登場人物:アッシュ、ディスト、ライナー、ノエル
CP傾向:アシュディス
制作時期:2018年2月
ディスト、アッシュ共に別人警報が鳴らしてある
ED後200%捏造してあるアッシュ×ディスト
10年近くの間を置いて、まさかの続編です。
その夜は、珍しく賑やかな夜だった。普段は滝の落ちる音しか聞こえない牢屋からでも、遠くの宮殿で行われているらしい皇帝誕生祭の音楽が微かに届く。
そういえば先日ピオニーが来て、近々自分の誕生日なのだと嬉しそうに話して帰ったを思い出した。誕生日などとは無縁な生活を長く続けていた為か、それを聞かされてもあまり実感は沸かないが「お前の誕生日も祝うからな」と言われて、くすぐったくも少し嬉しかった。
遠い喧騒を子守歌に今日はもう寝てしまおう。人を少しでも側に感じられる今ならば、きっと幸せな夢が見れる。二度と会えないであろう、焦がれる赤毛の青年に、せめて夢の中だけでもと、ディストはゆっくりと瞼を閉じた。
だが、その思いは早くも打ち破られた。
上の階が騒がしくなったかと思えば、続いて階段を転げるように急ぎ降りてくる靴音に、横たえていた身体を起こす。
そんなことはあり得ないと、二度と同じことは起こらないと思いながらも、強烈なデジャヴを感じたディストは、月の淡い光の中、牢屋の外を必死に目をこらす。
「ディスト! いるんだろう、ディスト!!!」
扉が強く開け放たれ、燭台を片手に飛び込んできたのは、やはり前にもここに忍び込んできた男だった。
「アッシュ……!!!!」
一度ならず二度までも、本当に信じられないと驚くディストを余所に、アッシュは牢屋まで近づくと、すぐさま鍵を開けた。その手には正規のカギと思われる鍵束が鈍く輝いている。アッシュは数カ所ほど血に濡れているが、本人に怪我はなさそうだ。
「あなた、それ……。誰も殺してないでしょうね」
「当然だ。いいから出ろ、直ぐに脱出する」
アッシュは隠していたらしい短剣を股から引き抜いて、牢に繋がれているディストの足首の鎖を力いっぱい断ち切った。少しばかり刃こぼれしたように見えたが、アッシュはすぐさま鞘へ戻す。
「誕生祭で警備が手薄になっているが、武器の持ち込みが禁止されていたため今はこれしか武器がない。じきに気づかれて人が来る前にここを出るぞ」
ディストは手を取られ、ぐんと引っ張られた。よろけそうになるも、転けないように踏みとどまってついていく。そのまま走ったこともないようなスピードで引っ張られて、その勢いで隣の牢へと入った。
隣の牢はディストの使用している牢屋と同じで、待遇の良いものや王族を閉じ込めておくものだ。アッシュはためらいもなく火の灯っていない壁掛けの燭台に火を灯して強く押しこむ。すると、ガタリとどこかで音がした。アッシュは床に這いつくばると、丹念に床を叩いていく。ある一箇所の音を聞くと、すぐさまその床石を剥がす。そこには人が一人通れるほどの穴があった。中は当然、真っ暗で何も見えない。
おそらくこれは王族用の緊急脱出通路だろう。
「先に行け、俺はできる限り隠してから向かう」
アッシュは内側から牢に鍵をかけると、その鍵を反対側の牢へ勢い良く投げ込んだ。この一瞬でよくも知恵が回るものだと感心する。そのままもたついていたディストを穴へ押し込めると、寝台の影で穴が見えないように再び細工をする。ディストはそれを待とうとも思ったが、邪魔にならないためにも先に降りることにした。
穴には梯子が取り付けられているが、酷く錆びていて心許ない。真っ暗でどこに通じているかもわからないが、脱出のために用意してあるなら行き止まりではないはずだ。恐る恐る降りて行く。ようやく足がついた先は、真なる暗闇だった。何にも見えない。
「ちょっと待ってろ。あまり遠くへ行くなよ」
アッシュも降りてきたのか、懐から一本だけ蝋燭を取り出すと、簡素な燭台に灯す。
そこは細い通路になっていた。壁か崩れないよう最低限の補修はされているが、放置されて長いように見える。道は一本道。
微かに上から人が騒ぐ声が聞こた。直ぐに見つかりはしないだろうが、急ぐに越したことはない。
「追いつかれたら終わりだ。行くぞ」
アッシュは再びディストの手を取ると、蝋燭の火が消えない速度で走り出す。それでも牢生活をしていたディストには速く。足を地に取られないように付いていくのが精一杯だった。
「どうやって、ここを? まさかピオニーが」
「そのとおりだ。奴が協力してくれた。王族専用の隠し通路の一つだそうだ」
「あの人、またそういう事をして……」
「そうでなければ、ここには近づけもしないくらい厳重な警備が敷かれていた。行きは良くても出られなかっただろうな」
地下通路は激しく入り組んでおり、たまに枝分かれもしている。だがアッシュは迷うことなく走り続けた。
「道、わかってるんですか?」
「俺を誰だと思っている。風の吹いている方向くらいまだ読めるぞ。あとお前は黙っていろ、舌を噛んでも知らんからな」
薄暗い世界で手を引かれて、目が回って何がなんだかわからない。ただ言葉も交わしていないというのに、ディストは嬉しかった。
もう一度会えた。願いもしなかった夢のような話だ。アッシュの手は手袋をしているのにとても温かい。二度と触れられないだろうと思っていた手だ。
滝の音が聞こえる。水が轟々と流れる音もだ。外が近い。空気の流れも感じる。
ようやく月明かりを浴びた先、つまり外は大滝の崖の外周だった。殆ど崩れているが、上へ登る階段が続いている。
「お前が先に登れ。落ちたら拾ってやる」
「こ、これは……落ちる予感しかしませんけど」
「いいから行け。先には仲間がいる」
殆ど崖登りに近い作業だが、ディストは必死で這い登った。暫く切られていない長い爪が邪魔で割れたが、そんな事は気にしていられなかった。アッシュの命もかかっているのだ。多少のことで音を上げていられなかった。
登りきるかどうか、その時。爆音が鳴り響いた。ディストは身をかたくする。酷く緊張したが、その後の明るさで何が起きたかを知る。
皇帝誕生祭の花火だ。脱獄犯を出しながらもしっかりと進められていた催しは、とうとうフィナーレを迎えるらしい。その後にも続いて多数の花火が打ち上げられていく。その光を背に受けながら、ディストは崖を登りきった。
「ディスト様! こちらです!!!」
すぐさま林の中からライナーが駆けつけてくる。もう一人、見知らぬ女性。いや、見たことはある……確かルーク一行のアルビオールを操縦していた女性だ。
「急いでください、この花火でエンジンの音をかき消してフライトします!」
「アッシュ様もご無事ですか? お怪我は!?」
「してねえ、さっさと行くぞ!」
流石の身のこなしで軽々と崖を登りきってきたアッシュは、身を隠すように背を低くして林へと入る。そこに隠されていたアルビオールへ一同は一気に乗り込んだ。
「今なら、花火を見ている者のほうが多くて追跡を避けやすいでしょう。ただ、夜空が一時的にでも明るくなるのがネックですが」
「これもピオニー発案だ。今年は花火を多めに、と注文したそうだ」
「皆さん、すぐにベルトで身体を固定してください。出します!!!!」
急発進なのか、がくんと機体が揺れて急に重力加速度が増す。ベルトで固定するのが先か否か、アルビオールは勢い良く夜空へと舞い上がった。
急上昇を続け、ようやく落ち着いた船内で、ようやく深く溜息をついた。何度も死にかけるような思いをしてきたが、今夜の脱走もとびきりデンジャラスだった。
暫くはゆっくりしていても良いという操縦士の言葉を聞いて肩の力を抜いた。そこへ濡れたタオルと水を持ったライナーがディストに近づいてきた。
「ディスト様、本当にご無事で……何よりです!」
「ライナー。よく助けに来てくれました。怖かったでしょうに」
「いえ、取り戻せるかどうか不安の方が大きかったです。取り戻せるなら、怪我の1つや2つくらい……」
ライナーが濡れタオルで埃を丁寧に拭って行く。自分でできるのだが、やりたそうなのでそのままにしておく。その間に手渡された水をゆっくりと飲み込んでいた。
ちなみに、マルクトの牢屋は衛生管理がしっかりしているため、脱獄する前はこんなに汚れて居なかったことを言い添えておく。
「そういうのはまともに剣を握れるようになってから言え」
「えへへ、すみません。アッシュ様もご無事で何よりです!」
「フン」
「私も握れないので心に刺さりますね、その言葉……」
ライナーはアッシュにも水と軽食を渡すと、タオルを洗浄しに下がっていった。
ディストは乾いた喉を潤しながら、狭いアルビオールの中をまじまじと観察する。この中には既に色々な資材が詰め込まれていた。中身を見なければわからないが相当数ある。用意したのはアッシュだろう、きっと必要なものばかりだと安心する。これだけあれば当面は生活できるだろう。
「目的地はあまり遠くない。揺れないうちに着替えておけ」
物資の箱の一つを開けながら、アッシュが何やらかんやらと物を出してくる。携帯食料と飲み物、それと衣服やコート類。かなり分厚いところを見ると行き先は寒冷地だろう。なんとなく目的地を察してディストは苦笑した。本当に因縁のある地だと言わざるを得ない。
そう、降り立った大地は一面の雪景色だった。
ここロニール山脈を超えた地。今や練成飛譜石を積んだアルビオールかロニール雪山を越える事でしか来ることが困難な雪原地帯だ。
音素力が全体的に弱まっては来ているが、まだここに春は遠いようで、昔と同じく酷く吹雪いて荒れている。
「色々考えた末に、ここしか逃げ場はないと思った。まだお前にはつらいか?」
ここで起きた事件の事を話しているのだろう。今のアッシュにはルークとしての記憶があるのだ。この先で行われた過酷な記憶について、忘れたくても忘れることはできない。それを知っている。
「いいえ」
だが、明確にディストは首を横に振る。
確かにディストにとっては因縁深い地でもあるが、もうその呪縛からは解放されたのだ。
本当に欲しかったものは、今はちゃんと“心の中”にある。
「極寒の地でも、貴方がいれば寒くなどありませんよ。それに元々、私は雪国生まれですしね」
用意してあったらしい防寒具を身に着けて行く。マフラーも手袋も耳あても、少し懐かしい気分になった。
いや、あの頃はもっと薄着で走り回っていたか……。動いている限り凍死はしない。あの頃はそれを直感で知っていたし、今よりももっと元気だった。気がする。
「と、言うわけだ。世話になったな、ノエル。俺たちを降ろしたら、帰りも気を抜かずにすぐ戻ってくれ」
今が一日の中で一番風が穏やかなはずだ。如何に練成飛譜石をつけたアルビオールでも、時間を間違えれば危険が伴う。
「ありがとうございます。でも、私にしてもこの子とのラストフライトですから……。精一杯楽しんで帰りますよ」
世界の音素力がどんどん薄れて行く中で、一度のフライトにそれなりの音素力を使う譜業アルビオールは世界的にも使用制限を受けていた。レプリカ製造や他の譜業機関等もそれにより次々に封鎖されていると聞く。
このフライトはピオニー九世陛下が認めた、極秘なれども公式のものだ。そのための燃料が支給されているのだろう。
アルビオールから離れるため、大量の荷を雪の上に落とし、ディスト自身も食料や道具の詰まった鞄を背負うと、ノエルへと話しかける。
「もう会うこともないでしょうが、あなたもお気をつけて」
「はい。本当は音機関研究者の最高峰であられる賢者ネイス博士と、もっとお話ししたかったです」
「おや、光栄ですが、今は元戦犯の……ただの脱獄犯ですよ」
世界を揺るがす発明の一旦を担い、六神将として世界に背く行動を続けてきた。それが預言で読まれていたとしても、自分の意志でそうしたのだ。罪にならないはずがない。
「確かに開発した技術はそうかもしれません。でも技術者にとってはそれだけではないですよ。兵器開発と平和運用は表裏一体です。貴方が残した功績は、譜業技術者にとってどれほど偉大で素晴らしいかくらい、私にもわかるんですから」
「はあ、ありがとうございます。それでも罪は消えません。死ぬまでに少しでも償うつもりではいますが……」
素直に褒められると少しこそばゆい。だが、彼女のためにも、その与えられた称号に恥じぬ生き方を今後はしようと、再び心に誓った。
「はい、良い余生をお送り下さい。安心してくださいね。ここへ来たことは絶対に誰にも喋りませんから」
「いや、気にするな。ここもそのうちバレる。ただ大勢で来られないってだけだ」
「なるほど。……では、どうか御武運を!」
「ああ、じゃあな」
「さようなら!」
再び舞い上がっていくアルビオールを三人で見送る。
今この大雪原にあるのは、三人の命と、背負っている大きな鞄と、生活用品を詰め込んだ資材運搬用の箱が3つほど。引っ越しにしては随分物が少ない。それをこの極寒の地で補って行かなければならないのだ。
だが、その胸には絶望などはなかった。これから自由に歩いていける未来。今はそれがある。
深い雪道は牢生活でへたった足腰には若干過酷だが、食料や道具なしに雪原へ行くわけには行かない。このくらいは我慢しなければならない範疇だろう。戦闘に不得手であるライナーも随分奮闘して荷物と格闘している。
「では、行きましょうか」
「行くって、どこへですか?」
「まずは風雪を凌ぐためにロニール雪山の洞窟が妥当か……」
「いいえ、違いますよ。ここ、どこだかご存知ないのですか?」
「はあ? 何もないにかいては一級品のロニール雪原だろ」
「そうです。ここは元ネイス家領土。つまり元、私の実家の領土です。唯一、私が好きにして良いところだったので、マルクト貴族の末席にネイス家の籍があった時代にラボを置いていた時期がありましてね。これ幸い、そちらに向かいましょう。雪山の洞窟よりかは人間らしく生きられるはずです」
「さ、流石はディスト様!!!」
「お前って、ほんと世界の色んなところに色んな物を残してるんだな」
「まぁ、教団入りまではずっと指名手配みたいなものでしたしね。教団入りしてからは中立ダアトの名を借りて世界にラボを置いてましたけど」
今は多少落ち着いたディストとは言え、過去の所業を聞くと流石に唸ってしまう。信仰心の欠片もない神託の盾第二師団長だとは思っていたが、実際のところは本当に職権乱用のただのマッドサイエンティストだ。
だが長年に渡り、団長として人の上に立ち続けて来たためか、指示の速さや的確さは申し分ない。これが対ジェイドにも発揮できていればと、たまに思わなくもない。
「資材は後日、ソリを作って取りに来ましょう。こんなところ、どうせ誰も来ませんしね」
「まあ、確かにな……」
寒い雪原を歩き出す。吹雪で視界が悪かったが、山脈の薄ぼんやりとした輪郭で大体の位置が把握できるのはありがたい事だった。地の利はこちらにある。よくぞこの広い世界から、この地を選んでくれた。きっとのこの血肉は、この地で生まれ、育ち、そしてこの地へ還るのだ。そんな気すらした。
新しい極寒の地での生活は当初こそ厳しかったが、ディストの発明により飛躍的に向上した。
まず残していたラボには数体のタルロウの原型ともなるべきアシスト譜業機関が複数残っており、彼らを補修するだけで瞬く間に作業が捗った。結果、多くの建築資材の確保に成功した。
元々この地にディストがラボを置いていたのは、雪に閉ざされたこの地では良質な鉱石が採掘できるらしく、譜業機関を作る上で最大の問題である資材確保がしやすかったからだそうだ。ダアトに移った後は遠かったのと、気候的な問題もあり凍結されていたが、ディストが整備してやればどれもすぐに動いた。
ディスト曰く単純な命令しか聞けないため、有事に使えるようなものではないらしいのだが、単純な労働が一番必要な今、とても重宝した。
ラボは最低限の研究をするための施設で、住みやすいとは言えなかったが、雪風を凌げる程度の空間であることはありがたかった。
そんなわけで、彼らの居住すべきコテージは、一月もかからず瞬く間に完成した。
これが譜術技術を持つ天才の力かと、アッシュやライナーはただただ感心するばかりだったが、生活資材が足りていないのは明白で、その後も毎日が物造りの生活だった。
だが、これも悪くはない。日の出とともに起きて、色々なことを語らいながら、笑って、時に嘆いて、怒って、実に様々なものを作って一日を終える。あの懐かしい生活が再びおくれる事を、ただ感謝した。
流石は工作の天才を自称するディストだけあって、物造りに関しての知識は膨大だった。
途中まで木を削っただけの皿やスプーンやコップも、ある日いきなり陶芸教室が始まり、やたらとコップや皿を作って焼きこんだりもした。鍋やフライパンなどといった調理器具も、一体どこから?と不思議に思うくらい簡単に作成している。
アッシュがたまたま仕留めてきた獣を、食用にするため血抜きしていたら、その場にディストが居合わせて卒倒したりもあった。
ライナーがしつこく飲める茶葉の選別をしたり、自然にあるものから必死に糸を紡ぎ織物をしていたり、如何に柔らかなベッドを作り出すかで苦心していたり。簡素な生活が少しずつ潤っていく感覚は悪くなかった。
大切な話も沢山した。今後について。何かあった時の待遇だ。
今は夢の時間だけれども、いずれそれは必ず終わる。その時に、彼らが前を向いて歩いて行けるように、ディストはたくさんのものを残そうとした。
終わりを考えるのは辛い。けれども、この毎日……一日一日を紡ぐ作業がより尊いものに感じる。若い頃はそんな事を考えたことすらなかったのに。
愛しい日々が少しでも長く続きますように。
そう祈りながら、ディストは今日も復讐ではない日記を書き出した。
汝の罪は 7へ
休職ついでに未完成品を完成させる一環として、ずっと書きたいと思っていたシリアスED後捏造の続きです。
かなり前に望んでくれた方もいるのですが、もう届かないかな?
今回はアッシュによる救出劇。
本当に言わせたかったのは前作のピオニーに「もう一度サフィールを攫ってくれ」のくだりだったので、なかなか手が伸びず……。
でも本当に書きたかったのはこれの続き、逃亡後の話になります。
ほぼ書き終わりなんですけど、オチあたりはどうしても手が遅くなってしまって。
近々あげますのでお待ち下さい。
今更ながらにですが、これでやっと私はディストを幸せにしてやることができるので、早く満足いくラストまで駆け抜けたいです。
うおお~~~~!!!!
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