登場人物:シンドバッド、ユナン
CP傾向:シンユナ
備考:あまり仲良くないケンカップル系
32巻は読了しておいた方がわかりやすいかもです。
「なあ、なんでマギは髪が長いんだ?」
いつもの気まぐれで姿を現したマギは、執務中で大忙しのシンドバッドを横目に、資料の本を勝手に読んでいた。
あまり軍事には関わらない書物なので黙って捨て置いていたのだが、風にゆらゆらと揺れる白金の髪を見ていたら、ついそんな言葉が口に出ていたのだ。
シンドバッドに話しかけるつもりはなかったが、気になったのだからしょうがないと彼は早々に諦める。
「いきなりどうしたの」
ユナンは書物から顔を上げると、怪訝そうに聞き返す。
「いや、だってお前もジュダルもアラジンも長い髪を三つ編みにしてるし、シェヘラザードも確か身長より長いだろう?」
「そうだね」
「何か意味でもあるのかと、純粋に疑問に思っただけだ」
マギの生態。それは未知数だ。意味があるなら是非とも知りたいとシンドバッドは思う。
「うーん……」
その問われたマギは目線を宙へ向けると考え込み、すぐさま何か思いついたのか喋りはじめた。
「むかしむかし、出口のない塔に幽閉されてしまったお姫様が、助けにきた男のために自らの髪を魔法で伸ばして招き入れたっていう童話があったんだけど」
「ああ……」
それはシンドバッドも知っている。若い頃に自伝の参考に読んだ書物の中にそんな童話があったからだ。
「マギもそれと一緒で、王の器になる相手のために髪を伸ばし続けているんだよ」
ユナンはひょうひょうと言ってのける。
しかし、その話を聞いた途端、シンドバッドの手は動いていた。
パシリ、と揺れていたユナンの髪を正確に掴む。
「と、云うのはもちろん冗談だよ」
「当然、わかってるさ」
髪を掴んだ腕を見ながらユナンは呆れた顔をしたが、そんなことは百も承知だ。そもそも語り始めた口調が既に真面目ではない。それくらい悟れないシンドバッドでもなかった。
「じゃあ何なのさ、この手は」
目で離せと訴えてくるユナンには悪いが、例え冗談話でも離すつもりはない。掴んでいたら鯛が釣れるかもしれないのだ。
「で。本当のところはどうなんだ」
どうせそう簡単に口は割らないだろうが、今ここで帰られるのも面白くないのでシンドバッドは話を続けた。
ユナンは厄介そうにその腕を見ながらも、少し考えてまた口を開いた。
「……マギは魔法使いだから、抜けた髪を呪いの媒体に使われないように……」
「ん? ヤムライハからそんな話は聞いたことないな」
「……」
本当にそうなら、魔法使いだけではなく為政者たちにも知れ渡っているはずだ。そのような魔法や呪術がないと否定はしないが、明らかにユナンが適当に言っているのだけはわかる。
その答えがユナンの顔だ。とてもめんどくさそうな顔をしている。
シンドバッドはそれを見て上機嫌になると、片方の手でユナンの髪を弄りながら尚も聞く。
「で」
いつも余裕しゃくしゃくの彼が不貞腐れた顔をしているのは存外悪くない。
「マギは空を飛ぶ重力魔法を使うから、空中で邪魔にならないように……」
「嘘つけっ! 俺も飛べるが困るほど邪魔じゃないぞ。寧ろ定期的に切る方が面倒くさい」
「じゃあそれでいいよ」
とうとう顔を背けられてしまった。
ユナンは本気で逃げようと思えば逃げられるのだろうが、決まってシンドバッドに対しては実力行使には出ない。いつも逃げるだけ逃げて、かわすだけかわし、たまに防御魔法に弾かれる程度だ。
何を考えているのかとシンドバッドが顔を覗き込むと、意外と困ったような表情に出くわした。
「もう良いでしょ、離してよ」
ぽそりと呟き、届けられた声は弱い。
「で、本当のところは?」
これなら聞き出せそうな気がしてきて、シンドバッドはできる限り優しく、真摯に問いただす。
ユナンは観念したのかどうかはさておき、小さくため息をつくとぽそりと伝える。
「大した話じゃないんだよ。むかし、大好きだった人にこの髪を褒められたから……それだけ」
「へえ」
確かに風に揺れる白金の髪は綺麗だ。あまり手入れはしていないと言っていたが、手触りはふわふわと柔らかくてとてもいい。
これは信憑性があるやもしれない。
そう思った矢先、ユナンは卓の上に置いてあった果物ナイフを手に取ると、掴まれている髪の間に滑り込ませて勢いよく薙いだ。
「ッ!?」
シンドバッドは驚きのあまり咄嗟に髪から手を離していた。するりと腕から零れていった三つ編みは、あっさりとユナンの後ろに隠れる。
「あっぶねえええ!!!」
ユナンの髪は数本切れただけで、その殆どは切れていない。髪はああ見えて束ねると頑丈なものなのだ。が、被害が少なかったのは置いてあった刃物の切れ味が悪かったのもひとつあっただろう。髪がバッサリ切れなくて良かった、とシンドバッドは心の中で胸を撫で下ろした。
一時の嫌がらせで思い出のある髪を切られるのは、流石に寝覚めが悪すぎる。手から零れていった夢は、やはり夢なのだ。
しかし、同時に切れたはずの髪さえも、三つ編みに絡め取られて手の中に一本も残らなかった。案外呪いの媒介にされない説は有力なのかもしれない。
「だからね、半分は遠い遠い思い出。残りは要するに願掛けみたいなものなんだよ。いつか僕を救ってくれる人が現れるかもしれない……てね」
ユナンは果物ナイフを卓へ返すと、そのまま窓辺から軽やかに宙へ舞った。
もうシンドバッドの腕が届くことはない。
「でもきっと今回は現れないから、もうそろそろ諦めて、切ってしまっていいのかもね」
背を向けたユナンの表情ははかり知れない。
ただ、途中から数本切れたおさげが風に揺れる様は、どこか寂しげに見えた。
「どういう事だ? やはりお前の王の器はまだ見つかっていないのか?」
「さて、どうだろう」
「チッ、こんなに王様らしい俺を目の前にしておきながら!」
顔を突き合わせれば喧嘩ばかりしているが、ユナンが誰も王を選んでいないマギであることに変わりはない。手に入れば絶大な力を得られるのだ。
ユナンはちらりと振り返ると、表情のない顔で言い捨てる。
「だって君は、僕の王の器じゃないから」
「くそっ、俺もお前みたいな根性のひん曲がったマギは願い下げだ!」
売り言葉に買い言葉。いつもの喧嘩別れだ。いつ誘っても色よい返事は貰えた試しがない。
「うん。そうだね」
なのに、そんな悲しそうに微笑まれてしまうとは、シンドバッドには想定外だった。今の言葉は何だったのか、疑ってしまうくらいには胸が傷んだ。
笑ったままのユナンは、シンドバッドを一度だけ見やると、静かに月夜に舞う。
「じゃあ、おやすみ、シンドバッド」
光るルフに守られながら、ユナンは風とともに姿を消した。
ユナンはさほど遠くない王宮の屋根で月を見ていた。
明るく輝く月を見ていると、昔の王を思い出す。
『あなたの髪は地上を照らす優しい月夜のように綺麗ね。私はとても好きよ』
そう褒められたのが、とにかく嬉しかった。
否、マギは王の器の隣にいるだけで幸せなのだ。
何度幸せを手に入れて、何度失ったことだろうか。その心の傷は塞がれるばかりか、深く抉られていく一方だ。
ユナンはもう、あのような絶望を感じたくはなかった。
シンドバッドに髪を掴まれたあの時、言い知れぬ恐怖を感じた。信じてはいけないという警鐘が強く鳴る。だが、それと同時に湧き上がる歓喜も確かにあった。
もう二度と王は選ばないと自分を戒めたのに。隣にいたら、すぐに照らされて呑まれてしまうのに。それらの矛盾は、ユナンの心を更に焼きつくす。
逃げるために、ああするしかなかった。本当に嫌いであれば二度と顔を合わせなければ良いのに。マギの本能はそれすらもできない。これは、呪いだ。
「僕は君なんて、大嫌いだもの」
見上げる月が歪んでうつる。
ああ、なんて悲しくて、愛しいのだろうか。
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