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柔らかな宵の夢想(ムルソー×ホンル)

今夜、お部屋に行ってもいいですか?

ムルホンの馴れ初め編その3。これの続き。
新しいお部屋設定を見て書いた、ムルソの部屋にホンルが通い妻()する話。
わかってきた事だと思いますが面倒を見るのはムルソーです……。


コンコンと、控えめに扉を叩くノックの後に、顔を覗かせたのはすっかり見知った顔だった。
「またまた来ちゃいました。こんばんは、ムルソーさん」
「何もない部屋に、よく飽きないものだ」
 皮肉と云うよりかは、呆れに近いのかもしれない。けれど拒絶はしていない声に、来訪者は今日は朗らかに笑みを浮かべる。
「この部屋、不思議な事に主が会いたくない人は通さないんだそうですよ」
 この部屋のシステムも、使われ始めてから少しずつ情報が寄せられ、皆把握しはじめている。日中に女性陣の話に混じっていて、そんな話を聞いたのだ。だから迷いなくノックした。
「確かに、嫌というわけではない」
「良かったです。あ、今日はちゃんと部屋に寄って体を綺麗にしてきました。褒めてください!」
 流石に汚いまま来てしまうのには前で懲りた。それくらいの常識は兼ね備えたつもりなのだ。だが、ムルソーはじっとこちらを見つめた後に、腕を伸ばしてきた。
「……。まだ濡れているようだが」
「あら?」
 頬に手が当たるか当たらないかの位置で髪を掬われる。髪の先に溜まっていただろう水滴が、彼の手を伝ってぽたりと落ちるのが見えた。まだまだ手ぬるいようだ。流石に少しバツが悪い。
 しかし、怒るような事も、蔑むような事もなく、ムルソーは退いていく。
「上がるといい。先に乾かそう」
「はーい!」
 その一言が嬉しくて、つい元気に返事をしてしまった。まるで小さな子供だなと思う。でも、ちゃんと許可を得るまでは無遠慮に中に入ったりはしていない。そこは少し大人になったと褒めてほしい。
「あれ? 椅子、増やしたんですか?」
 先日一緒に軽食を摂った時は椅子がなく、ムルソーはベッドに腰掛けて食べていた。部屋の主には申し訳ない気もしたのだが、呼んでいないとは言え客人をベッドに座らせる選択はなかったようで、睨まれたので大人しく椅子を借りていたのだ。その椅子が、二つに増えていた。
「いや、今朝起きたら二つあった」
「へぇ。そんなことあるんですね~。ほんと不思議な部屋です」
 誰かに心を読まれたり、過ごしているところを見られていないか不安になるが、視線も気配も感じない。己の部屋もこの部屋も壁はのっぺりとしており、監視カメラという線もなさそうだ。なのに必要に感じたものは増えていたりして、少し薄気味悪い。便利といえばそうなのだが。
「調べておいた洗髪剤や、私が普段使わないバスローブ等も増えていた」
 そんな本人しか知らないようなものまで出てくるのだとしたら、心を読まれているケースだろうか。あまり気分はよくないが、手っ取り早くて楽ではある。
 しかし、洗髪剤にバスローブ……先日ここに来た時を鑑みるに、自分の為に用意しようとしてくれたものだろう。
「と、言うことは。今後は僕の部屋に寄らなくても直接ここに来てもいいって事なんですかね」
「一応、確認のために部屋には戻るようにした方が良いだろう」
 ムルソー曰く、私信や細かい健康状態に関するチェック、欲していた雑誌や本などが部屋に届くことがあるらしい。確かに買いに出ている暇などないので、ありがたい話ではある。
 ふわふわのバスタオルに包まれて、会話しながら髪を拭かれる。もう少し強くしても良いのに、ムルソーの手付きはとても優しくて大きく感じる。今日は拭いた後に良い香りの整髪剤も擦り込まれて、彼の手櫛が気持ちよかった。すっかり扱いに慣れたドライヤーの熱も、熱すぎず丁度良い。
 温風に揺られる髪を見ていたところ、机の上に物が気になった。紙袋に入っている食べ物に、雑誌や新聞、そして見慣れないダンベルがある。殆ど使った事がないが、それがかろうじてそれがダンベルであるとは知っていた。なので何気なく話題を振る。
「ムルソーさんは、シャワーしてご飯を食べたら、普段は何をされてるんですか?」
 前回も、前々回も、お茶を飲んだりご飯を食べてほっこりして帰ってしまったので、まだ私生活はあまり知らない。彼の知識は日々新聞や雑誌から得ている情報なのかと、どんな本を読んでいるのか目を凝らす。
「寝ている」
「え?」
 返ってきた言葉に、凝らしていた目が顔ごと横を向く。直ぐさまムルソーの手で頭を押し返されてしまった。
 ドライヤーの喧しい音に声はかき消されていくが、互いに耳は良いらしく会話には困らない。ただ、対抗するように少しだけ大きく発声しているのが楽しい。
「だから、寝ている」
「えっと……何もせず、ですか?」
「そうだ」
 このやり取りをドライヤーに負けないようにしているのだから、少しおかしくなってしまう。
 嘘をつくような男ではないし、おそらくは本当なのだろう。
「どうりで、みんなのいる談話室にまったくいらっしゃらないわけですね」
 確認するように、ぽつりとそう呟く。姿を見かけたら声を掛けるはずなのに、そういえば一度も姿を見たことがなかった。
 ドライヤーの風の音が止む。これから慣れた手付きで髪を櫛で梳いていくのだろう、一房掬い上げる指を感じた。
「ファウストがいつも言っている。我々に与えられた休息可能時間は最大で12時間であると。今のところ最大が続いているが、今後12時間を切る可能性が常にあるという事だ」
「ああ、なるほど。もし有事的な問題や緊急事態が発生した場合は繰り上げられたりもするって事ですね」
 たまに引っかかるところも、無理に引っ張らずに丁寧に梳かしつけていく。自分で髪を触っていた頃は、この髪を梳く動作も面倒に感じていたというのに、やはりしてもらった方が嬉しい。
「そういう事だ。だからまず休む。やりたいことは休息の後にしている」
「そうだったんですね。なんだかムルソーさんらしい」
「らしい、か。あまり言われたことがないな」
「僕はムルソーさんのそういう真面目なところ、好きなんですよ~」
 ご機嫌に放った何気ない言葉は返事が来る前に「終わった」と告げられてしまったので、何だか有耶無耶になってしまった。眉くらい動かしてくれていたらいいのに。
「じゃあ、この雑誌とか本とか、いつ読んでるんですか?」
「起きて朝食を摂った後に」
「こちらのダンベルは?」
「時間があれば筋肉を維持するためのトレーニングも行っているが、本を読みながらでもできる事があると気づいて取り寄せた」
「なるほど」
 テキパキと二人分の食事が用意されて行くのを傍目で見ながら、パラパラと置かれている雑誌をめくる。割りと難しそうな何かの専門誌のようだ。新聞も経済新聞のようで、よくゴシップ記事で見るような派手な文字は書かれていないようだった。
 待っている間に、少しは世間知らずを埋めようか。いっそのこと自分も購読すれば同じ知識が深まるのではないかと思いつつ、理解できない単語の山に行き当たって読むのを止めた。
「できたぞ」
 卓に並んでいるのはツナの乗っているサラダに温かいコンソメスープ、豚ニラもやし炒め、それとチャーハンだ。どれも見てからに美味しそうで、食欲を誘う。
「わぁ、いい匂い。ムルソーさんって本当に料理がお上手なんですね~」
 まだ調理には手を出した事がない。何せ経験がないのだから、どうせ碌なものはできないとはなから決めつけているのだが、先日のチキン騒動を思い返すと止めておいて正解だった。
 そこでもムルソーは見事な腕前を発揮させていて、本当に邪魔にならなくて良かったと思う。
「サラダは冷蔵庫から出すだけ、スープは湯を注いだだけで、他は焼くだけだが?」
「それはですね。焼けないとサラダとスープしかないじゃないですか」
 いただきます、と同時に手を合わせると、会話もそこそこに食事に集中することにする。家を出てから、まともな食事というもののレベルは格段に下がっており、それなりに見てくれの良いものは食べられるという判断をしている。その中でも特に美味しそうに見えるのだから平気だろう。何より、自分の分も作ってくれたという事実が嬉しいのだ。これで不味いわけがない。
 そのあと食事を終えて、言葉もないまま出されたお茶までご馳走になっていた。ご飯は全て美味しくて、毎日こんなものが食べたいなどと考えてしまったけれど、口には出さずに静かに食べた。
 彼のほうが早いらしく、先に食べ終えてしまったムルソーは「お茶を淹れ直す」と席を立ってしまった。そこから空いた器からどんどんと効率よく下げられていき、ホンルが食べ終わる頃には最後の器と箸になってしまったというわけだ。
 綺麗に片付けられて拭かれた卓に、二つの湯呑がほかほかと湯気をあげている。テキパキと動くムルソーをぼんやり眺めながら、こういう時間もいいなとしみじみしてしまった。空腹と心が満たされて、気持ち瞼が重くなり、ふわふわと意識が宙に浮きはじめる。動くムルソーの背中を追いかけているうちに微睡みの中へ沈んでいった。
「ホンル。……ホンル」
 遠くで聞こえたはずの声は、思ったより近くから聞こえて、急に意識が覚醒する。
 はっとして起きると、そこには軽く揺さぶっていたらしいムルソーの姿があった。記憶が繋がり寝てしまっていたのだと悟る。そんなに時間は経っていないようだ。
「起きたか」
「んー……」
「寝るなら部屋に戻れ」
「……あの」
 本来なら、大人しく従うべきだったのだ。でもその声があまりにも優しくて、拒絶されているようには思えなくて、思わずわがままを言ってしまった。
「あの、今日は僕も一緒に寝ていいですか?」
 ぽつりと呟いた声が、上手いこと沈黙している空間に重なる。声を遮るような男ではないのだが、これでも多少の羞恥はあったのだ。わがままだと分かっているから。
 見やった顔は相変わらずの無表情なのだが、流石にこれは表情を読み取れる。「何故」と疑問符だらけの眼差しが返ってくる。逆に言葉が消えた。
「やっぱりだめですかね」
 寝首をかいてやろうとか、色を売ってやろうとか、そういうわけではないのだ。何なら朝まででなくていい、少しうたた寝するくらいの間でもいい。少しだけの優しさが、ほしい。
「その、ええっと。本当に、寝るだけで、いいんです……けど」
 言葉が返ってこなくて少し焦る。やはり唐突すぎただろうか。取って付け足したような言葉も、変に取られていないか急に気になりだす。
「言っておくが、このベッドだと二人は狭いぞ」
 訝しげにしていたムルソーだが、他意がない事は理解したのか、どもっているのを見かねたようだ。念を押すセリフは拒否ではなかった。
 その一言に、萎れた花が花を咲かせたように、一瞬でホンルは元気になった。
「大丈夫です! 僕は端っこで寝ますから」
 いそいそと椅子から離れてベッドに近づく。そこには目覚まし以外は何もない白い質素なベッドがある。清潔であれば別になんでもいいと外の世界に出てから知った。
「落ちても知らんぞ」
「いいですよ~、邪魔なら蹴り出してもらっても」
 沈み込むベッドに腰掛けて、スリッパを脱ぎ捨てる。そのまま我が物顔で仰向けに倒れ込んで目を瞑る。無臭に近いが、少しだけ石鹸の香りがしたような気がする。手に当たるシーツの冷たさが心地良い。そこに影が入り込んだので、瞑っていた目を開けた。
「ホンル、先に歯を磨け」
 珍しく名前を呼ばれたと思ったら、なんとも真面目な御用だった。そういえば先程も名を呼ばれていた気がする。少し慣れ親しんだ仲に近づいた気がして、ご機嫌なままムルソーの言うことに従った。
「ふふっ。く、……あははは! あ、すみません。本当に狭くって!」
 広いように見えたベッドは、本当に狭かった。
 実際に男二人で入ってみると肩がぶつかるほどに狭くて、思わず笑いだしてしまったのだ。望んだことではあるのだが、あまりにも絵面がおかしい。
 背丈はムルソー程ではないが、自分だってけして小さいわけでもない。隣で真上を向きながら、あまり面白そうな顔をしていないムルソーを見たのがスイッチだった。
 ひとしきり笑うと、ホンルは横を向く。こうすれば少しだけ広くなるし、ムルソーの方を向いていれば長い髪も邪魔にならないはずだ。
「楽しいか」
「はい、とっても」
 サイドのパネルを触って、ムルソーが照明を落とす。暗くなった部屋に、ぼんやりと光るテーブルランプが一つ残された。呆れ半分に問われた声に、ホンルは明るく返す。だって本当に楽しいのだ。
「暗いほうがいいなら自由に灯りを消すといい」
「なら、このままで」
 そのままムルソーは掛け布団に指先まで潜り込ませると、そのまま目を閉じてしまった。直ぐに寝てしまうつもりなのだろう。一瞬で眠れたりするのだろうか。
 自分は元からあまり寝付きが良い方ではなかった気がする。寝ることがあまり好きではなかった。疲労から来る睡魔は良いものだが、何もせず昼寝して、空虚に過ごした日の夜はつらかったものだ。
「僕の部屋のベッドは、このベッドの四倍くらいは広かったんです。でも、ずっと、ずっと、そこにいたのは僕一人でした」
 見られていないから、話しやすいこともある。後を追うように目を瞑ると、飽きるように見た昔の部屋の天井を思い出す。それこそ木目の染みの形まで覚えている宇宙だ。
 夜は、昼以上に孤独だったのだ。ながいながい時間を、何度も一人きりで越えた。それは本当につまらなかった頃の記憶。
「どれだけ広くても、一人で眠るなら意味ないじゃないですか。僕は一度でいいから、誰かと一緒に寝てみたかったんです」
「なるほど、それが理由か」
「かもしれません。わがまま言ってごめんなさい」
「……。少しくらいならいい」
 既にたくさんのわがままを叶えてもらっている気がするのだが、まだ少しの内に入るらしい。
「ねぇ、ムルソーさん。僕はそれなりに今が幸せなんです。誰もいなくて、綺麗に飾られて、何の不自由もない優雅な生活をしているより、血や汗と泥に塗れて苦しみながらも自分で掴み取る明日の方が良いんです」
「どうして、そんな話をする」
「ムルソーさんは優しいから、少しなら聞いて流してくれるような気がして」
「……寝るぞ。お前も寝ておけ」
「はい。そうしますね」
 目を閉じていても温もりを感じられる距離にムルソーがいる。日々の戦いは熾烈でも、この夜は平穏で優しくて温かくて、家を飛び出してまで手に入れたかったものは、つくづくとこういう日常なのかもしれないと思えた。
 それがあるから、きっと明日も幸せなのだ。隣にいる彼に心の中で礼を述べて、ホンルは柔らかな夢の中へ舞い降りていく。
 夢でも会えたら良いのにと思うのは、少し贅沢すぎるだろうか。

何も進展していないびっくり展開は相変わらずなのですが
今回も特に何もしてないけど目標には到達しました!
ずばり一緒に寝させる!です!!!
特に何もしてないというのがポイント。
基本的に全部捏造です。
ふんわりイチャイチャさせられて私は最高に楽しかったです!
以上だよ。

ちなみに今回出てくるご飯は、いつも夜にFF14で遊んでる全く関係ない友達に
「夕飯、何食べた?」って聞いて決めました。
中華っぽい感じが良いと適当に言いましたが、正確には「庶民が食べてそうな料理」でした。
別に私が好きとかそういうものではないのだった……。
ムルソーなら手の込んだ料理以外はいけると思っている。
ホンルはダメかもしれん。……いや、知らんけど。


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