登場人物:シンドバッド、ユナン
CP傾向:シンユナ
マギ本編その後の100%妄想話、四作目です。三作目はこちら
最初から結末がわかる話だったかと思いますが
いよいよ雲行きが怪しくなってきました。
苦手な人はもうここまで辿り着いてないと思いますが、ご注意ください
4:つごもりのひとひ 幸せな時間は日暮れと共に終わりを告げ、そして否応なしに翌日はやってきた。
そう、今日は金曜日だ。その言葉の重さを感じながらシンドバッドは目を覚してゆっくりと起きた。ゆるりと顔を上げると、そこにはいつも通りのユナンが規則正しい呼吸で眠っており、思わずホッと息を吐く。
まだ大丈夫だ。そう心の中で自分に言い聞かせる。
彼の眠る顔を見ながら昨日を思い返し、幸せと嬉しさを噛みしめる。だが、同時に深い悲しみを伴った不思議な感情は何とも言い難く、シンドバッドはそれらを無理やり胸の奥に押し込めるとユナンを起こさないように素早く寝室を後にした。
今日は少し曇っていた。雲行きが怪しく、いつ雨が降り出してもおかしくないような湿り気を帯びた空気を肌で感じる。シンドバッドは朝霧の晴れない中、いつもより多めに食料を調達してこようと麻袋と道具袋を持ち出すと、駆け足で狩りへと出かけた。
予想通り、戻る頃には小雨が降り出していた。霧のような細かい雨が昨日見た鮮やかな森を包み、烟るように漂っていた。本格的に降り出す前で良かったと、シンドバッドは採取してきた食料を肩から下ろす。それと同時に昨日がこの曇天でなくて良かったと心の中で呟く。
昨日、森や湖で食べられそうな食材にも目星をつけていたので、今日はあまり迷わずに食材を集められた。これだけあれば数日は保つはずだ。
ユナンは殆ど食事を摂ることはなかったが、シンドバッドは食べなければ腹も空く。ユナンがまだ寝ているこの時間に家事を終わらせて、朝餉の用意も済ませてしまいたかった。
あまり凝った料理はしない。せいぜい焼くか煮るの二択だ。放置しておけばせっかく獲ってきた肉が悪くなるため燻製という手も考えたが、ジュダルの魔法の部屋があれば腐敗も防げるため、その点に置いては例の部屋の入口付近を活用させてもらっている。だが、温度変化までは対応していない。やはり温かい食事は自分で作るしかないのだ。
シンドバッドは採ってきた食材と肉をさばき、適当に鍋で煮ながら、木の実を碾いて水とこねたものをフライパンの上で焼く、テキパキと朝餉を完成させた。
さて、ユナンを起こしに行くか。最近はこの時間も楽しみの一つになっていた。記憶にあるユナンはふわふわしていると思いきや、ガードが固くていつも張り詰めているような印象だった。軽い調子でからかってくるのに、絶対にある一線を越えさせてくれない。そんな印象だ。
そんなユナンが実はあまり朝が得意でなくて、自分に起こされて眠たそうにしながらも起きてくる。それが今の小さな幸せだった。
「ユナン、朝メシできたぞ~」
上手く焼けたパンもどきを皿に乗せ、後は鍋で煮ているスープを器に盛れば完成だ。火を消してなお、くつくつとしている鍋を置いて寝室へと入る。そこには想定していた通りの眠そうなユナンがぼんやり身を起こそうとしていた。
「おはよう、ユナン」
「おはよう、シンドバッド。もう朝なの?」
起きたばかりのユナンはまだ眠いのか、しょんぼりして見える。
「残念ながら朝だ。朝メシはどうする? 食べるか?」
「うん、貰うよ。今行くから」
「了解だ。ああ、今日はちょっと雨が降っていて肌寒いから、暖かくしてこいよ」
「うん」
ユナンが緩慢な動作でベッドから這い出そうとする。そんなユナンを確認すると、シンドバッドは寝室の扉を開けたまま踵を返して鍋へと戻る。
用意していた器に自分とユナンの分をそれぞれ注ぐと、スプーンを添えてテーブルへ置く。
さて、そろそろノロノロとユナンも出てくるだろうと思った矢先だった。
どさり。
何かが倒れるような音が寝室から聞こえてきた。急いで寝室へ入ると、そこにはベッドから毛布ごと落ちて座り込んでいるユナンがいた。この寝台は決して高くはない。腰掛けて座れるくらいには低い。落ちる要素などないはずだ。おそらく、寝台から立ち上がろうとして足に力が入らずに転けたのだろう。
「おい! 大丈夫か!?」
慌てて近寄り、支え起こす。ユナンも少しばかり動揺しているようで、シンドバッドを握る腕が震えていた。その力はとても弱い。
「おかしいな……足がもつれて……。あれ、あんまり腕に力が入らないや」
「っ!!!」
その言葉を聞いて、思わず膝をつきユナンを抱きしめていた。
「え、ちょっと。シンドバッド!? どうしたの!?」
「どうしたもこうしたもあるか!!!」
昨日に無理をさせすぎたのか、はたまたこうなるのは摂理なのか、シンドバッドにはわからない。けれども、人としての機能を失っていく愛しい人を前に、抱きしめられずにはいられなかった。
「だ、大丈夫だよ」
耳元で困った声音のユナンがそう呟き、ぎこちなくシンドバッドの背に腕がまわる。
「何が大丈夫なんだよ! 大丈夫なものかよ……昨日、力を使いすぎたんだ。全部、全部俺のせいだ!」
昨日、連れ出すことにリスクがあることも理解していた。なのに調子にも乗ってしまった。弱らせたいわけじゃなかった。なのに結果はこうだ。
「それは違うよ、シンドバッド。最初から“こうなることはわかっていた”んだ。昨日僕が外に出たって、出なくたって、結果は今と然程かわらなかったはずさ。体が言うことを聞いてくれなくなるのが、数時間遅れるくらいの差。だから君のせいなんかじゃない。ないんだよ」
「そんなの信じられるかよ……」
「僕の命が尽きていく……ええと、言い換えればアラジンが用意してくれた魔力が尽きていくのはある程度、一定なんだ。そりゃ無理したら多く減るけどね。昨日、外に出たくらい、大差はないよ」
優しく撫でてくれる手は、母親を思い出させるように優しくて温かかった。それでも悔しくて、シンドバッドは暫くユナンの体を抱いていた。
「今日か明日の何処かのタイミングで、きっと僕は歩けなくなる。明日か明後日には殆ど起きていなくなるだろうって。自分の事だからわかってたんだ。だから、無理なお願いを、わがままを昨日にしたんだよ。その事に悔いなんてない」
予定調和。即ち想定通りだったというわけだ。
薄々予感はしていた。病人が、老人が、最期を迎え亡くなる時まで元気であるはずがない。ユナンが己の体力がある内に共に外に出たいと願った時から、もしや、とは思っていたのだ。
「でも君をそんな悲しそうな顔にしたかったわけじゃないんだ。ごめんね、シンドバッド」
「お前、今ちょっとだけ俺に告った事を後悔しただろ」
何となくだが、彼が考えていることが少しだけ分かってしまった。だが、それを否定することなくユナンは頷く。
「うん。少しね。君が悲しい顔をするのも、苦しい顔をするのも、悔しそうにするのも、僕は辛いから。だからできる限り、君には笑っていてほしいな。……さあ、朝ごはんを食べておいで」
「例え雀の涙しか食べられないと知っててもな、俺はお前のために飯を作ってるんだ。一緒に食べないと意味ないだろ」
「シンドバッド……?」
シンドバッドは毛布ごとユナンを抱きかかえると、そっと寝台の上にユナンを戻す。落ちている毛布を拾って、再び丁寧にかけ直すと、ユナンの前髪を掻き上げて口付けを落とす。
「ちょっと待ってろ、ここに飯、持ってくるから」
それだけ告げるとシンドバッドは踵を返して隣室へ戻っていった。
ユナンはさり気なくされた行為に一瞬固まっていたが、気づいた瞬間、額を抑えて俯いていた。年甲斐もなく顔が火照るのがわかる。あまりにもさり気なさすぎて気づかなかったが、あれが恋人に対するシンドバッドの自然な行為なのだろう。心臓に悪い。暫く俯いた顔をあげることもできそうにない。
「やだ、モテ王の血、やっぱりこわい」
すぐにシンドバッドは二人分の食事と水を盆に乗せて寝室に戻ってきた。小さな卓に盆を置き、寝台の近くまで移動させると、次は隣室から木椅子を持ってくる。本当にここで食べる気のようだ。盆から自分の分を卓に分けると、ユナンを体を起こして上に盆を置いた。乗っているのは、いつも通りの汁しか入っていないスープと匙だ。
「君もここで食べるの?」
「当然。どこで食べたって一緒だろ?」
「ありがとう」
素直に一人でなく誰かとご飯を食べられるのは嬉しい。長い間独りだったからこそ、近くに誰かがいる安心感は強かった。
「おう、食べるのがしんどいなら無理して食べなくていいからな。ああ、匙は持てるか?」
「それは流石に平気だと思う」
「じゃ、いただきます」
「うん」
少しばかり冷めてしまったが、まだスープには温もりを感じる。何より、シンドバッドが隣に居てくれる事がユナンは嬉しかった。「いただきます」とシンドバッドに続くと、匙を手に取った。ゆっくり、慎重にではあったが、まだ手から離さずに握っていられそうだった。
結果的にユナンは三口ほどしか口にできなかったが、彼は美味しいと大変喜んでくれた。シンドバッドは卓を寝台の隣に備え付けたまま、食器を隣室に戻しに行き、軽く食器を洗い終えると、水差しとコップを持って部屋へ帰って来た。その頃にはユナンは再び睡魔に襲われており、意識が薄く混濁していくのを感じていた。
本当はもっとシンドバッドと話していたい。傍にいたい。感じていたい。そう思うのに、もう寝台から出て歩くことさえできそうにない。こうなると分かっていたのに、その寂しさには抗えなかった。
「ねえ、シンドバッド。あと少しで……良いから、僕が眠るまで傍にいて……」
この声はちゃんと届いているだろうか。声になっているだろうか。薄れていく意識の中、それすら確かめる手段がない。
彼を束縛する者にはなりたくない。そう願いながらも少しだけと求めてしまう。本当にどうしようもないなと感じたその時、ふと手に温もりを感じた。
「ああ、ここにいるよ」
大きくてごつごつした手が優しく手を握ってくれている。その事にひどく安堵して、ユナンは意識を手放した。
次にユナンが目を覚ましたのは昼過ぎだった。何度も見てきた天井を見て、ゆっくりと上体を起こす。それすら酷く億劫だったが、喉が乾いたのだからしょうがなかった。
「お、起きたのか。おはようユナン」
そこでふと現状を理解する。朝に起きた事。自分が歩行困難になったこと。一連のやり取り。そして摩訶不思議な事に同じ部屋にいるシンドバッド。
「あ、れ??? 君、あの部屋には行かなくていいのかい?」
少し掠れたユナンの声で状態を察したシンドバッドが水の入った杯を差し出してくる。それを受け取りながら部屋を見渡すと、見事に書籍や紙類で散らかっていた。
「いや、向こうから出してきた。別に一日二日で悪くなるようなものでもないだろ? 今はそれより、お前の傍にいたいんだ。水、飲めるか?」
「う、うん」
少しずつ水を飲む。これまでは隠れて、ほとんど点滴で補っていた水分だ。元よりあまり多くの水分は必要としない体だが、久々に飲む水は美味しく感じた。
「でも、この部屋だと暗くない?」
「そういうことなら心配するな」
「心配するよ。君の目が悪くなったら大変だもの」
「ほんと、母親みたいだなおまえ」
「君の母君に託されたし、なんたって君のマギだからね」
楽しそうに笑うマギを見ながら、シンドバッドは内心複雑でいた。これからどんどん弱っていくユナンを見ることになるのだ。けれど、きっと、それは必要なことで、見届けなくてはならない事だ。
神妙な面持ちでいるシンドバッド見て、ユナンは一言告げた。
「ねえ、シンドバッド。少しお話ししないかい」
いつものさり気ない誘い文句だ。だが、シンドバッドはすぐに頷きはしなかった。
「大丈夫なのか? 無理して悪化するなら却下だぞ」
少しでも、一秒でも長く傍にいたい。それはきっと、双方が思っている事だろう。だからこそ、無理をさせたくないという気持ちが募る。
ユナンとてそんなシンドバッドの意思を正確に理解していた。だからこそ、丁寧に言葉を選んでゆっくりと話す。
「あのね。辛いかもしれないけど、僕の意識が完全になくなってしまう前に、君に話しておきたいことがたくさんあるんだ。たくさんありすぎて、全部は無理だろうけど。でも、伝えておかなきゃいけないことが、まだあるから……」
伝えなければ死んでも死にきれない。それに、生きているのに語り合うことすらできないなら、それはもう死んでいるのと一緒だ。
「じゃぁ、しんどくならない範囲なら許す」
ぶすっとした顔で、面白くなさそうにするシンドバッドを見て、思わず苦笑する。
「僕が許される側なのはちょっと癪だなぁ」
「しんどそうにしたら、直ぐに寝かしつけるからな」
「わかったよ」
「とりあえず横になれ」
起こしていた上体を、ゆっくりと寝台へ戻す。決して柔らかい枕でもなかったが、長年使ってきたから居心地は悪くない。
「さて、どこから話そうか」
「決まってないのかよ」
「たくさんあるからね。……うん、やはり僕の体についてから話すべきかな」
「それは聞いた。その体、本当のお前の体じゃないんだろう?」
「うん、その通りだよ。この体は僕の本体から作られたクローン体のひとつ。今では禁忌とされたレームの魔法技術の延長線にあるものさ。君が帰ってくるまで生身の体では耐えられないと踏んだ僕たちマギは、僕の体を当時の技術でスリープさせて、意識だけをクローン体に移す技術を作ったんだ」
「確かシェヘラザードもそんな事してたな」
伝え聞いただけで実際見たわけではないが、魔法で延命しているマギとしてシェヘラザードは界隈では有名だった。
「彼女の場合は早くに僕が不老魔法を教えていたから、本体がゆっくり老いることはあれ『若いクローン体』を作り続ける事によって生き永らえていたんだ。けれど、それをするには僕の肉体は既に遅かった。だから技術を転用した上で再構築する必要があったんだ」
「よくわからんが、どういうことだ?」
様々なジンの力を借りて魔法は使っていたが、シンドバッドは魔法使いほど魔法に詳しくはない。かじった程度の知識しかないのだ。
「スリープされた本体は、この庵の……正確には神殿の奥で眠っている。装置で無理やり延命しているだけで、殆ど死にかけみたいなものさ。そしてこのクローン体としての体……これで何代目かな? 確か4代目くらいだけど、この体も普段はスリープしていて、数年に一度だけメンテナンスを行ったり、代替わりするために起動していたんだ」
あの頑丈な扉で封じられている先に、彼の本体があるのだろう。不老不死はあのアルバでさえ転生術を使って行使していたくらいだ。やはり生身のまま不老不死になることはマギでも難しいのだろう。
「なるほど、レームみたいに別人格が発生したり、ずっと動けるわけじゃないんだな」
「レームのクローン体も、当時の技術では数年しか生きられなかっただろう? この体も同じで、スリープさせておかないと半年も生きられない。とても脆弱なんだ。クローン体を人間と同じように作る技術はまだなかったし、レーム……もといティトス自身が禁忌に指定するほどだった。特別に僕には許してくれたんだけど、そのかわりこの技術は門外不出であらねばならないんだ」
「それは、お前が死んで、時間が経てば、その体は朽ちるということか?」
静かにユナンが頷く。つまり、このクローン体は人としての『遺体』を残さないように設計されている。
「再構築する上でこの体は命を繋ぐことだけに特化した。それ以外の不必要な要素は削れるだけ削ったんだ。だからクローンの僕はご飯を消化する機能も、排泄するような機能も、殆ど退化してしまっている。普段の起動もおおよそ三日が限度、後は栄養剤を点滴で注入……まあ要するに注射でしていたわけだ」
「いつの間に……」
「君が部屋に籠もってる隙とかに」
読むのに耽っていて全く気がつかなかった。朝寝ている時間や二度寝の時間も、そういう事に費やされていたのだろうか。
「でも、それでもその日の力は幾ばくか取り戻せても、死に至るまでの時間が延びるわけではないんだ。これはアラジンがくれた、彼の生命力そのもの。彼が生きられるはずだった七日間の魔力を、そのまま魔法で移譲したものだから」
「そんな変換、マギでも難しいんじゃないのか? 他人の魔力で生きるとか」
「そのあたりは……そうだね。僕はアルバと戦った時に負傷して、半堕転化の魔法をかけられてしまってね。その治療の過程でアラジンの魔力と僕の魔力が混ざったんだ。だから少し変換するだけで問題はなかったのさ」
アルバとユナンが戦ったという話は、アルバから少しだけ聞いた。その時は右から左で興味もなかったが、そんな顛末があったのだと改めて知る。
「そうか。アラジンにも感謝しないとだな」
「うん。本当にね。彼ってば、最期の最後まで僕が君に会えなかったことを自分の事のように悔やんでくれたんだ。たくさん励ましてもらったし、絶対に会えるからって、諦めないでって、何度も手を握ってくれた」
少し妬ける話でもあるが、アラジンはユナンの背中を後押しし続けてくれたのだ。この途方もない、会えるかもわからない計画を積極的に進め、待ち続ける孤独を知りつつも、ただもう一度『逢う』ためだけに、命すら譲ってくれた。
それはやはりマギ故なのだろうか。考えれば、彼も一度自らの『王の器』を亡くしていることを思い出す。その時の慟哭は、その場にいる誰しもを深い悲しみへ誘ったと言う。その優しい優しいマギは、きっとユナンを放っておけなかったのだ。
「いい友達になれたんだな」
「うん。もう少しで浮気しそうだったよ」
「おいコラ」
「冗談だよ。アラジンに『君の一番は僕じゃないから、ダメだよ』って、困った顔であっさり諭されちゃった」
「よし、あいつがマギで良かった」
「あはは。……だからね。まとめるとだね。明日、僕のこの体が止まったら……」
「ちょっと待て。やめてくれ、聞きたくない」
そこまで聞いて、思わず静止をかけた。一瞬、シンと沈黙がおりる。
聞かなければいけないことくらい分かっている。けれど、心が苦しい。ユナンは困ったように微笑むと、諭すようにゆっくり続けた。
「ダメだよ。聞いてくれないと、僕が困る」
「……」
「あの神殿への扉が開くだろうから、君には本物の僕に会いに行ってほしいんだ。そこにはしょぼくれた皺々の僕の本体が横たわっているだけで、そんな姿を見られるのは正直恥ずかしいけれど。……けど、会いに来てほしい。よく頑張ったねって、労ってよね」
茶化すように言われて、渋々とシンドバッドは頷いた。ユナンだって、笑って見せていても、本心では辛いはずだ。
「わかったよ」
少しだけ黙った後、それだけ呟いた。
確かに、遺体くらいには会わせて欲しい。ここまで身を粉にして頑張ってきた彼は、今や自分のマギであり、大切な存在だ。そこでふと思いついた。
「クローン体のお前の体が無理なら、お前の本体から遺髪くらいは貰っていっていいか?」
「遺髪? ……いいよ。そこで何をするかは君の自由だ。僕はただ、会いに来てほしかったんだ。それで、全てのシステムが破棄される」
「ん? ちょっと待て。まだ俺はあの部屋のものを全て読み終えられてないぞ!? それにシステムの破壊だって!?」
「さっき言ったでしょ、この魔法は門外不出だって。僕が死ねば奥の神殿は崩れ去るはず。……大丈夫だよ、この生活圏がいきなり壊れるとかはたぶんないから」
「たぶん!?」
「少なくともジュダルの作った黒い部屋は、何があっても壊れないよ」
「そうか、ならひとまずは安心だが」
お前の遺体はどうなるんだ。と言いかけて口を噤んだ。ユナンの本体そのものが禁忌なのだ。
「うん。これだけはね、伝えておかないとって……」
ユナンの瞬きが少しずつ長くなってきている事に気づく。
「あ、お前。疲れてきてるだろ……」
「…………む」
「喋りすぎだ。ほら、少し水でも飲んで、もう寝てろ」
「むー、なんでわかるのかなぁ」
「それはな、俺がお前の王の器で、お前の事を愛しているからだ」
「そういうことサラッと言うの、ずるい……」
「お互い様だろ。ほら、眠れるまで手ぇ握っててやるから」
温かい手が優しく繋がる。目を瞑るとすぐにでも睡魔に襲われそうになったが、同時に頭を撫でる大きな手のひらを感じて、ユナンは咄嗟に睡魔に対抗した。夢にまで見たシンドバッドの手だ。もっと、もっと感じていたい。
しかし、体と脳は急激に意識を沈めていった。遠くでシンドバッドの優しい声音が聞こえる気がする。本当にずるい。その言葉を最後まで、一字一句残さず聞いていたかったのに。否応なしにどんどん意識は沈んでいく。
けれど、幸せだった。最期にやっと手に入れた幸福。束の間の泡沫だとしても、それはユナンにとって幸せな眠りだった。
→5.残響、君の在ぬありあけ
メリーバッドエンド的な話になるのは一作目から目に見えておりましたが
いよいよラストスパートといった感じになってきました。
本誌で二人の出会いは描かれても、その後に不仲になった理由や詳細が全く描かれず
シンドバッドのマギになったと宣言したユナンの活躍も、結局あそこだけ
ユナンが何を考え、そしてラストで笑顔を浮かべていたのは、どういった心境だったのか
私には理解できず、とうとうここまで二次創作する羽目になりました。
この時点で5万字近いんですよ。
流石に一人で推敲するにも限度があるので、多少誤字や接続詞のミスもあるかと思います。
こっそり教えていただくか、そっと脳内変換で正してスルーしていただけると幸いですw
ちなみに「つごもり」は古語で月末やみそかを指す言葉で、「最期の」という意味を含ませております。
「ひとひ」は古語で一日という意味。
つまり、最期の一日という……実は安直なタイトルだったのでしたw
ここだけの話ですよ……タイトル考えるの、ほんと苦手なんです。
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