登場人物:アリババ、紅炎
CP傾向:炎アリ
30巻で再会後の炎アリです。
(潜在的に精神的な炎龍とか炎明とか含むよ!)
月の明るい夜だった。さざ波の音と、虫の声だけが聞こえる狭い浜辺を、アリババと紅炎は二人だけで歩いていた。
昼に紅一族の皆と論駁を繰り広げた後、なりゆきで夕餉の用意を手伝い、そのまま共に食べ、夜を迎える事となった。
本当ならばすぐに引き返す貨物船も、紅明が姿を隠して煌へ戻る事態となり、急遽出立は明朝へと変更された。表向きは警備兵でも、中身は紅炎を慕ったり煌に忠誠を誓った兵士ばかりで、異を唱える者はおらず、アリババは流石に苦笑いした。
そんなわけで今夜はここに停泊する運びとなったが、夕餉を食べ終わり歓談していると、いきなり紅明と紅覇に摘み出された。なんでも紅炎と話をして来い、だそうだ。
そして今に至る。
確かに話したい事は沢山あった。昼にした政治の話ではない。もっと感情的なこと。言いたいこと、聞きたいこと、確かめたいこと、百年悩んで更に増えた。
かつて、臣従するはずだった男とは、どういう因果か未来が食い違ってしまった。それが結果的に良かったかどうかはわからない。
けれども、あの時確かに望んだのだ。この男の多くのことが知りたい。さすれば、きっとこの男を少しでも理解できるのだと。
今ではすっかり互いの立場が変わってしまった。だからもう知る必要はない……とはアリババは思わない。
肩を貸しながら目的もなく紅炎と歩く。両足が不自由な者を連れて歩くのは、なかなか食後の良い運動になった。
「なぁ、あんたのその脚と腕、白龍のなんでしょ?」
チラチラと見える左手の木製の義手は見覚えがある。最後に紅炎に会った時は、左手以外は当然生身だった。そして先程の「弟にやった」という発言。
ならば、きっとそういうことだ。癒やしの力を持つジンと金属器の仕業だろうか。
「そうだ。俺の手足は白龍へやった。俺はあの時、処刑されて死ぬつもりだったからな」
「……っつーことは、その足、俺が焼き切った……」
「そういう事になるな」
にやりと笑む紅炎に、少したじろぐ。たじろいだ所で、支えている今、逃げられる筈もないのだが。
直接、紅炎の足を切ったのは自分ではない。しかし、まわり回ってこんな事になっているとは考えもしなかった。
あの時、この男は非情なる覇者に見えていた。例え同じ血筋の家族でも、情に流されて手を抜くようには思えなかった。ましてや体を癒すなど……どういう風の吹き回しだったのだろう。やはりこの男の事を全く理解できていなかったのだ。
「お前にとって、白龍とは何だ」
その男が、確かめるように問う。アリババの答えは、考えるまでもなく決まっている。
「……友達。大切な友達です」
だからアリババは迷いなく答える。百年悩んで、その結論を出した。もう揺るがない。揺るがせない。
「俺、一度は白龍に殺されたんです。でも俺も、白龍の足を斬っちまいました」
そうするしかなかった……わけではない。あの時点で選べた選択肢はまだあったはずだ。だが成り行きでも、事実そうなった。今更否定なんかしても意味はない。
「その後、俺は全然知らない世界を精神だけ飛ばされて、違う体に入ってたんです。そこまで、百年くらいの時間を感じていて……。あ、ユナンさんには感じただけで、実は一瞬だったって言われたんスけど。俺はそこでずっと、ずっと、ゆっくり考えられなかった事も、考えようとしなかった事も、考えられるものは、それこそ全部考えました」
考えて考えて考えた。それしかやることがなかったから。思い出せる全ての事を考えた。何度も反復させて、後悔も反省も発見も決意もたくさんした。
「でも、いくら考えても、全然白龍の事が憎く思えなかったんです。俺は殺されたのに、俺はただ白龍の足を斬ったことを死ぬほど後悔してた。もし、また会えたら、俺は……謝りたい。そんで、やっぱりあいつと友達になりたいんだ」
例え拒絶されたとしても、友達になるという事を、今は諦めたくない。
いや、きっと大丈夫だ。紅炎を殺さなかった白龍になら、希望はある。ここに来てそう確信した。
「でも良かった。あんたも白龍の事、これっぽっちも恨んでないんですね」
白龍は紅炎を殺さなかった。
そして紅炎は白龍に手足を譲った。
それだけでいい。その事実だけで、アリババは二人を信じることができるのだ。
黙って聞いていた紅炎は、口元を少し緩めて鼻で笑う。
「その言葉、そのまま返そう。俺もお前も、同じだろう」
「へへっ! じゃあ、あんたも白龍の事、めちゃくちゃ好きって事になっちまいますよ?」
「……む」
「やだなー。そんな顔しないでくださいよ。今更、天の邪鬼のふりしたって遅いですからね」
紅炎にしては珍しく面白くなさそうな顔を見せているが、何となく照れ隠しなのだと悟る。なるほど、紅明に話を聞いた後だと、こういう事がよくわかる。曰く、意外にも表情が豊かなのだそうだ。
あれから煌帝国は内戦状態に入り、白龍と紅炎は玉座をかけて戦った。その経過は全て聞いたし、書物でも学んできたつもりだ。血を血で洗う、同じ血族同士の争い。思い掛けない結末で終幕したが、敗者となった者に正義はない。その敗者の立場を考えれば、遺恨の念を抱いてもおかしくはないだろう。
しかし、どうやら紅炎は白龍の事が嫌いになりきれないらしい。その事に自然と笑みがこぼれる。
「アリババ」
「何ですか、いきなり名前を呼ぶとか変なもの拾い食いしたん……あでっ」
減らず口を叩いたら、げんこつが飛んできた。
「真面目な話だ、聞け」
有無を言わさぬ物言いに、相変わらずだと心で苦笑する。
「俺は今、この離島から出ることはできない。何もかも失い、残るは動かぬ体と兄弟のみとなった」
これを聞けば、絶望してもおかしくない状況に落ちたと、誰もが思うだろう。だが、この男は絶望なんかしてはいない。それが声音から伝わる。
「俺がお前に与えられるものもなく、命令できる権限もない。だが一つだけ頼まれてはくれんか」
「はいはい、何ですか、もー」
いざ改まられると、こそばゆくて、茶化すように言葉を返す。
「白龍と紅玉を、頼む」
しかし、真面目な話はどこまでも真面目だった。紅炎は居直ると、真っ直ぐアリババに向けて頭を下げたのだ。
「ちょ、やめてください。俺はあんたに頼まれなくったって、そうするつもりですから!」
顔をあげるように促すが、紅炎は閉じていた目を開けただけで、頑として譲らない。
「アリババ、言葉にはな、力があるのだ。口約束と軽んずる輩もいるが、お前みたいな真面目な奴には効果覿面だ。覚えておけ」
「えええ。それ言われると色々台無しなんスけど!? ……でも、そういうなら、あえて引き受けてあげますよ。絶対に俺はあいつらを助けてみせる。あいつらがツラい時に隣にいる。だって俺、友達ですから!」
にかりとアリババは笑顔を見せる。その言葉でようやく頭を上げた紅炎は、少し悔しそうに、眩しそうに目を細めた。
そんな紅炎に、アリババは一歩踏み出る。
「だからさ、紅炎さん。あんたも俺と、友達になってください」
「……は?」
いきなり何を言うのか、という疑問が詰まった返事が返る。白龍と紅玉の話をしていたのに、そこから何故己に飛ぶのか、紅炎は理解不能だった。友達?友達とは何だ。そんな存在はこの世に作った覚えがない。一体、友とは何だ。何をするものなのか。
しかしそんな疑問などお構いなしに、アリババは手を力強く差し出す。
「なってないでしょう?」
「俺と、お前が?」
「他に誰がいるんすか!?」
よく分からないが、アリババの瞳はいつも通り、キラキラと輝いている。有無を言わさぬオーラに紅炎は気圧されながらも、少し考えた後ひとつ頷いた。
「……いいだろう」
差し出された手を、唯一自由に動く手で握る。繋がったアリババの手は少し汗ばんでいたが、じんと伝わる温もりに、紅炎は不思議と安堵した。力強い手だ。
「俺、友達は絶対に見捨てない主義なんで、見ててくださいよ! 必ずいつか、二人の笑顔をあんたに見せて、あんたも笑顔にしてやります!!」
「そうか、では待っていよう」
アリババが余りにも力いっぱい言うものだから、それが叶わぬ夢にみえても、紅炎の心中は救われる思いだった。この男ならば、本当に何とかしてしまえるのではないか。そんな気にすらさせる不思議な感覚だった。
だがこの感覚は今に感じたことではないと気づく。漠然ともっと以前から……。思い出すのにそう時間はかからなかった。
思い出せば合点がいく。そうか、そういう事だったのか。
「俺はな。実のところ、何故お前の事が気になっていたのか、自分でも理解できていなかった」
「はあ」
突然の話に次はアリババが毒気を抜かれる。紅炎から自分についての言及など、された事などあっただろうか。紅炎は思いついた事を話してしまうつもりか淡々と語る。
「お前は血統や育ちの割に、甘ちゃんで世間を知らず、政治も知らず、経験も足りず、その癖偉そうで……」
「ちょ、ちょっと待ってください! 事実でもそんなに言われると傷付く!!」
いきなりはじまった中傷に思わずアリババが言葉を遮る。
「黙って聞け。喋らんぞ」
「……はい」
が、抗議も虚しく押し黙る。
「とにかく、バルバッドの元王子という以外に価値がなかったのだが」
「胸に刺さったものが痛すぎて息の根が止まりそう」
「きっと、お前に求めていたものは、これだったのだと、今日見て思った」
「へ?」
やっと己の中でまとまった、アリババへの感情。もしかしたら、この地位に落ちなければ一生気がつかなかったかもしれない。自覚がないわけではなかったが、ある意味で己も傲慢であったのだと、紅炎は思い知らされた。
「お前には商才がある。何より、誰かの手を救って困難に立ち向かう力がある。戦時では真価を発揮しないが、戦いがなくなった今、最も力を振るえるだろう」
人々を導く希望に、そして煌帝国を、紅炎を導く男に、この男はきっとなる。
「俺は、そういう力が欲しかったのだ」
「あれ? それは紅明さんに渡すポジションだったんじゃないんです?」
確かにそうだ。世を平定した後は紅明に国を任せようと思っていたのは間違いではない。それは練家に連なるものの使命だっただろう。
けれど、今なら言える。明確に見える。一体自分が、アリババをどうしたかったのかを。
「アリババよ。覚えておくがいい。国は1人の手で創るものではないということだ」
「ッ!!!」
「一人よりも二人、二人より三人。才のあるものは居れば居るほど良いだろう。国を良い方向へ誘うために、より良き人材を確保する。それが為政者の務めだ。」
「と、言うことは、紅炎さんは俺をそれなりに認めてくれてたって事なんです?」
「自惚れるな、あの頃のお前など精々磨けば光るそこらの石ころだ」
「容赦なさすぎて胸が痛い!」
胸を抑えて落ちこむアリババに、紅炎は息を吐き出すように笑った。
本当に見ていて面白い男だと思う。太陽のような明るい笑顔も、遠くを見ているような憂い顔も、誰かのために燃えるように怒る顔も、そのころころかわる表情が、どうしようもなく、たぶん好きなのだ。
「ちぇっちぇっ、せっかく紅炎さんに褒められたと思ったのになー。このオチだもんなー。やる気なくすよなー」
ぶすくれている顔が面白くて、ついつい漏れそうな笑いを噛み殺しながら、紅炎はアリババの額をすくい上げると、掠めるように口付けた。
「!○▲×?★!!……ッなん!?」
「褒美だ。俺からやれるものなどないのでな」
呆然としているアリババをよそに、紅炎は平然と言ってのける。
「不服か?」
「え!? あっ、いや。ありがたーく貰っておきますけど……えっ???」
まだ困惑を続けるアリババを尻目に、紅炎がさっと踵を返す。
「もう戻るぞ。風が冷えてきた」
「なんか俺だけすごい置いてけぼりのような……」
「浜辺で一夜を明かしたいのか?」
「あああああ、いやいや! 行きます! 行きますってば! ていうか紅炎さん俺がいないと帰れないでしょーが!」
まったくもう。と悪態をつきながらもアリババは紅炎に肩を貸す。まだ言いたいことはあるけれども、それはまた次の機会にしようとアリババは決めた。今はこれでいい。あの埋まる気がしなかった溝の深さを思えば、今日は大きな前進だった。想定外もあった気がするが。
帰路を踏みしめ、互いの体温を感じながら浜辺を歩く。その夜空は雲ひとつなく、星々がきれいに輝いていた。
アリババは星に誓う。新たにできた友の幸せを。
そして紅炎は星に願う。新たに認識した同朋の未来を。
個人的に炎アリには白龍ちゃんと紅明さんの存在は不可欠で
この和をもってこその炎アリが好きだ!!!みたいな主張をしたいがために書いた
「ぼくのかんがえた べつにさいきょうでもなんでもない じぶんしかもえない えんあり」
でした。
もともと再会するよって聞いた時から妄想していた部分もあるんですが
先生の手書きブログの紅炎さんと白龍ちゃんのまんがが最高オブ最高すぎて
暫く悶えた後、やっぱり紅炎さんは白龍ちゃんのことが好きなんだな!?
やったおうじコンビと一緒じゃん!!!と一人で謎の滾りを見せ、ここまで来ました。
この萌えがもし伝わったなら、私と握手してください。
ちなみにこの話は一作目の延長線になっています。
その間に、アリババくんと紅明さんがくっちゃべるだけの話があるのですが……
ちょっと頓挫中でして、今回劇中でアリババくんが不可思議な事を喋っていますね。(笑)
そのうち根性と語彙力と作文能力の神が降りてきた時に頑張りますので、忘れて下さい。
いやでも、あの話炎アリなのに紅炎さんいないので、どこに面白みがあるのか自分ではサッパリわからないのだ……困った……。
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