【登場人物】
観月、不二周助、不二裕太、不二母と姉
【CP傾向】
ないはず
【備考】
不二兄と観月さんの概念的百合の導入部分みたいな原作軸の話。
家族捏造、設定捏造、勝手解釈の全部盛りです!苦手な人は回避してください。
2022年の聖ルド・山吹ミュの日替わりネタがちょろっと入っています。
裕太が帰って来る。それだけで家族は喜んだ。必ず帰ると約束したわけでもないのに、母は息子たちの対戦を知ると、朝から弟の好物を作るのだと意気込んでいた。暗に連れて帰って来いという事なのだろうが、言われなくても誘うつもりだった。
と、いっても杞憂がないわけではない。聖ルドルフに入ってから半年が過ぎ、来なくていいと頑なに拒否されてから、あまり頻繁に連絡は取っていない。全く意識しなかったわけではないが、弟なりに考えることがあるのだと、母や姉から聞いていた。過保護にしすぎた自分が関わっているのなら、話に入ろうとしても拒まれるだろう。その間にもせめて立派な兄でありたいと、自分なりに努力はしたつもりだった。
聖ルドルフでも色々あったようで、弟は背を伸ばし身長を追い越すほどに成長していた。そして学友とテニススクールに通い、着実に実力を伸ばしているようだった。そういう道もあるのだろう。寂しく思う反面、誇らしくもあった。
だが、あの男――観月はじめと言う――に色々と知識を吹き込まれた点だけは眉を顰めるしかない。まさかあのような男がマネージャーだったとは、これまで知らなかった。部活である以上、部長と副部長以外が全面的にテニスに関与する事は稀だからというのもあるが、とりわけ興味がなかったのも一因だろう。現に乾は彼の事を知っていたわけだ。
弟の事は信頼しているし、とても大切に思っている。あの学校を選んだ自主性も大切にしたい。だからこそ、あの男を容赦なく叩きのめした。弟を傷つけて捨て駒にするつもりなら、絶対に許さないし、事によっては親に掛け合うつもりでいた。だが、あくまでも裕太の意思が優先であることも忘れてはならない。
青学は勝利の余韻に浸りつつも、都内という事もあり現地で解散した。聖ルドルフの方はミーティングを戻ってするらしく、裕太は後ほど帰る約束をして周助は先に帰宅した。
どちらにしろ汚れを落としにシャワーに入るだろうから、先に出迎えの用意をする時間ができたので良かったと思うことにした。帰宅するといった約束を反故にするような弟ではない。それでも彼の到着まで、ちゃんと帰ってくるのかソワソワしながら待つ姿を見て、姉に「こんな姿は見せられないわね」とからかわれてしまった。
勿論、不二裕太は問題なく家に帰ってきた。誕生日さながらの出迎えをされ、照れながらも笑う弟は昔のままだ。ちなみに弟が苦手としているものに自分も含まれていそうだが、ここには更なる上がいる。姉だ。姉に歓迎されてもみくちゃにされている弟を少し不憫に思うも、久しぶりの帰宅なのだから致し方なしと周助は割り切るのだった。
久しぶりの家族の団らんは会話もはずみ、普段は出て来ない久々のかぼちゃ入りカレーも懐かしい味で美味しかった。スポーツを部活にしている分、自分もそこそこ食べる方だと思うが、育ち盛りの裕太は二杯もおかわりして尚、余裕があるようだ。ラズベリーパイもぺろりと二人分も平らげてしまった。自分より大きくなるはずだ。
「ほんと成長したね裕太。僕の身長なんかとっくに追い越してるでしょ」
「まぁな。寮のご飯も美味しいしおかわりもできるけど、観月さんがしっかり管理してくれてるから、栄養のバランスは完璧だろうな」
時折、こうして話の節々に観月という単語が混ざってくる。同じ寮にいるようだから、生活に関わって来てもおかしくはないが、その頻度はかなり多い。どうしてあんな男を弟が慕っているのかと思うと、兄としては面白くはない。
「そっか。ちゃんと食べてるか心配だったけど、問題ないみたいだね」
「食後のお菓子が一日3つまでと言われたのはキツいけどな」
「そうなんだ……へぇ」
いや、それは観月が正しいような気もする。あまり把握していなかったが、家にいた頃は大量のケーキや菓子類が家にストックされていたのに、裕太が移ってからは明らかに量が減ったのを思い出す。自分は辛党、弟が甘党と、兄弟で遺伝子をぱっくり割ってしまったのかと思ったが、弟の甘党は自分の辛いもの好きより上を行くと思っている。
「観月さんは紅茶が趣味だから、俺がケーキ食べてるとよく紅茶も淹れてくれたりして、俺あんなに紅茶がケーキに合うとは知らなかったな」
またさらりと出てくる男の話題に、ふと現実に連れ戻される。本当に心から信頼しているのだと分かるが、だからこそ許せない事もあるのだ。
「ねぇ、その観月についてなんだけど」
「ん? 観月さん?」
「ライジングを鍛えて伸ばして、今日見たあのショットを君に教えたのも彼?」
「ああ、俺のプレイスタイルを見て、どういう方向性が一番俺に合ってるか考えたって観月さんが言ってたな」
弟にとっては、これまで誰も見てくれなかった中で、可能性を見出してくれた光なのだろう。付きっきりで自分をよく見てくれる相手に心酔しても致し方ないのかもしれない。現にそうしてやれなかったから裕太は青春学園にいないのだ。
「ふーん。でも、乾が言ってたんだけど」
本当は観月が糾弾されているところを偶然聞いてしまったとは言わない。何はともあれ、裕太が大切にしているのだ。
「その、あんまり体に良くないんじゃないかって……負担がかかるって聞いたんだけど」
なので、遠回しに助言めいた事を言ってみる。真偽の定かは裕太が疑ってこそ決められるものだからだ。だが、返ってきたのは意外な言葉だった。
「なんだよ、兄貴も観月さんと同じ事言うんだな」
「え?」
「あれだろ、発育途中の体には負荷がかかるからって言う。完成させて見せに行ったら喧騒変えて怒られたんだよな。一日に打てる回数も決められてたし。流石に大会で試合する時は止められなかったけど、できれば切り札だからあまり見せないようにって釘刺されてさ」
待て待て、話が違いすぎる。と周助は思わず真顔になる。裕太に気づかれるはずもないのだが。
「まぁ、なくても今日の試合までは余裕だったしな。でも試合にもたくさん出してくれてさ、二年にはたくさん経験がいるからって……俺、観月さんより公式試合数多いんだぜ。いくら部員が少ないっていっても、ここまで出られるとか思わないだろ」
嬉しそうな顔で話し続ける裕太に生返事を返しながら、不二周助は思考する。これは、策士はどこまでも策士であったということだ。彼が失敗した点は、青春学園の実力を見誤っていた事と、怒りに満ちたプレイヤーがマイナスだけを生むものではないという事だろう。彼自身が怒ると周囲が見えなくなるからこそ、そのような誤解を生んだのかもしれない。
どうりでおかしいと思った。あれだけ卑怯な手を使ってもなお、聖ルドルフのメンバーが観月を糾弾する様子はなかった。観月が勝手に怒っていたシーンはあるが、彼らが観月に対して怒っているところは見ていない。なんだかんだで信頼されてるのかと思っていたが、極端なまでに内と外で顔を使い分けているのだと結論付けた。だが、そうではない。そこも許容されているのだろう。
そういう意味で、自分を倒すためにわざわざ出てきたというのは、裕太の言葉を聞いた観月なりの対処だったのかもしれない。
おそらく裕太は、自分と対峙してしまっては冷静さを欠いて実力を発揮できない。裕太の精神はまだそこまで鍛えられていないと判断してだろう。そして、裕太の件が糾弾された時、周囲に聞かれていてもおかしくはない状況だった。その場も全て利用したのだとしたら……。
「って、聞いてるのかよ兄貴!」
「うん? 聞いてる聞いてる」
聞き流していたが、大体は観月の事に関してだ。観月知識が勝手に身についていくが、データは多いに越した事はない。さて、どうしたものかと考えていた矢先、裕太に風呂が空いたと姉が顔を出す。裕太が「すぐ行く」と伝え、ケーキ皿を片付けると共に、兄弟のテニスを語る親睦は終わった。と、思ったのだが、何かを思い出したのか裕太が立ち止まる。
「そう言えば、観月さんが負けた悔しさもころして、わざわざ話しやすいように声かけてたってのに、兄貴帰っちゃったよな。謝るなら携帯渡しとくぜ?」
そう言って裕太はポケットから携帯を取り出して机に置く。特にロックもかかっていないのだろうか。
「ありがとう。……じゃあ、機会があれば使おうかな」
「おう。あ、でもちゃんと名乗れよ」
「やだなぁ、わかってるよ」
ちょっと脅かしてやりたい欲がなかったと言えば嘘になるのだが、周助は笑って見送った。残されたのは携帯ひとつ。さて、どうしたものかと思考を巡らす。
別に声をかけるのは構わないが、ちゃんと整理してからでないとまた意地悪をしてしまいそうだ。
「あらあら、裕太ってば、すっかり観月くんに懐いたみたいねぇ」
そこで、思いがけない方向から声がかかった。それまで食器を洗って片付けをしていた母も、キッチンから聞き耳を立てて話を把握していたのだろう。耳が良いのは親譲りというわけだ。
「母さん、観月のこと知ってるの?」
さも知っている近所の子のように話す母に、思わず問いかける。
「ええ。そういえば、周助はいなかったかしら。裕太が聖ルドルフに転校したいって言いに来た時に、挨拶に来てくれたのが観月くんだったのよ。同じスクールに通っていて意気投合したんですって」
「え、初耳なんだけど」
まさか、自分のいない間に観月が既に不二家の敷居を跨いでいたとは知らなかった。
「ほら、観月くんって周助と同い年でしょう? なのに、裕太の事は必ず責任を持つから~なんて、言うものだから、つい……」
「それで許したの?」
「そう」
にこにこしながら話す母は、我が母ながら全く読めない。その血を自分が継いでいると思えば理解は容易いが、わりと直感に頼るところも同じなのだ。
「真面目だし身なりもきちんとしていて、とても良い子に見えたわ」
「うーん、そうかな……」
「裕太の懐きようを見ていたらわかるじゃない」
「そうだけど」
母はなんとなく自分が観月に対して良い印象を抱いてないのもお見通しなのだろう。自分の事はさっぱりながら、他人の事にかけては目が行くし、自然と理解できてしまう。裕太もそうだからこそ、青春学園で傷ついてしまったのだ。
「反抗期だったのよ、ああいう理解者があの時に必要なんだと思ったの。あのままだと、周助と裕太を繋いでるテニスさえ辞めてしまっていたかもしれないわ。本当はあの子もテニスが好きなのに……。でも、今のあの子の顔、転校する前よりずっといいもの、これで良かったと思っているわ」
ある意味では正解である。おそらく、聖ルドルフで裕太が欲しかったものは自ら掴んだと言えるだろう。それほどまでに意味がある転校だった。そう事前に思わせた観月の勝ちなのだろう。そう考えると妙に腹が立つ。興味がなかったとはいえ、何にも興味を示さなかった自分にもあるが。
「ちょっと、電話してくる」
「はーい。観月くんに母が宜しく言ってたと伝えてちょうだいね」
「うん? うん」
誰も観月に電話するなどと言ってないが、先程のくだりでお見通しなのだろう。そのあたりは流石に母だと言わざるを得ない。自分も青学にいる時はあんな感じに見えてしまっているのだろうか、と少し複雑な気分になりながら自室へと戻った。
5回ほどコール音が聞こえた後、彼は出た。
「すみません、移動します」
とだけ言って保留のクラシック音楽が流れ始める。そういえば、裕太が寮内で電話をする時は指定場所があるとか言っていたのを思い出す。こちらからは母しか掛けたことがないので失念していた。と、言っても電話を掛ける前に伝えたいことはおおよそ整理できていたから問題はない。ただ、いざするとなるとわりと緊張するものだ。
「もしもし、観月です。どうかしましたか裕太くん」
「やあ、僕だよ」
「はい???」
困惑した声が返ってきて、思わず笑ってしまう。まあ、裕太が電話してきたと思ったら中身は今日こてんぱんにのしてきた憎い兄の方などとは思うまい。
「え……この電話、切ってもいいですか」
「えー、ひどいなぁ、ちょっとだけでいいからさ」
「嫌です」
「じゃあ明日裕太と一緒にそっち行こうかな」
即座に切らないで伺って来るあたり、育ちが良いのだろう。単に裕太の携帯を兄が使っているのを訝しんでいるだけかもしれないが。
「あ~、もう! 一体なんなんです。僕に何か用でも? 僕にはありません!」
観月がイライラしている、と思うと少し楽しくなってしまう。が、あまり弄ると本当に切られかねないので、先に切り札をきった。
「それが裕太に謝れって渡されてね」
「謝るって、何をです? そもそも僕の今の機嫌はそんなに良くないのですが、何か謝られて許すとでも?」
それもそうだ。対面を取り繕える程度には策士であるが、彼もまた同年の子供。ぼこぼこにして負かされた相手と、その日のうちににこにこ話し合えるほどできてはいない。
「まあ聞いてよ。別に僕の事を許してほしいとか思っているわけじゃないし、そういう話じゃなくって」
「だから何ですか」
「ねぇ、なんで君、最後まで黙ってたの?」
切られる前に、単刀直入に聞く。これだ。
「はぁ、何の話でしょうか」
本当に話が掴めていない様子だが、思い当たる節は色々とあるのだろう。
「裕太の件で、僕を騙して故意的に怒らせたんでしょ。だったら言ってくれたら良かったのに」
「その話ですか。どうせ裕太くんから事の顛末は聞いたんでしょう?」
否定はない。淡々とした返事が返ってくる。おおよそ、家に帰ると聞いた時から想定していたのだろうか。
「うん。聞いたら教えてくれたからこうやって電話してるんだよ。でも、もうちょっとで母さんに裕太の件で相談しようか考えてたところなんだから、僕にもちゃんと報告と連絡と相談をしてほしいなって」
「噂に違わぬ過保護ぶりですねぇ」
「え、噂になってる?」
「いえ、主に裕太くんからの情報とそれに基づく分析です。まぁ、その件についてはお母様には申し訳ないとは思いますけど。不二くん、君に作戦を知られては意味がないじゃないですか、そもそも誰にも言いませんよ」
確かに、誰かに知られても良いことは何一つない。自分を焚きつける以外には利用価値がないのだ。
「それもそうだけど、試合の後に言ってくれてもいいじゃない。あまりにも裕太の観月像と君が繋がらないものだから悩んだよ」
「騙し合いならお互いさまでしょうに」
「それもそうだね。だから一応こうやって確認して、事実を確認してるわけだよ。ついでに騙されて思いっきり乗っちゃってごめんね? いやぁ、今日のテニス楽しかったね」
「はぁ!? めちゃくちゃ腹立つんですけど!? 傷に塩すりこんで楽しいですか!?」
「あはは、ごめんごめん。一応、謝りに来たんだけどなぁ」
「一応って今いいました!?」
「ごめんね。もうしないから怒らないで」
悪びれる事もないのだが、つい観月の反応が楽しくてからかってしまう。相手が悪くないとわかれば、わりとあっけなく同年代だと受け入れられるくらいには柔軟性はあるつもりだった。それが観月に通じるかは定かではないが。しかし、返ってきたのは溜息だった。諦めの境地に至ったようだ。
「はぁ、まったくもう……全然謝られている気がしませんね。とにかく、僕は勝つために何でも利用しようとした事に間違いはありません。別に美化することも正当化する事もありませんよ。好きにしてください。とりあえず、裕太くんには無闇にあれを使わないように君からも言っておいてくださいね」
「うん、わかったよ」
観月には自分の卑怯な部分も、必要悪だと受け入れてしまえるしたたかさがあるのだろう。それを理解しろと言わないし、何なら包み隠さず話す事もある。そんな部分が聖ルドルフメンバーからの信頼を得るに至っているのではないか、と不二周助は勝手に結論づける事にした。少しだけ溜飲が下がったとも言う。
「ねぇ、念を押しておくけど、あれ本当に観月が教えたのかい?」
だとしたら、観月も使えるはずなのだ。自分が知らないことを他人に教えることはとても難しい。だが、自分から見た観月のテニスというものは、基礎を徹底的に伸ばしてあるタイプだ。その中でもどちらかと言えば技術重視で、力押しには向いていない。つまりは裕太のプレイスタイルとは全く違う。今でこそ成長途中という枷があるが、裕太はおそらく父譲りの体格だ。既に自分より背も高いし、骨格もしっかりしている。いずれそれなりにパワーに頼るテニスもできるだろう。
「はい、基礎のライジングの部分は僕が教えました。ただスピンショットの方については違います。僕が裕太くんの身体能力や可能性を考えて、将来的にこういうのはどうですか? って映像を見せただけなんですよ。そしたら十日ほど経ってから、いきなり裕太くんが完成したとか言い出して……天才の血は怖いと正直思いましたよ。あれ見て僕がどれほど焦ったか」
観月は勝つためになら何でもする。裕太の体が壊れようとも関係ないと言っていたが、観月ほどの策士ならもっと未来を見据えていてもおかしくはない。少なくとも全国大会まで行くつもりなら、あんなところで裕太を失うわけにはいかないはずだ。これは裕太が公式戦に多く出してもらっていると話ていた時から感じていた違和感だった。聖ルドルフの未来を、もっと先の彼らの事を考えているなら、そんな回りくどい事はしなくていいのだ。
「へぇ、流石は僕の弟」
「へぇで済むものですか、完成までにどれほど体を酷使していたかわからないんですよ!? 本人もさらっと笑いながらできた~とか言ってましたけど、僕がどれほど肝を冷やしたかわかります!? 不二くんも不二くんですよ。できたからと言って、できる事をやってたらそのうち体壊しますからね! ちゃんと乾くんにアドバイス貰ってからにしてください。ほんともう、これだから天才の家系は……って、聞いてます? 理解してます???」
「う、うん。なんか観月が苦労してるなって事はわかる」
何か踏んではいけない地雷を踏んでしまったようだ。一気にまくし立てて来る観月が元気そうで何よりという、どうでもいい感想に不二周助は着地した。観月が怒る理由は、今日自分が怒った理由とさして代わりはないのだろう。そういう意味で、裕太も良いマネージャーを持ったと思う。
自分もカウンターパンチャーではなく、ベースライナーであれば、乾に怒られる事もあったのかもしれない。自分が出しているカウンターは意識しているが、技術がいくらあれどもマネできる類ではないだろう。いうなれば直感でやっている。そのようなものを、まだ未成熟な体で会得していけば、力まかせであればあるほど良くない。自分が平気であったのは、パワーをそのまま返す事ができるカウンター技であるが故だろう。と、いう所までは察しが付く。
「なんで兄弟揃って感覚が適当なんですかね。越前くんはすぐに気がついたと言うのに……しっかりしてください」
「いや、だって見ただけじゃ気づかないし、あと何回か見たら違和感を覚えたりはしたかもだけど。裕太は自分でもわかってなかったんだよね?」
「当然、自覚なしです。まだ覚えるには早いですけどって三回は釘刺したはずなんですがねぇ。奥の手が欲しかったのは本当ですけど、あんなの時期尚早でしょう」
よく考えれば自分も指摘されている現場を見るまで危険性について気が付かなかったのだ。それまでは素直に成長した弟を見て喜んでいた。
「たぶん気づいたのって、ウチじゃ対戦した越前と、あとは手塚と乾くらいじゃないかな」
それを観月が正確に見抜いているからこその発言だったのだ。観月が知らないなら、知らぬ存ぜぬで通った話だ。結果が悪い方に転じたとは言え、策士としてはかりごとは上手い。これが激高してプレイが甘くなるタイプであれば効果てきめんだっただろう。
「いいですよもう、気づいて貰えたなら良しとします。言っておきますけど、今後裕太くんは化けますよ。いきなり化けると今回みたいに困るのでセーブしてますけど、君の弟であることは良い意味で間違いないでしょう。首を洗って待っていなさい」
「わぁ、それは楽しみだな。頑張って逃げないと」
「今、僕は『待て』と言ったんですけど?」
いきなり調子が良くなる観月は、よほど裕太の事を買っているのだろう。元より裕太は素直な性格だ。そういう所も含めて観月と相性が良いのかもしれない。複雑ではあるが、事実は事実だ。それに、弟が認められているというのは存外に悪くない。
「あはは、そんなわけで。これからも裕太を宜しくね、観月」
とりわけ努めて明るく言う。これまで生きてきた中で、あまり嫌いな人物を作ってこなかった。単に他人への興味が薄いと言ってしまえばそうなるのだが、明らかな敵意を持ったのは生まれて初めてだったのだ。
その感情を正直、持て余していた。どす黒く濁るその感情は怒りや恨みというものだろう。復讐もした。けれどそれで綺麗に晴れる事もなかった。こんな気持ちをずるずる引きずって行くのかと、少し悩んでいたのは事実だ。自分が自分である故に、人と距離を取る自分も大切だったし、家族を傷つけられて怒る自分もまた自分だった。
だが、誰かを嫌いにならなくて良いなら、それに越した事はないのだ。信頼にまだ足りないなら、信じられるまで見ていればいい。ならば対話していられる位置にいるのが一番だ。
「いきなり何なんですか、言われなくてもそのつもりです。とりあえずお母様には宜しくお伝え下さい」
「母も君に宜しくってさ。……で、僕には?」
「何もありません」
「随分と根に持つね」
きっぱり拒絶されていて逆に清々しい。よほど負けが堪えたのだろう。おそらく全てを水に流すのは互いに難しい。けれど、少なくとも今の観月は裕太に害を与えるものではないと判断した。責任を持つと母を説得した通り、観月は離れる時が来るまで裕太を見ていることだろう。悔しいが、それは今の自分では叶わない事である。
「負けたことは悔しいので。でもまぁ、たまになら見学に来てもいいんじゃないですか? 裕太くんも色々ふっきれたみたいですし、これ以上君に振り回される事もないでしょう」
「そうやってすぐ僕を悪者にするよね」
「んふっ、今回は僕が悪者になってやったんだから、少しくらい良いんじゃないですか」
少し余裕ができたのか、いつもの鼻につく笑みを感じるが、今日の所は許してやろうと決めた。
「え~、裕太から聞く限り、君の印象、そんな感じじゃなかったんだけどな」
「一体、裕太くんから何を聞いたんですかあなたは……」
美化修正された賛美の山であると言いたいが、信憑性は定かではない。そのあたりは今後、見定めていくべき課題だ。
「色々とね、聞かなくても話してくれるし。ざっくり感想を言うと、世話焼きだなって」
「マネージャーですから、世話を焼くのが仕事でしょうに」
「今の裕太にはそれくらいが丁度いいみたい。僕はそういうの得意じゃないからね」
ただ言えるのは、そう……彼はとても面倒見が良くて気配りができるという事くらいだろうか。あの姿から気配りなどという単語が出てくるのか怪しいが、受け取った裕太の感想はそれなのだからしょうがない。
そこに、階下から裕太の声が届く。電話が終わったか廊下から尋ねているようだ。
「あ、裕太が呼んでる。携帯返さないといけないから切るね」
「もう用件は終わりましたか? 勝者の余裕とか腹たちますね。こっちは既にコンソレーションまでの時間がなくててんてこまいだと言うのに、まったく。裕太くんには送ってある明日の予定を確認して、早く布団に入って寝るように言っておいてください。僕がいないからといって夜更かしされても困りますので、頼みますよ」
「わあ、お母さんみたいなセリフ」
「うるさいですよ、僕ももう切ります。まだ言いたいことがあるならまた聞きますから次の機会にしてください」
まだ彼らの夏は終わっていない。五位決定戦。それは敗者復活戦でもある。一週間後の戦いに向けて、観月は既に気持ちを切り替えたのだろう。悔しさを残していても、ここまで話を聞かせてくれたのには、彼のそういう冷静さが裏にある。自分としての個より、全体を考えたのだ。
「そう? じゃあまた明日ね! おやすみ観月」
「はい!? 明日!? え、ちょっと待っ」
そこでぽちりと、周助の指は会話を終了させるキーを押していた。今頃焦っているだろう彼の顔を思い浮かべるとつい笑ってしまう。明日は午前のみ青学は部活が休みだ。せっかくだし、裕太が帰るのに合わせて顔も出しておこうかと画策する。間違いなく邪魔だろうが、それはそれ、これはこれ。
「なんだ、まだ話してたのかよ」
「うん、謝るついでに色々と話を聞いてたら楽しくなっちゃって」
「だろ! 観月さんすごい話し上手だし聞き上手でさ、怒ると怖いけど普段は落ち着いてて優しいんだぜ」
観月の話題が出た途端、弟はぱっと笑顔になった。話の食いつきぶりが違う。
「そう……だね?」
疑問符がついた事はナイショだ。ただ、彼に抱いていた印象は多少良い方に傾いたのは間違いないだろう。だが、それでも。弟の語る観月像は遠く彼方なわけだが。いつか自分にも観月がそう見える日が来るのだろうか。
不二周助は改めて考える。観月はおそらく、さほど対応を変えているわけではないのだ。話し上手というのは本当だが、何より……裕太の思い込みがそれなりに激しいのだと結論付けるしかなかった。
「ああ、観月から伝言なんだけど」
「えっ!? 観月さんが俺に?」
頼まれたり頼られるというのが何より今は嬉しいのだろう。確かに、大体の事を卒なくこなす自分は弟に頼るなどと言う事はあまりなかった。今後の参考にさせてもらおうと気持ちを切り替える。
「送った予定を確認して早く寝てください、って頼んでたよ」
頼まれたのは自分への伝言なのだろうが、試しに余計に伝えてみる。その効果はてきめんで、その目がきらりと光るのがわかった。やはり、頼りにされるのが余程嬉しいのだろう。悔しいが自分はそのような存在にはなれなかった。せめて前を走る道標でありたかったのに、弟はその目標すらも更なる高みへと変えてしまった。
けれど、きっとそれで良かったのだ。何よりも大切なのは裕太が選んだ道であると言う事。それを叶えてくれるなら、多少の因果も全て飲み込んで見せよう。何より彼はそこそこ面白い。
……面白い???
ふと湧いて出た感情に疑問を抱く。だが、どす黒く濁る感情よりかは心地よかった。
「うーん、血かなぁ……」
「何か言ったか?」
「いや、何も」
ふと出てきた呟きに自分でも笑ってしまう。これまで有した事のない感情なのだ、自分にもわからない。そんなものを生ませてしまったのは観月の誤算の一つだろうと位置づける。明日が俄然楽しみになってきた。とりあえず激励して、辛いおやつでも差し入れに行こう。いや、絶対にやっかまれる自信はあるが。
そんな事を考えつつ、自室に戻る弟の背中をにこやかに見送るのだった。
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