登場人物:シンドバッド、ユナン、他過去話でたくさん
CP傾向:シンユナ
マギ本編その後の100%妄想、二作目です。一作目はこちら
本編で生きていた彼らを思い返す感じの話で、ここでも捏造がひどいです。
最初と最後を読んだら、無理なく三話まで飛ばして貰っても大丈夫なので各自ご注意ください。
2:あわい優ばむその残滓 翌朝、シンドバッドはユナンよりも早く目が覚めた。まだ陽も登っていない。それも当然だ。昨日床に着いたのは陽が落ちてそんなに時間が経っていなかった。つまりは早寝だったのだ。時計がないので感覚でしかないが、昨日までの疲労は完全に回復している。
シンドバッドはまだ眠っているユナンを起こさないよう、そっと音を立てずに部屋の外に出ると、昨日に目星をつけていた道具を手に森へと繰り出した。外に出て食材を探すのだ。この手の作業はサバイバル経験の長いシンドバッドにはお手の物だった。
ユナンの言っていた通り、あの家には食べ物こそなかったが、生活道具はそれなりに残されていた。長期に渡り置いてあるのにあまり劣化していないのは、あの神殿自体に施された術なのだろうか。包丁や果物ナイフといった刃物を含め、工具を基本に食器や鍋といった生活雑貨、布類、紐や農耕道具といったものまで用意されていた。シンドバッドはそこから手頃なものをいくつか持ち出してきたというわけだ。
朝霧のかかる薄暗い森は神秘的なほど静かで、ユナンの家から湧き出ている水が流れる音と小鳥がさえずる音だけが聞こえる。この流れ出る小川を辿れば森で迷うこともないだろう。
彼は食べられそうな木の実や草類、キノコを採取しながら、部屋にあった家具や食器を思い出して麻袋に放り込んでいく。
ついでに飛び出してきた兎を捕まえて、適度に血抜きをしながらその場で捌いた。肉類は重要だ。蛇や蛙も食用としての視野に入れていたが、偶然兎が獲れたのは僥倖だった。
日の出と共に戻ると、埃を被っている鍋を取り出して水で丁寧に洗い。採ってきた食材を水で洗ってから適当にナイフで切り分けて入れ、さらに置いてあった岩塩を削り入れて適当に煮込む。これで二日は食い繋げるだろう。
いい匂いが鼻をくすぐる頃、出来上がりを見計らってユナンを起こしに行く。
「おーい、ユナン! 朝だぞ~! 起きろよ~!」
少しばかり寝顔を見ていたい気分に駆られたが、スープは冷めないうちに食べたほうが美味しいだろう。心を鬼にして声をかける。
「ん……おはよう……シンドバッド」
ユナンはまだ眠そうだが、目を開けてゆっくりと身を起こす。それを傍目で見ながらシンドバッドは窓を開けに向かった。
この部屋、昨日は気が付かなかったが木製の窓がある。これまでは完全に閉じられていたようだが、カギを上げて軋む窓を押すと問題なく外側へと開いた。
輝く朝日と、少しひんやりとした清々しい風が舞い込んで来る。
「もう朝?」
「もう朝だ。起きられるか?」
「大丈夫。……ん、いい匂いがするね」
「朝ごはん、もうできてるからな」
「作ったの?」
「おう、朝イチで食材とってきてな」
「君ってほんと、適応力高いよね」
「七海の覇王の名は伊達じゃないってことだ」
「関係ない気もするけど」
「さて、立てるか? 何なら運んでやるが」
寝台に腰掛けていたユナンに声をかける。
「ううん、平気だよ。ちょっと肌寒いけど」
彼は首を横に振ると、壁に手をつきながら、ゆっくり立ち上がる。それを見守り終えると、シンドバッドは先に部屋を出た。
「寒いなら毛布を羽織って来い。余分な服はなさそうだったからな」
「そうさせてもらうよ」
朝はあまり強くないのか、のそのそと毛布にくるまれてゆっくりと部屋を出てくるユナンを確認しながら、洗ったばかりの木製の器にスープをよそう。
「スープを作ったんだが、食べられるか?」
「固形物は無理だと思うけど、汁だけなら大丈夫だと思う」
「お前の体はどうなってるんだ……」
昨日会った時も随分と筋力が弱っていた。クローン体であることも聞いた。おそらく日常的な動作をしていないのは理解できたが、その技術が不明すぎてわからない。何となく研究で十日ほど部屋に閉じこもっていた間に筋力が弱って、坂道を歩くだけで翌日筋肉痛になっていたヤムライハを思い出す。大怪我をして寝込み、治癒した後もリハビリするまで歩くことさえ困難だった兵士もその類なのだろうか。
不思議そうにしているシンドバッドの心を読み取ったかのようにユナンが口を開く。
「ああ、この体は長いことスリープ状態で保存されていてね。数年に一度メンテナンスのために起きてはいたんだけど、栄養摂取は口径でしていなくて……あー、えーと、つまり食事で栄養を摂っていなかったんだ」
「つまり、どういうことだ? 食べなくても生きていけるということか?」
「んー。別のところから栄養を体に入れ続けて存命させる……って感じかな。とにかく、いきなりは重い食事はできないんだよ。ああ、絶食していた病人が近いかな。まぁ、食べたものを胃や腸で栄養にかえて摂取する力が極端に弱いんだ」
「じゃあやめとくか?」
「ううん、貰うよ。だって君の作ってくれたご飯だもの」
これだけ嬉しそうにそう言われると、正直照れる。何の面白みのないただスープだ。
「お、おう」
古びた椅子に座るユナンの前に、汁しか入ってない器を出す。ついでに洗ったばかりの木のスプーンも添える。自分の分はユナンの食材までも注ぎ込む勢いでがばりと盛った。空腹なのでこれくらい余裕な気がする。非常食も一応は持っていたが、それも尽きかけていた頃合いだったのだ。それに、やはり温かい食べ物は心が安らぐ。
「君はよく食べるね。まだ育ち盛りなの?」
「相変わらず嫌味だな。ユナンが少食なだけだろ。……ま、いいか。じゃ、いただきます!」
「はーい、いただきます」
これまでは些細な言葉の応酬でもすぐ喧嘩していたものだが、今となってはこの程度の応酬であれば不思議と気にもならなかった。寧ろこれくらいの嫌味が自然な気さえしてくる。
腹が減っていたシンドバッドは勢いよくスープを腹に流し込む。反面、ユナンは静かにスープを啜っていた。
「不味くないか? 味付けは置いてあった塩とそこらに自生してたハーブだけだからな。正直、男料理だ」
「ん、肉の出汁が出ていて美味しいよ。……これは兎かな?」
「ご明答」
「これだったら吐かないと思う。たぶん」
「って、吐く可能性があるのに食べてるのかよ!」
それには思わず突っ込む。この食料の確保すらままならない中で、次は何を作るべきがシンドバッドは猛烈に悩む。
「言ったでしょ。君が作ってくれたご飯だから食べたいんだ。思い返してみると二回目だね。君のご飯食べるの」
「二回目……?」
「そう。一回目はね、君と初めて逢った日だよ」
「ああ、そうか。そんな事もあったな」
「あの時は今よりもっと味が薄かったかなー」
「あー、そりゃ極貧生活極まりなかったからな、塩もケチってた」
思い返すと、本当に不可思議な出会いをした。見た瞬間から『王の器だ』という予感がしたのを覚えている。同時にその強い輝きに畏怖を抱いた事も。
「あの時ね、余命幾ばくかの君の母君に言われたんだ」
「は? 母さんが?」
「君を導いてやってくださいって」
「……」
丁度自分は外に出ていた時の話だろう。まさか母がユナンにそんな事を頼んでいるとは知らなかった。
だから彼はずっと自分を見守っていたのだろうか。いや、それも違う気がする。
「母の力ってすごいなって思ったよ。言葉には力があるんだ。特に強い意志の籠もった言葉には。だから何度もその言葉に惹かれそうになった。いや、実際に君のマギになっていたら、違う未来もあったのかもね」
結局、その誘惑もユナンは抑制しきった。彼を見守ることはあれど、導くことはほとんどしなかったのだ。
「でも、今こうやって俺たちは、同じ机を囲んで同じものを食べてる。俺がここに来れたのも、お前の導きがあったからだ。お前は何も間違っちゃいないよ」
その言葉にはたと気づいたユナンはスープを掬う手を止める。
確かにそうだ。結局のところ、最期の最後で彼を導く道を選んだのだ。
「そうか……。そうかもね。ほんと、母親ってすごいね」
「そうだな」
当然、彼女はこんな未来まで見越していなかっただろう。近くに居た不思議な力を感じ、誰にでも優しげに見える旅人に息子の存命を願ったに過ぎない。けれど、母の愛はここまで届いた。
彼が神になり、道を間違え、世界のために遠くへ消え去っても、『必ず戻る』と信じて生きてきたマギは、ようやく導きの手となったのだ。
「さて、食べ終えたら早速、案内しようか」
「案内?」
「と言っても、そこに見えてる黒い部屋だけどね。僕の使命の半分は、これを君に託すことにあるから」
彼はちらりと隣にそびえる黒い部屋に目をやる。同じく見やるも、やはり異様すぎて言葉が出てこなかった。いきなり存在する暗黒物体、そんな感じだ。
「ほんと、異様な空気を放ってるな、この箱みたいなやつ」
「中身はまともだけど、あのジュダルが本気で作ったものだからね。外は推して知るべしさ」
要するに、この黒色はかっこいいから黒なんだろう。
食べ終えた食器を片付けると、二人は早速、黒い部屋の前へと立った。本当に漆黒でできた箱は如何にも彼の趣味という風である。黒くあるのに光を弾く事はなく、二人の影すら映らない。
「さ、扉に手をかざしてみて」
「お、おう」
扉がどこかわからないままなのだが、恐る恐るゆっくりと手を上げる。すると、何を検知したのか重そうな黒い扉は音もなく消え去るように開いた。あまりのあっけなさに度肝を抜かれる。
「え、簡単すぎないか!?」
「一見簡単に見えるけど、一応この扉はマギと君にしか反応しないように作られているはずだよ」
「へー……」
「もしかしたら君の血筋でも反応するかもね? 確証はないけど。さぁ、入った入った」
暗い部屋の中に入ると、これまたどうやって感知したのか自動的に照明が点く。明るすぎず暗すぎず、黒い部屋を照らす光は、これまたジュダルの好みそうな照明だった。どうやら彼の趣味は生涯変わらなかったようだ。
しかし驚くべきはその内装だった。外からではわからなかったが、そこそこ広い。
物が置いてある棚に、細かく中の内容物が記されているチェスト。ぎっしり詰まっている本棚。それらをぐるりと囲んで、中心にはソファーと大きく広い机が備えられている。
何一つ劣化しているものはなく、埃もない。まるで昨日までに誰かが新築したかのような新しさだった。
「すごいな……」
「でしょ? ほんと、彼は君のこと好きだったんだなって」
「冗談だと言いたいが、これを見るとまあ、感謝くらいは言いたくなるな」
「昨日も言ったけど、この部屋は特別製だ。ここにあるものは劣化しないし、腐敗もしない。さっきのスープも後でここに運んでおくといいよ」
「なるほど」
ユナン曰く、この部屋には『物を腐敗・劣化・風化などをさせない』魔法がかけられているらしい。だからこそ、こんなにも長い期間、書物や本が劣化せずに保存されているのだ。
「バカ殿バカ殿って罵られて、最後まで君とは相容れなかったかもしれないけど、彼は白龍を王に戴いてからは変わったよ。白龍は最期まで王座には戻らなかったけど『王の器』って、必ず相手が王になるわけじゃないからね。彼も最後はそれをちゃんと理解して、でもずっと彼の傍にいたよ」
「そうなのか?」
あのジュダルが……と思うと少し意外にも思う。最後まで何一つ相容れなかったし、白龍を王の器と決めたと聞いた時も、どうせ昔のように一時の気まぐれだと思っていた。彼は用がなくなれば『王の器』でも簡単に切り捨てる。だから王の器の候補は沢山作っておく。必要なくなれば切り捨てるし駒として扱う。セレンディーネもそんな一人だった。そんなマギの姿に腹がたったし、心底嫌いだった。
だが、そんな彼も最期は一人の王に尽くしたのだと云う。そこでふと、彼らの人生が気になった。
「なあユナン。できるなら、知る限りでいいから皆の最期を聞きたいな」
ここにあるのは彼らの残した遺品であり、自分に伝えたかった遺志だ。生きている彼らが残したものの中に、彼らの最期はあまり書いていないだろう。
「そうだね。じゃぁ、君に託された遺品を一つ一つ見ながら、覚えているだけの事は話してあげるよ。そもそもそれが、僕の役目だからね」
確かに、ユナンがいなければこんなところ見つけられなかっただろう。如何に冒険王といっても、あの隠しっぷりには気がつけない気がした。
「うーん、でもこの部屋を作ったジュダルがいつ亡くなったのか、僕は知らないんだよね」
「マギ同士でもわからないものなのか?」
ユナンは少し考え込むと、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「僕たちマギが戴いた『王の器』としては、白龍が一番最初に亡くなったんだ。まだそんなに歳はいってなかったはずだけど、彼は無理をしがちなところがあるからね。弱ったところを病にやられたんだと思う。彼の葬儀が終わった後、ジュダルはもういなかった。それ以降、誰も彼の消息を掴めなかったんだよ」
後を追ったのか、はたまた自由な旅に出たのか、アラジンが心配して少しだけ探したが、痕跡すら掴めなかった。もともと彼は空間転移を得意としたマギだ。同じマギでも限界だった。
「白龍は晩年に、君に対して一通の手紙を遺している。まぁ、君に何かを遺したいと思った人物の先駆けだろうね。それを確実に届けるために、ジュダルはこの部屋を造ったんだ。主の思いを、必ず君へ届けるために」
ユナンがチェストの上に誘導する。そこには書類用の整理棚が置かれており、一人一人見知った名前が書いてあった。おそらく、手紙や薄い小物などはこちらに振り分けられているのだろう。
「手紙か……。わかった、一人の時に読むよ」
「それがいい。僕は中身については全く見ていないから。あ、そうそうジャーファルくんが持ち込んだものはこっちだよ。彼のものが一番多いから、棚も特別製だね」
ユナンは奥へ移動すると、次は大きな本棚の前で立ち止まる。そこにはぎっしり詰まった分厚い本や冊子が詰まっていた。
「げ……この量……。アイツめちゃくちゃ怒ってただろ」
見るだけでなんとなくそれがわかる。ユナンも思い出したのか苦い笑いを浮かべている。
「うん、来るたびにもう大噴火って感じだったね」
「何度も来たのか!?」
「あの後、ジャーファルくんはシンドリア商会のトップを担わざるを得なくなり、シンドリア商会の年次決算の報告を含んだ議案書を生きている間に全て持ってきたよ。40冊くらいはあるかな? あとは個人的な手記が五冊くらいはあったかなぁ。社長を引退してからずっと書いてたみたい」
「げええぇぇ……」
「シンドバッド、僕は読む義務があると思うよ」
目眩を覚え、頭を抱えるシンドバッドにピシャリとユナンが言い放つ。
「わかってる! わかってるさ、それくらい!」
笑顔でユナンにそう言われると怯んでしまうが、これが本人でなくて良かった。生きていたらそれはもうこっぴどく怒られただろう。グーパンどころでは済まされなかったに違いない。その威力がこの棚の中にはある……そんな気がする。
「他にも色々、ヒナホホは家族写真や晩年の手紙。ドラコーンも晩年の手紙だけど、新設されたシンドリア王国から見える風景の絵葉書がたくさん添えてあるね」
他にも色々な棚をユナンは紹介していく。大体はお手製なのだろう。懐かしい文字がちらほら見えて、少し胸が熱くなった。
「あいつにも随分迷惑かけたからな、王国を押し付けて」
「ほんと、あの時の君、さいてーだったよね。確かにドラコーンは元王族だったわけだから、国を背負って立つ存在としてはおかしくはないけど……。本人が承諾したとはいえ、国王がいきなり退位して商会の長に戻るとか、なくない? しかもその後に神として失踪」
「ぅぐっ。まぁ、真実だな、俺も知ってる。一応謝るべき事がたくさんあって、許してもらえない事もあるだろうな、くらいには考えて帰ってきたんだぞ」
「じゃあ傷は抉らないであげるよ」
シンドリアと商会の腹心たちについては土下座しても許されないだろう。全てを捨てて、神を目指した。あの時は本気だった。だがそれは同時に彼らを裏切った事になる。
まさかその後、こんなに時間が経つまで帰ることが出来ないとはまさか思わなかったのだが、生きて再会できていたら、まず謝っただろう。許されないとしてもだ。
ユナンはそんなシンドバッドの心境を察すると、軽やかに次の棚へと案内する。そう、全ては過去なのだ。
「ピスティとヤムライハは十年ごとに映像レターを持ってきたよ。ピスティの能力はあの国随一だったけど、長女ではないことを理由に王位継承権を放棄してササン王国に嫁いでしまってね。まぁ、恋愛結婚だから親も渋々許してしまって、これまた奇妙な同盟関係が結ばれてしまったわけだ。年老いてなお美しい王妃として長いこと健在だったから、レターは5つくらいあるね」
ユナンは映像再生機を取り出して来ると、操作の説明をしてくれた。ヤムライハが発明した一つの魔具であるようだ。実際、再生してみると、まるで生きたままのピスティとヤムライハが動いて喋りだした。最後に見た時よりもちろん成長している。
「そういやあいつら結ばれたのか?」
「シャルルカンとヤムライハのこと?」
「気づいてないの本人たちくらいだっただろ、あれ」
「周りのお膳立てもあってなんとかね。でもヤムライハは彼と結婚しても、最期まで国を離れなかった。定期的にエリオハプトまで会いには行ってたみたいだけど、そういや最期は聞いてないなぁ。ただ、三回目のレター映像にはヤムライハがいないんだ。ピスティが亡くなったって言ってたと思うよ」
「なんでお前が知ってるんだ?」
「だってここで撮っていくんだもの」
「な、なるほど……」
ユナンはここのものは管理してきたにせよ、中身に関しては読んでいないと言っていた。他人のプライバシーや遺志を覗くほど無遠慮ではないのだろうが、押しかけられたなら致し方ない。
「シャルルカンはエリオハプトの歴史本と簡単な手紙。あと君から貰った剣が返してあるよ。このご時世に剣がいるかは、出てみるまでわからないけどね。彼なりの忠義だろう」
立てかけてある剣は、間違いなく彼に譲渡したものだ。彼も王族の血筋であったため、明確には主従ではないのだが、シンドリア王国にいる間は間違いなく八人将と王の間柄だった。
「スパルトスはピスティより先立ったかな。お礼の品が確か届いてたね。ササン王国の王が亡くなった事は大々的にニュースになったから、僕も覚えているよ。ピスティからのレターにも彼が先立った件に関して言及があったはずだし」
「その頃までは、ここにもわりと出入りがあったんだな」
「アラジンも協力してくれてたしね。生活雑貨の名残があるのはそのためだよ」
そう思うと、ここも全く知らない家とは感じない気がする。不思議な構造をしている家だが、ここに色んな者が来ていたと思うと心が和やかになった。
「白瑛からは、その後の近況とただ感謝が書き連ねられている長々しい書簡が届いているはずだし、紅玉からは謝礼の書簡と立派な装身具。あと押し花が散りばめられたメッセージカードがあったかな。……彼女は名君でも賢君でもなかったけれど、周囲からのサポートが強力で、最期まで王で在り続けたよ。何より、民を思う気持ちが強かったし、民も彼女だからこそ助けたいと思ったのだろうね」
煌帝国ゾーンに入ると、急に綺羅びやかな装身具が目に入る。白龍のものと別にされているのはそのためだろう。身につけて欲しいというよりは売って生活の足しにして貰いたいと思ったのだろう。所謂、金銀財宝、宝石や金といったものが主に詰められていた。
「マスルールは何もないよ。言葉の少ない彼だったから。でも伝統的にここの様子を代々見に来るように子孫に言付けているらしくてね。あの祠も目印になるようにあるわけさ。置いてある生活物資は大体彼の子孫のおかげでね。風化して使えなくなる前に新しいものに替えておいてくれてたんだ。だからここを出たら、最初に彼に子孫に会いに行ってあげてよ。ファナリスは暗黒大陸にいる時のみ、人より寿命が伸びるから、彼の子くらいだったらまだ存命してるかも」
「まじか」
「暗黒大陸はあの戦いで大峡谷をなくして、あの後開かれたんだけど、めちゃくちゃ広いからねぇ、あそこ。僕もある程度は独自に開拓してたし、世界が割けた後もしてたんだけど広すぎて全ては無理だったし、今の技術力でどれだけ開拓が進んでるのかはちょっとわからないな。けど、あの磁場が変わることはおそらくないから……」
「磁場?」
「あ、そっか。君、来たことなかったんだっけ、僕の家。あそこですら特異だったけど、暗黒大陸はもっと特異なんだよ。拓けた後も空間が変に繋がってたりして迷宮みたいなものさ」
「へえ、じゃあまだ未開かもしれないところもあるということか」
「残念ながら、ここに最新ニュースは百年くらい入ってないからわからないけどね」
「ちぇー」
生きるためだけに費やしてきたのだ、外界が本当にどうなっているかわからないのは致し方ないだろう。
「他は誰がいたかな……。紅炎からは嫌味みたいな手紙が届いてたかも。裏にバーカバーカ!って書いてあるのは見た」
「止めろよ」
「まぁ、僕もわりかし同じ気持ちだったから……」
「俺のマギなのにか」
「それとこれとは話が別でしょ」
たぶん煌帝国のゾーンの奥底に眠っているのだろう。正直開けたくはないが、わざわざあの紅炎が何をしたためたのかは純粋に気になった。
「アリババやアラジンはどうなったんだ?」
「アリババくんは……まぁ世に出たら間違いなく偉人として名前を残しているだろうから語るまでもないかもしれないけど。彼は世界の再興後も煌帝国で商売を続けて、国を発展させて軌道に乗せた後、ふとバルバッドに戻って別の商会を立ち上げたよ」
いつだって思いついたら即行動のアリババは、歳を重ねてもさほど変わらなかった。失敗もするが、それ以上に成功を掴む。カリスマに溢れた英気は、最後に会った時も健在だった。
「ふーん、よく煌帝国が許したな」
「そこはアリババくんへの信頼もあるし、商売する上で違う路線だったんだろうね。云わば商売敵じゃなくて、商売仲間になったんだよ。実際、この様々な島が宙を浮く世界になってから、世界規模であまり海産物がとれなくなっていてね。海に面する島が一気に減ったから、海に面した港を持ち、かつ漁業が盛んだったバルバッドは強かったのさ」
そこに目をつけたのがアリババだったらしい。彼はひらめきや着眼点に置いては人より秀でている。一人では何もできないが、皆がいたら何でもできる。それが彼の持論だった。
「なるほど、普通に獲れていたものが獲れなくなった。となれば、そりゃあ高騰するだろうしな」
「そう、アリババくんは漁業の方法もいくつも開発して、船や港なんかの施設も向上させて、魚を新鮮なまま運べるような方法を開発したり、加工品もたくさん生み出したりして、バルバッドを世界一の漁業都市にしてね。あの国も随分豊かになった。彼をまた王様に……なんて望む声もあったけど、ケロっと無視して隠居して小さい子に勉強を教えたりしてたね。あ、でも開発王は自ら名乗ってたなー。で、皺くちゃになって暫くした頃、アラジンやモルジアナに囲まれて亡くなったそうだよ。聞く限りでは幸せそうだった。モルジアナは彼が亡くなってから、子と一緒に故郷へ旅立ったそうで消息は掴めなかったな」
「あいつ、子供がつくれる甲斐性があったのか!」
「その甲斐性がなかった君に言われたくないよねー、そんなこと」
明後日の方向を見ながら呟かれて、思わずシンドバッドが突っ込む。
「だからなんで、ところどころ俺に当たりがキツいんだお前は!」
「身に覚え、ありすぎでしょ? 女泣かせの噂、よく聞いたな」
「うぐぐ……。まぁ、それにしてもお前は最期に立ち会ったわけじゃないんだな」
「そうだね、その頃にはもう、君を待つためのプロジェクトが始まっていたから。アラジンも借りっぱなしだったし、僕はほとんどここから離れられなかったんだよ」
なるほど、おそらくアラジンから伝え聞いたのだろう。
「やっぱり彼も王にはならなかったのか」
彼とてマギに選ばれた『王の器』だ。何処かの国の王になっていてもおかしくはない。けれど、最期まで彼は皆と歩む道を選んだらしい。あの輝きを思い出すと懐かしい気分になった。あれが羨ましくもあり、少し妬ましくもあった。
昔には自分にもあった輝きは、王になった途端に消えてしまった。否、消えてしまったように感じた。国を動かすには慈愛や気合、知識だけでは足りず、何度も手を汚した気がしたからだ。それでも己が道を進むと決めた。だから己が道を進んで尚、輝きを失わないアリババに、アラジンというマギの『王の器』である彼に、嫉妬したのだろう。
けれど、結局彼は一度も王にならなかった。
「もう王様が必要な時代ではなくなっていたし、バルバッドは煌帝国により独立を認められていたからね。最初はガタガタだったみたいだけど、アリババくんの入れ知恵という横やりがあったし。あとは経済が安定し始めてからは生活水準もぐんと上がって、煌帝国の支配下にあった時より活気のあるとても豊かな都市になった。そこで僕もわかったよ。マギは王の器に惹かれる者じゃなくて、そうやって世界を前進させる者に惹かれるんだって。マギ自体がきっと『王』という言葉に拘りすぎていたんだなって」
経済でまわる世界。舵を取り間違えば貧富の差が生まれ、軋みが生じ、また争いになる可能性もある。だが、それは武器で生きる糧を奪い合うような原始的な文化ではない。人が人として、虐げられることなく生きていける世界の第一歩だ。
「じゃぁ、やっぱり俺だったんだな。お前のマギは」
色々大きく間違ったが、間違いなく先駆けとなったのはシンドバッドだろう。やり方がやや強引ではあったが、あの時、世界から『戦争』はなくなっていた。
「悔しいけど、そういうことだね。認めてあげるよ。あの最後以外はね」
ユナンはきっぱり言い放つと、ついと顔を背けてしまった。
「いちいちトゲがあるんだよなー……」
「世界を前進させるにも、強欲すぎると自滅するんだなって思って」
確かにユナンには苦しい思いも悲しい思いもさせただろう。多少は根に持たれてもしょうがない。何せ全て事実なのだ。シンドバッドは苦々しく笑うと、思い切って話題を逸らす。
「い、言い返せない……。で、その後はアラジンがこっち側について、色々やってたってことか」
「他のマギ達にも力を借りながら、この庵を作り上げたというわけさ。延命魔法はシェヘラザードの十八番だったからね。最初に彼女に知識を授けたのは僕だけれど、それを改良したのは彼女だった。だから、その知識を受け継いでるティトスにも色々と知恵を借りたよ」
「レーム帝国のマギか」
「うん、彼にもそこそこ手伝って貰ったけど、彼はマギの中では二番目に亡くなってね。自分には一切、延命魔法は使わなかったらしい。愛する者と共に歳を重ねたいからって。信頼できる者たちを見送って、妹のように可愛がってきた女性と、その子供たちに囲まれながら逝ったって聞いたけど、その後のレームは地位争いで少し荒れたらしくてね。今はどうなっているかはちょっとわからないな……」
国を支えていた象徴が消えたのだ。元々、貴族や有力者が権力を握りがちな土地柄だったため、象徴とは言え最大の権力者が倒れると荒れるのは想定内だろう。そのうちレームについても情報を集めようと、少しだけ心に留めた。そこでふと疑問が浮かぶ。
「そっか……。ん? って待てよ。アルバやウーゴはどうなったんだ?元の世界に帰ったとか聞いた気がしたが、経緯が全くわからんぞ」
聖宮に共に乗り込み、蹴落とし、また蹴落とされ、半分壊れてしまっていた『神』はどうなったのだろう。また、アルバも力を削ぎ落とされたままこの世界にいたはずだ。
神話というものは意外と人間臭い。盗ったの盗られただの、殺した殺されただの、愛しただの不倫しただの、箱を開ければ大体そんなものだ。
あの時も自分もそうだった。力で無理やり神の力を奪い取った自分に言えたことではないが、神に挑むに人道を説いていては始まらない。そう判断したのだが、事が終わればウーゴに謝らなければならないのは明白であり、それもシンドバッドは案件の一つとして持ち帰ったつもりでいた。
謝らなければならない相手は無数にいるが、人生に置いて己が自ら唯一『略奪』を行った相手でもある。神化への欲が消えた後、人としての後悔しかなかった。あれだけシンドリア軍に禁じていた略奪という行為を、王自らが実行したのだ。神になって世界を導くためという理由など、何の言い訳にもならない。
ユナンはシンドバッドが歯がゆそうな面持ちでいることを正確に読み取ると、一呼吸置いてゆっくり語りだした。
「ウーゴはあの戦いの最後、向こう側の世界に帰ったよ。けどアルバは戻れなくてね。暫くはこの世界に居た。でも研究が進んで、向こう側の世界……異世界が見つかったんだ。というか向こうからも手を伸ばしてくれていた。ウーゴが主だって研究していてね。でも残念なことに生身の人間の渡航方法はまだ確立できていなかった。でもアルバは精神体でも移動できるから、見つかりさえすれば帰ることができるらしくてね。ウーゴがこっちに来て、ルフが完全に消えて魔力切れで帰れなくなる前に、アルバも元の世界へ帰るっていって、二人で帰ったよ」
帰る前に一度だけウーゴが挨拶に来た。あの時のことをふと思い出す。少し小雨が降っていて、物悲しい感じのする朝だった。ウーゴにアルバが付き添って、二人が庵にやってきたのだ。
「長い間、辛い思いをさせてすまなかったね、ユナン。君を転生型のマギにしたのは、僕の弱さのせいさ。僕が『進んでいく時間に置いていかれる寂しさ』に勝てなかったんだ」
ウーゴが頭を下げ、初めて謝罪の言葉をもらった時、うっかり泣いてしまったけれど、その言葉でユナンは全てを許すことにしたのだ。
実は、もし次に会う時があれば思いっきり殴ってやろうとさえ思っていたのだが、その言葉に握った拳を解いてしまった。その寂しさ、その孤独を知っていたからだ。それらを埋めるために作り出された存在だと告げられて怒りが沸かないわけではない。けれど、その怒りをぶつけて、一体に何になるのだろうか。既に反省している者へ制裁を加えるには、ユナンは優しすぎた。
そんなユナンにアルバはきっぱりした態度で相対する。力を奪われ幼女になった時より少しだけ成長していたが、それでも幼い少女姿には変わらない。傲慢な態度もだ。
「私は全然平気だったけどね。暇すぎて退屈だった時なら山程あるわ。あと私はあなたに刃を向けたこと、謝らないから」
「ご、ごめんねユナン。アルバも最後なんだから仲良くしようよ~」
ウーゴがオロオロしながらユナンとアルバの間を取り持つ。そんなウーゴを見て、アルバは一つ溜息をつくと、渋々といった風に話しだした。
「じゃあ、これだけ言っておいてあげる。あいつ……シンドバッドはたぶん帰ってくるわ。ただ、時差は必ず起こっていると見て間違いない。それが何十年後、何百年後になるかは知ったことではないけれどね」
嘘か真かわからず、ウーゴに視線をやると、同意するように頷いた。
「そういう事なんだ。もうとっくに君の転生の連鎖は解けている。だから、もし彼に会いたいなら……どうか、負けないで。孤独はつらいけれど、いつか終わりは来る。その時に少しでも君が報われている事を僕は願うよ」
そう、申し訳なさそうに項垂れるウーゴを見て、そしてその隣に付き添うアルバを見て、気の遠くなるような人生を思い返して、そして合点がいった。自分だってあれだけ苦しかったのだ。彼と彼女の長い生も、生半可な孤独ではなかっただろう。
「まぁ、そんな感じで、彼らには最後に会ったんだ」
「は? 二人で!? あいつら、あんな仲違いしてたのにか!?」
「それがあのアルバが折れてね。ウーゴがこちらとのやり取りをしてる時から
さり気なくアタックしてたんだけど……あまりにも奥手だったからかアルバの方が痺れを切らして、襟首掴んで連れてここに来て、その後に向こう側の世界へ帰ることにしたみたい。要するにプロポーズ成功ってことなのかなぁ……」
「まじか」
「僕もびっくりしたよ。アルバとは戦った事もあるしね。でももうこの世界に彼女の求めるものは何一つ残っていない。神はいないし、残ったアラジンに復讐する気も失せたみたいで……。なんていうか、あれ。姉さん女房的だった」
「へ、へえ……世界は変わるもんだなー」
「そう、世界は常に変わりゆくんだ。君が見る世界は、きっと新たな冒険と言っても間違いじゃないだろうね」
「だろうな」
「でもその前に、ここで少し勉強しながら羽を休めて行くと良いよ。世界は逃げないからね」
「ああ、わかった」
「さて、じゃあ僕は色々と用事をしてくるから、何かあったら声をかけて」
「おう」
ユナンは一通り説明を終えると、シンドバッドを残して部屋から去っていった。ユナンにはユナンのするべきことがあるのだろう。
改めて部屋を見回すと、天井付近までぎっしりと物で詰められているのがわかる。これが皆が残してくれたのだと思うと、感慨深い気持ちになった。
「さぁて、どこから手をつけるかなー……」
読み尽くすのに一体何日かかるのだろうか。それを考えると思わず苦笑してしまう。だが、こんなところで止まってはいられない。今も世界は動き続けているのだ。シンドバッドは手頃なチェストを一つ開けると、そこから切り崩す事にして、ゆっくりとソファーに腰を下ろすのだった。
→ 3:たまゆらの幸ひなり
「ユナンが守ってきたもの」としてここの描写を逃れることはできず、ある意味いちばん手間取ったあたりでもあります。
なんせ本編に出てきた彼らのその後を勝手に捏造するわけですからね……!
生きている人間は必ずいつか死ぬと分かっていても「このキャラ好きな人に怒られるんじゃ」みたいなところはありました。
でも自分の話なので、自分の好みに、かつそれらしく、頑張ったつもりです。
ちなみに『あわい』は古語で『あはひ』とも言い、意味は仲や間柄という意味で使っています。
『優ばむ』は情趣ありげに見える。優しそうに見える。
『残滓』は残りかすといった意味。
つまり、「皆が遺してくれた優しい気持ちでできた贈り物」というような感じですね。
タイトルつけるの下手くそマンは今日も必死です(笑)
なお、触れてないキャラの部分は、きっと別の所で話してたりするんだと思います。
一応頑張ってできる限りは出したんですが、限界もありまして……てへぺろ。
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