法も、何もかも全て、僕には関係ないのさ。捕まれば別の話だけど」
「む、ああ言えばこう言うな」
「大丈夫、ここの情報を売ったりなんかしないよ。本当にただの物見遊山さ」
「本当だろうな? 約束破ったら本気で怒るからな」
確かに、ユナンはそういった事はしないだろう。別に確信があるわけではない。ただ、自分の人を見る目は確かだと思いたかった。現にシンドバッドやシンドリアを破滅させたければ、ユナンには容易くできる芸当だろう。
だが今は完全に中立、それか不干渉を貫こうとしている。つまり国にとっては無害に近い。
雲間から太陽が顔を出し、王宮庭園が光に包まれる。気持ちばかりか暖かい風が吹き、ユナンの髪がふわりと揺れた。
「僕はね、栄えてる国を見るのが好きなんだ。特にこの国はみんな笑顔に溢れてる。一度は失敗したかもしれないけど……でも、それでも立ち上がって……生きていこうとする強い意思を感じる。これは全部、君の力なんだね」
ユナンが小さく笑った。間違いなく心からの笑みだ。ただそれだけなのに、シンドバッドは思わずそれに目を奪われてしまった。
本当に、何故このマギが自分のマギではないのだろう。だが、確かにここまで彼の力を借りた事は、最初の一部を除いて殆どない。縁を築いてきたたくさんの仲間や同志たちの力だ。
「俺だけじゃない。たくさんの、俺についてきてくれた人々の力だ」
「そうだね……」
輝いていた陽が流れ雲で陰り、少し冷えた風がひゅるりと通り抜けていく。その間は沈黙だった。
そして何も言わないシンドバッドの代わりに、ユナンがぽつりぽつりと喋り始める。
「先日も言ったと思うけれどね。僕はそれはもう……長いことマギとして生きているんだ。何度も死んで、そしてまた生まれて。生前の記憶を保持し続けるマギ、それが僕だよ。そんなマギは他に聞いたことがない。だから僕はマギの中でも特殊で、何をするのが正解なのかわからないんだ」
先日や先ほどの話を思い返すところによると、ユナンが王の器だと見定め、その王が興した国はことごとく滅亡している。確かに、そんな彼が恒久的な平和を望み続けるのだとしたら「王を見定めること」自体が過ちで、自分がマギとして欠陥しているのだと思っても致し方ないのだろう。世界の真実など、シンドバッドは当然知らない。
「答えはずっと探してる。何をするのが正しいのか、僕は何をする為に生まれたのか。何度も何度も苦しい思いをして、悲しい思いをして、絶望して……まだ理想に辿り着けない。でもね、僕は人を嫌いになることができないんだ。悲しくて苦しくて寂しくて、何度絶望しても、どうしても堕転することができない。人が辛い思いをして悲しみ、絶望する姿に慣れることができないんだ」
ことり、とユナンの頭がシンドバッドに寄り添い掛かる。ふわりと花のような、緑と土の香りがした。避けることもできたのだが、あえてそのままにしておく。人肌寂しいという言葉は、おそらく本当なのだ。孤高のマギ。だからといって、寂しさを感じないわけではないのだろう。
「僕は人を幸せにしたい。だから、怖いんだ。人を不幸にしてしまう可能性を秘めている自分が。だから王を選ばない。……いや、選べないんだ」
マギは王を選ぶもの。シンドバッドはずっとそう思っていた。そして選ばれた王には確かな未来が約束されているのだと。だから、二回目に見かけた小さな黒いマギを見ても、それに勧誘されても、そのマギが大切な人のマギになっても、そして裏切られても不思議に思わなかった。王たる器でなくなった時点で、『マギにとっての王』ではなくなるだろうからだ。
「ジュダルは自分の王の器をずっと……いや、きっと今も探している。マギとはそういうものではないのか?」
その者に絶大な力を与えるための金属器なのではないのか。
だが、今この世界では様々な迷宮が出現し、王の候補になりうる金属器の保有者は増え続けている。
「彼はまだ若いマギだもの。マギの役目は王を選ぶことだけじゃない。だって、マギの選んだ王が世界をより平和に導けるのだとしたら、もうこの世界に争いはないはずだもの」
確かにそうだ。マギというシステムが円滑に働いているのだとすれば、戦乱などない世界が実現されているはずなのだ。
それを拒む者も知っている。アル・サーメン。ただ、それだけでこんなにも世界は悲しみや絶望に包まれるのだろうか。
考え込むシンドバッドを余所に、ユナンは悠然と語り続ける。
「それに君も嫌でしょう? たった三人のマギに選ばれなかったから、自分は王だと認められないなんて……。だから、間違えないで。マギがいても国は滅ぶんだよ。衰退するし、瓦解だってする。マギは、国を維持することには何も関係がないんだ」
「確かにそれは癪だ」
ここまで来れたのはマギの力があったからじゃない。ただ、マギの力で現した迷宮を攻略したジンの力であることは確かだ。分からない。謎は深まるばかりである。
「マギとはただの高位な魔法使いに過ぎないんだよ。世界の真理に最も近く、その力を使いこなせるだけ。でもそれだけでは国を、民を、人を、ずっと幸せにできることには繋がらないんだ。僕がそれを歴史をもって証明している。ただ、幸せになりたいだけなのに……誰も傷つかない優しい世界が見たいだけなのに……」
肩から聞こえる声が窄む。しかし、それは初めてユナンが見せた本心なのだとわかった。
「……お前の願いはそれなんだな。それなのに……」
迷宮を出してたくさんの命が失われた。それがわからない筈もないだろうに。
「言わないで。お願い。矛盾していることくらい自覚しているよ……」
そう言われて、言葉の先を止める。確かにジンの力を得ていなかったら、自分はここにいない。
「それは逃げだって思うかい? でも、答えが見つからなければ僕は永遠に、本当の意味で逃げ続ける事になってしまう。だから……僕は今は停滞することに決めたんだ。逃げはしない、前にゆっくりゆっくり進んでいくマギ、それが僕。大峡谷の守護者たる所以だよ」
「だから俺のマギにならないのか?」
「そう。僕は破滅のマギかもしれない。それでも君は、マギが欲しいかい?」
居ても居なくても、国がいずれ滅ぶのだと云うのなら、確かにマギの存在価値など大したものではない。だが、シンドバッドは言い切った。
「ああ、それでも俺はマギが欲しい。お前が欲しいよ、ユナン」
多くの人々の幸せを願い、擦り切れそうになっても願い続ける、そんなマギがいい。栄えている国を見ているのが好きだと、愛おしそうに微笑むマギがいい。人が傷つく姿に悲しみ続けるマギがいい。
マギの存在を知った時から、そしてジュダルに会った時から、わかっていた事だった。この世に三人しかマギがいないのであれば、ユナンこそが自分のマギなのだと。
「ありがとう。じゃあ、これだけは約束しよう。僕は今後、誰のマギにもならない。勿論、君も含めてだけど……」
「って、今の流れで俺のマギになるんじゃないのかよ!?」
「あはは、期待させてごめんね。それはできないんだ」
「期待させやがってくっそー」
思わず芝生を拳で殴る。
今の問答は何だったのかと一瞬悔やんだが、マギから新しい情報はそれなりに取り出せた。特にユナンから聞いた情報は確かなものの方が多いだろう。謎多きこの世界で、その情報は有益だ。後で書面に残しておこうと心に決める。
「あと、世界の危機が訪れた時、必ず僕は君の力になるよ。それではダメかい?」
「…………なんだよ、その世界の危機って」
「ひみつ。……でも、わかっているでしょう」
「はあ。まあ……ぼんやりと?」
あの戦争以来、謎の男と無意識的に繋がる事がある。その事を言っているのだろうか。
それはわからなかったが、アル・サーメンに関しても何も進展していない。故に、いずれ世界はもっと波乱が吹き荒れる事だけは理解していた。
この世界には何かが足りない。そう感じるのだ。そしてそれまでに盤石な体勢をこの国で築くために、急ピッチで建国したのだ。何があってもそれに耐え抜く、強国と強い同盟関係を世界規模で作り上げねばならない。
「さて、随分長居してしまったね。それに喋りすぎてしまったし、そろそろ僕は帰るよ」
隣でうとうとしながら喋っていたと思っていたユナンがおもむろに腰を上げる。
「人払いの魔法も疲れるしね」
「そんな事してたのかよ」
ユナンは羽織っていた外套から草や土をぱたぱたと払い落とすと、軽く手を上げて、遠くに転がる杖を呼び寄せた。流石は創世の魔法使いと言われるマギだと心の中で悪態をつく。魔法を使うのに杖なんて必要ないではないか。
「シンドバッド、これありがとう」
「お、おう」
借りていた外套を渡そうとユナンがかがむ。同じ男なのに胸元が見えるのが気になってしまって、思わず目を逸してしまう。それに素直に礼を言われるのはちょっとこそばゆい。
だが、ユナンの方はまじまじとシンドバッドを見ていたようだ。
「君、かなり疲れてるね?」
「まだ二徹目だバカヤロー! まだまだ行けるぞ、俺は若いからな」
「ダメだよ。体は労ってあげなきゃ。君はもう王様なんだから」
「お前、ジャーファルと同じこと言うのな」
「少し、ここで休んでおいきよ」
そう言うと、ユナンはシンドバッドの額を人差し指と中指で軽くトンと叩いた。全く痛くはない。が、瞬時に猛烈な眠気が襲ってきた。魔法だ。睡眠と、たぶん他の何かに作用する……。
「お前、俺に何を……?」
「少し眠くなる魔法と、今の出来事や会話の記憶を少しだけあやふやにしてしまう魔法、かな」
あっけらかんと素直に告げられた解答は最悪なものだった。自分だけ忘れろというのか、今の話を。
「クソッ! やけに素直に喋ると思ったら、やっぱりそういう事か! この悪党が!!!」
倒れる際に頭を打たないように、ユナンが抱えて、ゆっくりと膝で受け止める。こんな奴に膝枕される日が来ようとは思わなかったが、何故か悪い気はせず、少しだけ許してやろうと考える。ユナンは外套をシンドバッドの上に丁寧に被せる。その手付きが優しくて、何故か母親を思い出した。
こんなにも寝たくないのに、忘れたくないのに、瞼は重く意識は遠のいていく。
「……ごめんね。でも君にマギになってくれって言われて、僕は嬉しかったんだよ。それだけは本当に本当」
最後に目に映ったのは、いつもの悲しそうに笑うユナンの憂い顔だった。
この顔も、この言葉もきっと忘れてしまうのだろう。本当に、なんて悪いやつなんだ。そう、悪態を心で尽きながら、シンドバッドはとうとう深い眠りの中へと落ちた。
シンドバッドがもう起きない事を確認したユナンは、ゆっくりと花畑の上にシンドバッドの頭を下ろすと、一振り杖を天に掲げる。その瞬間、冷たかった風がふわりと暖かな空気に変わった。これで風邪もひかないだろう。
一度だけ健やかに居眠るシンドバッドへと目を向けると、ふわりと宙へと浮く。おそらくまた、暫くは会えない。
否、会いたいと思ってしまう時点で既にダメな気がする。けれど本能に逆らうことは難しい。自分はマギである前に、感情を持つ人間だからだ。だから、これかもらきっと寂しくてこの国に来てしまう事だろう。それはマギという生き物の本能であり宿命だ。王の器の傍が何よりも落ち着くのは、本能がそうさせるからだ。
でも、それでもいい。邪険にされても、顔が見られるだけでいい。それだけで、寂しくて冷たい夜に心が乾いても、まっすぐに顔をあげて、心の闇に沈まないで生きていける。
「おやすみシンドバッド。君のマギになれたら良かったのにね……」
そう言い残すと、ユナンは音もなく庭園から瞬く間に消えた。そこには光るルフだけが残されていた。
前回の話の続きということで、決別はしたけどシンドリア観光はやめてなかったユナンさん(笑)のお話。
本当はマギの本能的にシンドバッドのマギになりたくて傍にいたくてたまらないけど
それができないのは過去の失敗と、同じ過ちを繰り返してはならないという人間の理性である。
みたいな事が語りたかったんだけど、はたまた伝わっているのかどうか……。
あとシンドバッドはユナンさんのことは普通に好きだけど、相手が天の邪鬼すぎて普通に喋れないやつです。
で、そのうち成長して夫婦喧嘩みたいなの始めるのかなって……
しかし、gdgdお喋りさせるのが大好きすぎて、毎回まとまりがなくなって困ります。
まだまだ上手くならないなぁ……
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