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汝の罪は7 (TOA アッシュ×ディスト)

登場人物:アッシュ、ディスト、ジェイド、ライナー、モブ兵士

CP傾向:アシュディス、ジェイディス

制作時期:2018年2月


ディスト、アッシュ共に別人警報が鳴らしてある
ED後200%捏造してあるアッシュ×ディスト
ここから一部、精神的なジェイディス要素が入りますが、二人はくっつきません!
苦手な方は注意。







 そんな生活を続ける彼らの前に、マルクト兵が現れたのは、半年ほどがたったある日だった。
 その日は珍しく吹雪いておらず、雲一つない青い空には滅多に見ることのない太陽が燦々と輝いていた。
 それで氷点下の雪原が温かくなるわけでもなかったが、こういう日は外での作業がしやすいからと、譜業機関を含めてディスト以外の全員が外に出ていた。
 赤い連隊がこちらに近づいてると、最初に気がついたのはアッシュだった。雪の白に赤は映えるが、それ以上にここに入るには空か洞窟からかの数カ所しかない。空からの可能性が限りなく薄い今、洞窟からの侵入しかなく監視がしやすいのだ。
 赤い連隊。勿論それはマルクトの兵士だ。数は多くなく数人程度で、武装もそれなりにしている。あのロニール雪山を越えるとあらば、当然の武装なのだが。
 アッシュは直ぐ様、家へ引き返し、計画通り警笛を鳴らした。

「もう来ましたか、思ったより早かったですね」

「まあ、行き先も大体はバレてただろうしな」

 近くで作業をしていたらしいディストが戻る。ライナーも時を置いて直ぐ様、採取から引き返して来た。

「別にここを隠しているわけでもないですしね。雪山があるので大連隊では来れないでしょうけど」

「ディスト様、どうなさいますか?」

 ライナーが不安そうにスコップを握りながらディストを見上げる。もしやそれで戦うつもりなんだろうか。

「大丈夫ですよ。ライナー。あなたは部屋に戻って、十人分くらいのお茶の用意をしておいてください」

「は、はあ……お茶の用意、ですか?」

 既にこの場合はどうするか、二人の間で話はついている。何パターンか想定はしてあるが、おそらくそう分岐はしまい。

「さて、アッシュ。行きますか」

「ああ、温かくしておけよ」

 コートを着込むディストに、わざわざアッシュがマフラーを巻く。それくらい自分でできるのだが、最近はアッシュの好きにさせていた。
 共に外に出るつもりではあるが、数では完全に負けているし、相手はあのジェイドだ。例え手はずを整えていたとしても、全ての心配が消えるわけではない。使える気はしないが狩猟用の短剣も手に取り、懐へしまった。
 外に出ると、清々しい青空と眩しいまでの太陽が出迎えた。風が吹くと細やかな雪が舞い散り、雪原を薙いでいく。
 赤い連隊はもうすぐそこまで来ており、互いに視認できた。声も届く範囲だろう。こちらにアッシュが控えているのを警戒しているようだが、ジェイドの指示がないからかマルクトの兵士達は抜刀することなく付き従っている。
 そうして数メートルを挟んで双方は対峙した。
 先に口を開いたのはジェイドだった。

「探しましたよ。ディスト」

「お久しぶりですね、ジェイド。行き先などすぐに分かったでしょうに」

「ええ、ですが来る準備に大変時間がかかりましてね」

「まあ、場所が場所ですからね。準備無しで来るのは自殺行為です」

「逃避する場所としては最適でしょう。あとそれと、陛下からも全然兵を借りられませんでしたし」

 まあ、逃したのが当皇帝のピオニーであるからして、おそらくピオニーはディストの捕縛を止めたのだろう。兵が少ないのも、やたら時間がかかったのも、おそらくそのためだ。

「さて、では単刀直入に聞きます。貴方は私を捕縛しに来たのですか?」

 場に緊張が走る。返答次第では流血沙汰になるだろう。前回はディストしかいなかったため、マルクト側は楽に彼を捕縛したが、今回はアッシュがいる。彼の持つルークとアッシュの力を彼らは舐めてはいないだろう。超振動を一人で起こせる奇跡の破壊力だ。下手をすれば全滅もありうる。
 数だけで言えば完全にジェイド側に分があるが、雪山を越えて雪原を歩いてくるには相当な体力がいる。軍人でもその疲労は戦闘の能力を著しく下げる。

「そうしたいのは山々なのですが。お前はもう、雪山を越えることすらできないでしょう?」

「……でしょうね」

 ここは入り込みづらく、外から断絶されているに等しい。すなわち出ることも難しい。謂わば自然の要塞である。空路は既に絶たれた。残る移動手段は徒歩のみだ。徒歩と言ってもロニール雪山の移動はかなり厳しい旅路である。

「ですから、話し合いに来ました」

 にこやかに話すジェイドは胡散臭い事この上ないが、ここまで来た手前、こちらから攻撃を仕掛けるわけにはいかない。

「こちらに攻撃の意志はありません。何なら、武器類は全てここに置いていきましょう」

 ジェイドは己の槍を具現化させて雪に突き立てると、両手をだして見せた。その一声を聞いて、周囲の兵士たちも剣や槍、短剣を降ろす。丸腰だと言いたいのだろう。

「彼……ディストと、二人で話をさせてくれませんか」

 ジェイドは真っ直ぐアッシュを見上げる。実質的にディストを守っているのはアッシュだとわかっているからだ。彼が許さない限り、対話はありえない。
 アッシュは一度だけディストを見ると、彼が頷くのを確認した。ここまでは手筈通りだ。

「わかった。だが一つだけ約束しろ。絶対に暴力的な事はするな。したが最後、この雪原から生きて出られると思うなよ」

「いいでしょう。お約束します」

 ディストはコテージのドアを開けると、皆を中へ入るように促す。

「冷えるでしょうから、部下の方も中に入れて休ませてあげなさい。武器の持ち込みは困りますし、見張りはさせていただきますが、外にいるよりか幾分かマシでしょう」

「彼らもそのほうが落ち着けるでしょう。恩に着ます」

 ディストたちの暮らす住まいは、作業ロボット元祖型タルロウの効率化もあってか、随分住みやすいコテージとなっていた。中は木材を中心とした山小屋風の作りとなっているが、ディストの技術により完全な断熱材を巡らせてあるため、外から冷えることは一切ない。入り口から風除室を挟み、一階部分には吹き抜けの大きな居間がある。その他にも炊事場、加熱施設を備えたランドリールームやシャワー室などが完備されているようだ。二階は手狭だが各々の個人部屋となっており、地下は食料庫や物置部屋のようだった。
 ディストは家の中へ案内すると、兵士たちを居間で休ませライナーに接待を命じる。そのままジェイドを連れて二階へ上がると、自分の部屋へと迎え入れた。

「いいか、約束を忘れるなよ。悲鳴が聞こえたら直ぐに押し入るからな」

 アッシュはジェイドを睨んで牽制すると、二階へ続く階段へと腰掛ける。話に割って入るつもりはないようだ。
 これも手筈通りだった。相手が武器を放棄した時点で、おそらく流血沙汰にはならないというのが双方の見解だったからだ。
 それにこのコテージは、見かけによらず様々な小賢しい罠も用意されている。もしジェイドがディストを人質にとったとしても、ここから誰一人出られまい。






 ディストは部屋の扉を閉めると、唯一置いてある木椅子をジェイドに勧めた。薄っぺらい座布団が引いてある、簡素な作りのものだ。手狭なのもあるが、この部屋にはソファーや大きな椅子というものがなかった。
 こんな閑散とした僻地にそんなものがあるはずがないのは道理ではあるが、質素に見えるのは確かだった。あるのは木の椅子と机。照明とランプが数か所。あとは棚とベッドくらいだ。
 言われるがままに椅子に座ると、ディスト自身はベッドへと腰掛けた。

「すみませんね。来客が来ることを想定した造りではないものですから、部屋も家具も足りないのです」

「構いませんよ。寧ろこれだけの辺境で、よくここまで生活道具を揃えたものだと驚くくらいです」

「私には譜業技術くらいしか取り柄がないもので」

「天下のサフィール・ワイヨン・ネイス博士が、随分と謙遜されますね」

 爽やかにジェイドは言ってのける。これまでならそこに棘を感じたのだろうが、今は不思議と怖いとは感じなかった。
 ジェイドに敵意はない。それだけはわかる。否、わかるように、ようやくなった。顔色が伺えるようになったのだ。

「本当の事ですからね」

 ふたつ、ノックの音と共にライナーがお茶を運んでくる。昔は愛したオシャレなティーカップなどここにはなく、運ばれてきたのは素朴に焼いただけの湯呑茶碗だ。茶葉もそこらに自生している木々の中で、一番飲みやすいものを茶葉にした簡素なもの。毒素がなく、変な味がせず、温かければ意外と何でも飲めるものだ。
 ライナーが部屋を去った後、ディストは冷めないうちにと湯呑みを一つとって口をつけた。少し渋みのある独特の香りが口に広がる。温かいものを飲んで、とりあえず心を落ち着かせる。昔ほど緊張しなくなったが、それでも相手がジェイドだと少しばかり焦りが生まれる。長年染み付いた癖はなかなか抜けないものだ。

「ここまで、来てくださったんですね」

「そうです。ここまで来てやったんですよ。お前のために。わざわざ休暇までとって」

「休暇? え、公務ではなく? ……もしや、ピオニーに止められましたか」

「ええ、止められましたとも。もうお前をこれ以上苦しませるなと、幸せにしてやれと言われました」

「ということは」

「気づいてますよ。あなたをここまで攫った実行犯はアッシュでも、真の犯人はピオニー陛下なんでしょう」

 一番大事にすべき人から、間接的にも見逃せと言われたのだ。きっと業腹ものだろう。

「ねだったわけではないのですけどね」

「そんなのわかってますよ」

 少しイライラしているのか、ジェイドも湯呑みを取ると一口くちをつける。微妙に眉間が動いた気がするのは気のせいではないだろう。乾いた喉は潤せるが、確かにそこまで美味しい飲み物ではない。

「で、お前はどうするつもりなんですか」

「どうするとは?」

「あなた、病を患っているでしょう。これまで第七音素がお前を守ってきましたが、それももう長くは続かないはずです。先の投獄中の健康診断で調べはついてるんですから」

 やはり、感づかれていた。というか、投獄中に出される薬を見て、それは理解していた。
 ディストは病を患っている。彼を蝕む病の影はゆっくりと、だが着実に身体を侵していた。そして長らく第七音素が身体を守っていたというのも事実だ。
 自分にその素養があると気づいたのは、研究者になってからであったし、第七音素を保有していても癒やしの力を操ることができなかった。体内に飼っているだけの意味のない第七音素だが、自己の生命力の強化だけは行っていたようで、これまでの致命傷や病も驚異的な回復力でリカバリーしてきたのだ。
 だが、それにも限界がある。命を削るようにして研究し続けたツケが、とうとう回ってきた。
 一人だった頃は自分で薬を処方していたし、マルクトに拘束されている時も薬が処方されていた。今は痛み止めになる程度の漢方なら周辺でも手に入るが、完璧な薬となるような原材料はなかった。
 だが、それも承知で飛び出してきたのだ。ゆっくりと蝕まれて死に至るより、刹那でも幸せを掴みたかった。

「……そうですね。私はもう、そう長くはないでしょう」

 アッシュにもライナーにも、この事実は伝えてある。自分がそれほど長くないということ。それでもこの場所で生きたいということ。自分のいなくなった後の今後も。

「それなのにこんな僻地へわざわざ来て、苦労をして、負担ばかり身体にかけて。薬も医療も、マルクトに居たほうが絶対に安定しているのは明白であるのに! 何故あなたは!!!」

 ジェイドが珍しく激高する。昔ならただ畏怖していただろうに、今のディストは怖いと感じなかった。そこにある感情を、正確に読み取れる。彼が何故激昂しているのかがわかる。だから怖くないのだ。

「……もしかして、私のことを心配してくださってるんですか?」

「それ以外の何に聞こえますか!!!」

 声を荒らげるジェイドとは裏腹に、不意にディストの目から涙がぽろりと零れる。それを見て、ジェイドは己の昂ぶりを自覚すると、慌てて気を静めた。

「……ちょっと、面倒くさいから泣かないで下さいよ」

 涙していた事にも気づかずに唖然としていたのか、ディストが反射的に涙を拭う。

「えっ。あ、すみません。何か、嬉しくてつい……」

「アッシュに見つかったら私が殺されるんですからね!?」

 つい声を荒げてしまったが、今のところアッシュが押し入ってくる様子はないようだ。
 ディストは溢れる涙を拭いながら、ゆっくりと語りだす。話すなら、今だ。今しかない。
 ずっと分かり合えなかった友と、最後に、人として、友として、心を乱さず話す機会が来たのだ。

「ジェイド。……昔話でも、しましょうか」

 昔から、なんて全て知っている。そうジェイドは思ったが、一瞬でその思いを振り払った。ディストの口から聞く昔話など初めてだからだ。
 自分が見てきた世界が他人とは違うと、気づけたのはいつ頃だろうか。傲慢な自分は随分と遅かったように思う。
 ディストが見てきたもの、してきたこと、感じてきたこと、それらを全て、自分は知らないのだ。

「そうですね、せっかくなので聞きましょう」

 その言葉にディストは頷くと、香りだけはマシなお茶で口を湿らせて、過去を思い出していくようにゆっくりと語りだした。

「私の生まれた家は、小さな没落した貴族の家系でした。屋敷には居場所がなくて、母の死と引き換えに生まれた私は、親から継いでいない髪と瞳の色を気持ち悪がられて、物心がついた頃からいつも父に殴られてばかりいました。そんな時、私には好きな人ができたんです。否定される事しか知らない私を、唯一肯定してくれた、母のような人でした。他にも私を私だと認めてくれる人が数人できました。私はその人達を好きになりました。私にとって好きな人たちの輪は、気づけば心の大きな支えになっていきました」

 そこまでは大体ジェイドも知っている。ディストの過去、己の過去だ。ただ、生まれた家なんかその時は興味がなかった。ネイス家が没落貴族であることも、後に知ったことだ。幼き日のサフィールが毎回会う度に痣を作っていたことも。でもそんな事、当時の自分は本当に興味がなかった。

「だからそれを失った時、とても辛くて、私は現実へ帰るということを忘れてしまいました。そして好きな人を取り戻そうとしました。そうしたらまた、あの幸せな日々が還ると信じて。そして残った好きな人達に必死に縋ろうとしました。かつて友であったと信じたくて。でもそれも捨て去られて、私は一人で立つこともままならなくて、世界が真っ暗で、何も見えなくなって、もう何でも良いからと背徳の手を握りました」

 その後の失敗も、経過も、進路も、彼を捨てた相手も。彼を利用するために彼を拾った連中も。してきた事も知っている。でもそれでも助けに行こうだなんて思わなかった。関係上、敵対とまではいかないものの、仲良しこよしができる歳ではなくなったのだと自分に言い聞かせて。

「私はその後も『好きだという気持ち』を『愛』だと履き違えて……盲目なまま生きました。そして沢山の罪に手を染めました。許されるかもしれないものも、許されないようなものも、数え切れないくらいあります。でもそうしていないと、自分が壊れそうで怖くて。正しさで救われるものなんてないと自棄になって、少しずつ壊れていきました。勿論罰も受けました。贖いきれてはいないでしょうけど」

 通算すると、ディストがマルクトに投獄されていた時間はそこそこ長い。罪を贖うと言っても、ピオニーの威光もあり直接的な実刑はなく、殆どが投獄生活だった。そんな折に彼が連れ去られるようにして逃げたのだ。

「私は、ただ愛が欲しくて。誰かに愛されたくて。誰かを愛したくて。たったそれだけで良かったのに、何も見えなくて彷徨い続けました。執着して追いかけて、突き放されて、それが理解できなくて、ずっと幼稚なままでした。だって、愛されたいのに愛が何かわからないんじゃ話にもなりませんよね。正しいのは自分だと信じて。間違ってると気づいても、引き返す事もできなくて。だから、死んで良いと思っていたんです。生きている意味なんてなかったから」

 そう、ネビリム先生のレプリカを倒した後、捕縛したディストには生気がなかった。病が一気に悪化したのも丁度あの時期だ。彼が何に執着して、何を求めていたかも全て知っていたのに、自分はまだそれでも手を差し伸べなかった。
 何故なら、もう一人いるではないか、執着する者が。彼は自分の元にずっといればいいのだ。そう思って連れ戻した。けれど、彼に会うことはしなかった。ただ、彼に会ったピオニーが言うのだ。「アイツは変わった」のだと。だが、そんな変化を受け入れがたく、やはり会いに行く勇気がジェイドにはなかった。
 連れ戻す時に見た、あの恐ろしいまで自分の死を受け入れる晴れやかな瞳を、見たくなかったのだ。

「でも、私のことを好きだと言って、危険を冒して助けに来た馬鹿な人がいました。彼を不幸にした元凶は私でもあるのに、そんな事を歯牙にもかけず。一体私のどこが良いのやらさっぱりわからないまま、愛のない私をマルクトから連れ出して、私に無償の愛を与えてくれました」

 アッシュだ。正確にはルークを名乗っている、ルークの記憶を持つアッシュだ。彼を連れ戻しに行った時、丁度彼はいなかった。否、彼が本国に戻っていると聞いたから、連れ戻せると判断して動いたのだ。
 久々に見た彼は自分に動じる事もなく、心穏やかに、ただ悲しそうに笑っていた。

「びっくりしましたよ。世界がこんなに穏やかで、光に包まれていて、優しい風が吹いていて、互いに笑っていられる空間があるということを、生まれて初めて知ったんですから。だから私は、初めて深く後悔しました。初めて懺悔もしました。私に与えられるべき平穏ではないと理解しながらも、その幸せを享受しました。ただ、彼は言うのです。『この幸せは生ける全てのものが享受して良いものなのだ』と」

 ディストはアッシュのその言葉を聞いたその時「その通りだ」と思った。それこそが愛であり、正義なのかもしれない、と。こんなにも胸が暖かくなるものを知り、それを不当に奪っていた己がとても醜く、恥ずべき生き物に思えた。だが、それでも彼は言ったのだ。「俺がお前を愛してやる。だから、今度こそ、お前は幸せになるべきだ」と「罪と罰だらけの人生でも、幸せになってはいけない理由なんてない」のだと。自分を育んだディストという存在を認め、仲間として、そして大切な家族として想っていたのだと。そして二度と、仲間と家族は失いたくないのだと。

「貴方の言うとおり、この身はそう長くは保たないでしょう。だから、マルクトへ連れ戻された時『あの幸せを一度でも享受できた』という幸せと共に死ねるなら、もうそれでいいと思ったんです」

 なるほど、とジェイドは思った。あの時の落ち着いたディストは、幸せに満たされていたのだ。
 愛を知った。だから彼は変わった。昔の幼馴染が驚くくらいに。

「それで、その話をピオニーに?」

「はい。で、結果がこれです」

 ピオニーはディストの罪を知りながらも、彼を愛しながらも、いつでも幸せを願っていた。『幸せ』を履き違えて知らないままの彼に、その思いは届かないままだったが、彼の変わり様を見て納得し、決意したのだろう。このままゆっくりとここで朽ちていくより、彼が望む幸せな最期を掴ませてやりたいと。
 そうして再び脱獄し、雪原へと逃げ延びた彼らは、今こうやって幸せに暮らしている。先の短い未来でも、彼の瞳が希望に輝いているのがジェイドにもわかる。利発的で、実際聡明な彼は今、最高に輝いているのだろう。

「なるほど。それで「もう幸せにしてやれ」ですか……。私も、懺悔するべきなんでしょうね」

 ジェイドとて罪だらけの人生を歩んで来た。人は誰しも何らかの罪を背負うものだと思っているが、その中でも自分と目の前の彼は飛び切り破格の重い罪を背負っているだろう。
 完璧を目指して生きてきたが、そんなものはどこにもなく、結局はこの始末だ。彼の人生を歪めてしまったのも、自分のせいではないと言いきれない。

「聞いてあげましょうか? こう見えて、元聖職者なんですよ、私」

「そうですね。当時から全然見えませんでしたけど」

 あの狂信的なまでに知識や実験に貪欲で、瞳孔の開いた彼の姿を見て、聖職者だと思う者はいなかっただろう。
 だが、それなりに職務はこなして来たようだ。光指す窓を後ろに、優しく両手を差し出し、目を閉じながら促すように彼は問う。

「汝の罪は」

 なるほど、確かにこれなら聖職者だ。仕える神などいないが、今の彼は間違いなく『赦す』者だ。
 ジェイドも目を瞑ると、古い記憶を掘り返す。醜悪な子供時代。知識欲にまみれた青年時代。思えば数々の感情がうごめく。

「自分が優れていると驕ったこと。友を友だと認めなかったこと。禁忌を犯したこと。禁忌を罪と認めず増幅させたこと。知識欲に溺れたこと。そこから誰にも何も言わずに逃げたこと。禁忌を犯し続けた友を見下すだけで一度も止めなかったこと。禁忌の暴発を止められなかったこと。そして最後に、想いを知りつつ愛さなかったこと、でしょうね。お前が私を慕っているなんて、ずっと昔から知っていたことなのに、絶対に私から離れることはないなんて錯覚して、無碍に扱いました。自覚したのはつい最近ですがね」

 彼の前でネビリム先生を失わなければ。
 彼の前でネビリム先生を蘇生させなければ。
 彼と共にフォミクリーの研究などしなければ。
 彼を独り置いてマルクトの軍属にならなければ。
 彼の声に少しでも耳を傾けていれば。
 彼の腕をとって抱きしめてあげられていれば。
 彼の心を見下さずちゃんと愛していると伝えられていれば。
 こんなことには、ならなかったかもしれないのだ。

「幸せになる、幸せにしてやるなんていう概念が、そもそも私になかったんです。完全に私の負けです」

「勝ち負けなんですか?」

「そうです。私にとて、手元に置いておきたかったものくらいあるんですからね」

 どうしていいか分からずとも、目の前の彼をずっと投獄し続けたのは、ピオニーであるが自分も同じだ。ただ手元に置いておきたかった。もう誰の前にも出さないなら、彼は罪を重ねることもなく、最期まで近くに居られる。だが、本人の意向など気にしていなかった。何故ならディストは自分を好きなのだから。
 その傲慢さが、この結果だ。
 愛に気づいたディストは、初めて『人間』になった。そうさせたアッシュの勝ちだ。
 彼は最後までディストが人間になる事を諦めなかった。冷徹なふりをして、実は面倒見が良くて優しいのも。強気なふりをして実は寂しがりや怖がりなのも。怖がりなのに、慄えてでも絶対に引かないところがあることも。本当は誰かのために涙を流せることも。そして幸せそうに笑えることも。彼は全部知っている。
 自分が、ジェイド・カーティスという男が、半分は知りながらも見て見ぬ振りをした部分だ。
 本当は悔しい。手元に戻したい。けれど、もうそれは叶わぬ夢なのだ。悲しむ彼より、輝き笑う彼の方が愛おしいに決まっている。

「ですから、私もあなたを諦めましょう。ピオニーがそうしたように。私では、おまえを縛る事しかできなかった。以上ですよ」

 喋り終わり、変わった味の茶を啜る。なんとも言えないほんのりと広がる苦味が、今は心地よかった。
 ディストはずっと目を瞑っていたのだろう。ゆっくり目を開けると、言葉を選ぶようにして告げる。

「……。ジェイド、私はあなたの事が好きでした。生きている人としては、この世で一番。でも、それでは幸せになれませんでした」

「それを今いいますか」

 そんなこと、言われなくてもわかっている。あれだけ執着されてわからないはずがない。その逆も、見ている者には直ぐにわかっただろう。自分だってディストを、サフィールを愛していた。その愛は歪みきってしまい、幸せにはできなかったが。

「はい。でもジェイド。私、今がとても幸せなんです。これまで罪ばかりを作って罰ばかりを受けて、生きてきた私が幸せだなんて、卑怯なことこの上ないでしょうが。……あと少し、もう少しだけ。私に時間をくださることを赦していただけませんか」

 ディストは願うように、祈るように、真っ直ぐとジェイドを見つめる。そこには、昔のように喧しく騒ぐディストの影はどこにもなかった。子供頃のままの彼でいたなら、無理矢理にでも持ち帰って手中に収めていただろうに。もう彼も、死期を悟るような大人になってしまった。
 それが悲しくもあるが、彼の今後を考えると答えなど一つしかない。

「私に最早、決定権はないのですがね……。ええ、赦しましょう」

 ディストはジェイドに固執した。歪みきった愛ゆえに。
 ジェイドはディストを束縛した。素直になれない愛ゆえに。
 これは両片思いの大失恋だ。それをわざわざ決定付けるためだけに、ここまで来たのだ。愛した者の幸せを見定めるために。これなら、許す他ない。面白くはないがやっと前に進める気分でもあった。

「ありがとうございます。私はこれから、世界への贖罪もこめて、ここで生きて行くつもりです。この生命尽きるまで、サフィール・ワイヨン・ネイス博士の力、存分に見せてやりますから、世界でその報を待っていなさい」

 僅かな時間でここまでの技術を見せつけるディストは、やはり天才なのだろう。多少譜業の力を使っているものもあるが、一部は他のエネルギーや永久機関化されている技術も見受けられた。これが世界に広まれば、人は譜業技術に頼ることなく生きていくことすら可能だ。
 自信満々そうな昔のディストの顔に戻るが、彼がこうなった時の本気は、ジェイドの想像すら越えていることを彼は既に知っている。

「はぁ……確かに、あなたのその智力が失われるのだけは大損失ですね」

 発想の転換と、その技術力。それだけは自分を除いて世界最高峰なのは言うまでもない。更に『人間』になった彼は、人類の未来を導く担い手になれる存在であったのに。本当に人材としては世界的にも大打撃なのだ。
 そう思い、少し不貞腐れていると、ディストが何か思い出したかのように立ち上がった。

「そうだ、これを持ってお行きなさい」

 ディストは棚の工具箱から刃の部分以外が錆びた短刀を取り出すと、己の長い髪を手に取り、その途中から勢い良く薙いだ。切った部分は丁度結び目の上で、綺麗に切られた白髪は地に落ちる事なくディストの手に残る。

「ちょっと、何を……!!!」

「休暇とは言え、名目上は私の始末か捕縛でしょう。これを遺髪として持ち帰れば、面目くらいは保たれましょう。土産に持っていきなさい。あ、レプリカは作らないで下さいよ」

 ディストは適当な袋に包むと、ジェイドに渡す。受け取るか一瞬悩んだが、大人しく貰い受けておくことにした。この辺境生活で多少荒れてはいるが、その白髪は雪のように白くしなやかだ。

「レプリカはもう作りませんよ。子供じゃありませんから、そういう遊びはもう飽きました」

「そうですね、私もです」

 同時に苦い含み笑みが零れる。こんな日が来るとは、思わなかった。
 穏やかに笑うディストは、この歳なのに本当に可愛い。怒っている姿よりよっぽど素敵なのに、どうして手放すときまで気づかなかったのだろう。
 そう自分に問いかけて、答えを出す。自分もまた、愛を知らない子供だったのだ。

「さて、今日は泊まって行くでしょう? 今から出立しては雪原で夜になります。流石にあの兵の数では危険すぎるでしょう。部屋がないため居間で雑魚寝になるでしょうけど、外よりかはマシなはずですし」

 話は終わりだと言うようにディストが短刀を片付ける。まだ話していたい気もしたが、時間的にそろそろ今後の事を考えなくてはならない。

「おや、優しいじゃないですか。てっきり追い出されるものかと思いましたよ」

「この環境で追い出して凍死させるほど鬼じゃありませんよ。昔の私ならしたでしょうけど」

「あー、したでしょうねー」

「貴方だってしたくせに」

「痛み分け、ということにしておきましょう」

 髪を切ったディストが、再び紐を取り出して来て髪を結ぶ。その間、ジェイドは部屋に張り巡らされている技術を興味深く見ていた。断熱材もあるが、各所で使われている機関の排熱を部屋に這わしてあるのだ。この短期間でここまでのものを構築できるとは、流石だと言わざるをえない。

「ちゃんと技術は書物に残しておきますし、公開もしますから、おんぼろ屋敷をそんなマジマジ見ないで下さいよ。恥ずかしい」

「いやー、よく見たら罠もしっかり張ってあるなーっと」

「当然です。戦えない私が丸腰で迎えるはずないでしょう。……さて、私はライナーを手伝って夕餉を作ってきます。貴方はアッシュとも話しておきたいでしょう?」

「はぁ、まあそうですね。今後の事も含めて」

 ディストはさっさと部屋から出ると、階段から兵たちを見張っているアッシュを呼ぶ。

「あ? 話は終わったのかよ」

「はい。今日は皆さんも泊まりです。大丈夫、交渉は成立ですよ」

 嬉しそうに笑うディストを見てアッシュが照れる。だが、声が面白くなさそうなのは、おそらく嫉妬しているからなのだろう。彼としては交渉結果など関係なく、ディストは守り通すつもりだったはずだ。

「そうかよ」

「で、貴方もジェイドと積もる話があるでしょうし、夕食もたくさん作らないといけなくなったので、交代です」

「は? 俺は何もねえよ!」

「ルークの部分が寂しがりますよ」

 おでこをツンと突くディストに、アッシュが喚く。

「寂しくねえし! って、お前、その髪!!!」

 その拍子に垂れ下がってきた髪が、多少短くなっている事に気づく。この程度ならバレないと思っていたのだが、アッシュは思っているよりディストを注意深く見ていたようだ。

「あーあー、私が切って渡したんです大丈夫です。痛いことはされてませんから」

 本当に面白くなさそうに、アッシュが切られたディストの髪を手に取る。そして切られたばかりだとわかり髪先を見て憤慨する。

「ふざけんな! 髪一本あんな奴に渡すなんざ俺が許すわけな……」

「あのー、ちちくりあってるところすみませんが」

 会話を聞きながらも出方を伺っていたジェイドが、笑いを含みながら最悪のタイミングで声をかける。おそらく故意だろう。

「ちちくりあってねぇよ!!! 相変わらずイヤミな眼鏡だな!!!」

「ここ吹き抜けなので、兵士の皆さんに会話筒抜けですよー」

 ジェイドに今にも飛び掛からんとするアッシュを抑えながら、ディストは苦笑する。本人はクールに振る舞っているつもりだが、実のところ程々に嫉妬心が強いことを今更に思い出した。
 そんなアッシュをさらりと無視して、ジェイドがディストに耳打ちする。

「実は、ここへ連れてきた供の兵士は全員私と同じで休暇なんですよ。何でも貴方に一言いいたい人ばかりのようでしてね。命令は絶対ですから捕縛もあり得ると言って付いてこさせましたが、基本的にあなたに悪意のある兵士はいないでしょう。だから彼らの話も聞いてあげて下さい」

「え??? あ、はい」

「だから! ディストに! 近づくな!!!」

「はいはい。では、宜しくお願いしますね~」

 ジェイドはギャンギャンつっかかるアッシュを捕まえながら部屋へ戻っていく。それを見送りながら、ディストは一階へと降りた。




汝の罪は 8へ




思った以上に長引きました。
そう、このあたりが一番書きたかった部分でもあります。
この話はアシュディスをメインにして、ジェイディスが『何故完成されなかったのか』という
ある主のアンチテーゼであるといえます。

私はずっとディストが好きで、まぁ禄でもない奴だなぁとは思ってたわけなんですが
じゃあ彼が普通に幸せを求める善良な人間である(あった)と気づいた者がいて、彼を大切にできる存在が現れたら、その者にジェイドは勝てないのではないか?ということです。

物凄く要約すると「ジェイドの対ディストの扱いが酷すぎる!」です。

だからディストを幸せにする一番の方法を考えて、書いていた話がこの『汝の罪は』になります。
作中にセリフが出てくるのでわかりやすいですねー!
でもそれでもディストはジェイドが好きなんだなって、書いてて思いました。

次回で最後になります。こんな感じで話進み終わりますが、どうか最後までお付き合い下さい。

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