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軽薄に、その手に甘えていいですか?(ムルソー×ホンル)

今夜、お部屋に行ってもいいですか?

ムルホンの馴れ初め編その2。これの続き。
新しいお部屋設定を見て書いた、ムルソの部屋にホンルが通い妻()する話。
「来ちゃった♡」するわりに何も進展していないびっくり展開。




「えへ、また来ちゃいました」
 それは、この部屋にふらりと迷い込んでからまだ三日も経っていない時だった。
 昨日から立て続けに移動したり戦闘しており、リンバスカンパニーの一行はここまでまともな休息一つ取れていなかった。どうやら裏路地に迷い込んでしまったらしく、ひっきりなしにバスが止まる。抜けるために食事すら移動中に行った強行軍だった。ようやく安全地帯まで抜けて、解散となったわけだ。流石に遊びたがりな連中も含めて、みんな業務終了後にフラフラと廊下に吸い込まれていった。
 ここまで来て、元気そうに見えるのは自分だけだろうと男は居残る。全員が廊下から消えたのを確認して、管理人に労いの言葉をかけてから廊下へと向かった。
 自室に帰る事をせず、意気揚々と入ったのが先程というわけだ。
 どうやって来たかというと、それはもう部屋主の顔を思い浮かべて部屋に行きたいと強く念じて扉を開けただけ。ダメ元というやつで、きっと本当にダメな時はここに繋がったりはしないのだろう。と、信じて扉を開けた。
 見事にこうして繋がったし、特に――部屋の持ち主――ムルソーも驚いたり嫌な顔はしていない。
「そんなにあの茶が美味しかったのか」
「美味しいかはともかく、僕は気に入りましたよ」
 味の所はもう一つよくわからない。お茶は香りを楽しむものなのだとしたら十分であるし、味で楽しむものだとしたら特に何も感想がないのだ。しかし、ホンルは既に知っている。普通というものは存外悪いものではない。
「入ってもいいですか?」
 既に半歩入っているのだが、念のために伺いを立てる。
「好きにするといい」
 やれやれと言った風だが、断られることはなく、やはり部屋に招いてもらえる。そろりと中を覗いた状態だったか、その声を聞いて足を踏み入れた。
 前と同じく殺風景な部屋ではあるが、ギラギラと輝く金銀で埋め尽くされている部屋に比べたらうんとマシだった。
「わあ、ありがとうございます! ムルソーさんって優しいですよね」
「普通だと思うが……」
 そう言うと、ムルソーの方から近寄って来る。じろじろと見られている気がして、ふと自分の姿を見下ろした。ああ、これは。
「……」
「えっと」
 一言で言えば汚い。良く見れば髪も服も血と汗と埃と泥に塗れてぐちゃぐちゃだ。まぁ、ここまで強行軍だったのだから致し方ないのだろうが、また自室に寄ってこなかったのだから当然である。
「ここで脱げ」
「はいっ」
 命令されるがままに服に手を付ける。どこまで脱げばいいのだろうかと考えながら、上着を脱ぐと軽く引っ張られたので手を離した。確かに、自室に汚い男が入ってきたら眉も顰めるのは分かる。兄の性格がそんな感じだったとふと思い出すが、潔癖でなくても嫌な汚れ方だった。これは反省。
「洗濯しておく。このまま湯も使っていくといい」
 そう言って指差された先は、自室にも付いている同様のサニタリールームだ。何故かタオルやら何やら必要なものが最初から備え付けられており、そのあたりの備品を考えることなく使えるようになっている。おそらく内装も全く同じであろう。
「ありがとうございます。ムルソーさんはいいんですか?」
 自分に比べると汚れはましだが、そう考えてみると清潔とは言いにくい。業務終了してから直ぐに転がり込んで来たのだから、体を清める時間も当然なかったはずだ。
 部屋の主に対して、それなりに先に湯を借りるのは後ろめたい気もする。
「後でいい。先に用意しておく」
 髪が整えられている分、確かに身綺麗な気がする。彼に言われたらこの長い髪を切ってしまってもいいかなんて軽く考えながら、素直にシャワーを借りることにした。
 家を出てから、あまりにも自分が何もしてこなかった事を思い知ったホンルという男は、生きることそのものが挑戦だった。施されていた優美な生活を、完璧に自分で再現するということは難しいが、何とか生活しているし、苦に思った事はない。髪の艶も陰っていくばかりだが、着飾られて笑っているだけだったあの頃よりかは幾分ましだと思う。
 最初は手間取り、水を被って悲しい思いをしたシャワールームにも慣れたものだ。髪と体を洗い清めて、隅々まで血や埃を落とす。久々にさっぱりとして気分がいい。何より部屋を出てもあの鬱々とした自室ではないのが最高にいい。部屋の主は優しいし、ここに住んでしまいたいくらいだ。
 鼻歌交じりにシャワールームから出て、バスタオルを手に取る。このあたりまでは慣れたものだ。
「あ、え……?」
 しかし、そこに至って気がついた。
 着る服がない。着ていた服を着直すなんて事は、流石にまだ考えられず、思考が飛んでいく。
「ムルソーさん! ムルソーさん大変です!!!」
 流石に服を着ないまま飛び出す事は憚られるので、バスタオルで隠してはいるが気持ちは飛び出して行きたかった。顔だけだして部屋主の姿を探す。
「どうした」
 落ち着いたまま寄ってくるムルソーは、上着を脱いでエプロンを付けていた。こうして見ると問題なく清潔に見える。
 いや、そうじゃない。ほぼ全裸なのを思い出すべきだ。ホンルは思いのままに困った顔をすると、珍しく覇気のない声を出した。
「僕の部屋だといつも絹の寝具が出てくるんですけど、ここムルソーさんの部屋なのでなくって。……何を着ればいいですか」
 流石に予想外だったのか、ムルソーが少しの間だけ止まった。
 結局のところ。ムルソーの持ってきたシャツで方は付いた。下着を含めて一回り大きい気もするが、緩めのルームウェアで片付けられるし、何なら袖はぶかぶかなので捲くった。
 その後、衣服を借りて出てきたところで、顔を合わせたムルソーに腕を引かれて椅子に座らされた。曰く、髪が濡れているとのことで、丁寧にタオルで頭を拭かれている。
「何から何まですみません。まだあまり慣れてなくて」
「俺も長い髪の扱いは知らん」
 それでなのか何なのか。もっとガシガシ拭かれるのかと思いきや、予想以上に優しく拭かれている。大きな手に包まれるのが心地よくて、つい任せきりにしてしまっていた。
 そう考えると、誰かに頭を触られるというのは、気持ちの良い事だったのだなと思い返す。してもらうのが当たり前すぎて気にもしていなかったのだ。
「が、このままだと風邪を引くことがある」
「どうりで、何かいつもシャワーの後は寒い気がしてたんですよね~」
 どこからかドライヤーを見つけてきたらしく、慣れない手付きで操作しているので、一緒に見て頭を捻った。使われている所は見たことあるが、勿論自分使った事はない。
 無事に温かい風が出ることを確認して、そのまま櫛で髪を梳きながら乾かしに入る。
「ムルソーさんは髪が短いから、あまり乾かさなくても良いのかな」
「そうだな、自然に乾く」
 ふわふわと風に揺れる髪と、温風と、丁寧に梳かしつけてくる櫛先が心地よい。ついでに言うなら彼の声も心地よくて、ひどく安心する。こういう時間を大切にしたいな、と思う反面で、明らかに邪魔になっているようにも思えて、まだ自立できてないのだと痛感させらている気もする。
 本当に、本当に、何も知らないお坊ちゃんだったのだ。それを否定された事もなかったから、ついぞ箱の中の鳥のまま終わるだけだったところ、何故かここまで飛んできてしまった。だが、それを選んだのは己だ。
「いっそのこと、僕もそれくらいまで切っちゃいますか」
 過去も含めて、すぱっと、ざくっと。なかなかに気分がすっきりしそうで、悪くはない考えではないか。だが、その言葉に返ってきたのは、少しだけ止まる手と、否定だった。
「それは……もったいない。せっかくの綺麗な髪だ」
 それを少しむず痒い気持ちで受け止める。ああ、でもこれも悪い気分ではない。
 綺麗でいたいと願っているわけではなくて――それは呪いでもあったから――家を出てから満足に手入れもできていない髪を鬱陶しく思う時すらある。生活においても、戦闘においても、見栄えを除けば伸ばす意味はないのだ。
 けれど、綺麗な髪だと褒めて貰えるのなら、このままでもいいだろうか。
「手入れくらいなら手伝える」
 その言い草にクス、と笑ってしまった。そんなに真面目に答えなくてもいいのに、何故か必死に見えてしまって。
「そんな事を言うと、僕は不器用なのでまた甘えに来ちゃいますよ?」
 甘えていても、良いのだろうか。また試すように戯言を吐く。何となく顔が見たくて頭を逸らすと、そこには少しだけ困ったような顔があって、さらに笑ってしまった。
「髪の手入れの仕方を調べておく」
「ほんと、ムルソーさんってとても優しいですよね」
 髪が乾かせないと顔を正面に戻されながら、声に出してけらけら笑う。ここで捨てようとしたこの髪を、あなたが今ここで拾ってしまった。ならばこの髪は自分のものではなくて、彼のものなのだ。
 そう考えると、今より少しだけこの髪も大切しようと思えた。
 なにより、誰かに大切にされる感覚が、溺れてしまいそうなくらい嬉しいのだ。
 その後、少し冷めてしまったジャスミン茶と、貰ってきたらしいグリーンサラダ。そして少し手を加えたらしい、ふんふわの甘いフレンチトーストを一緒に食べて、その日はおしまい。
 けれど自室に帰るまでは、本当に夢みたいな幸せな時間だった。これならあの陰鬱な部屋も、ただ寝るだけの空間に変わるだろう。
「おやすみなさい、ムルソーさん。また明日」
 何気なく送った一言だけど、それは確かに希望の一言だった。残酷で苦痛に満ちたこの世界で『また明日』を紡ぐために。


なんとなく(付き合ってないけど)イチャイチャさせたい私の煩悩が爆発している
ムルホンの馴れ初め話です。
これを読んで楽しい人とかいるのかな……って不安になったんですが
こういう作風が好きと言ってくれる方もいて、なら書きます!でホイホイ書きました。

実は私、フレンチトーストあんまり好きじゃないんですよねぇ。
という恐るべき事実がある。

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