登場人物:シェゾ レムレス
CP傾向:シェレム
備考:二年前くらいに書いてたバレンタイン話
乾いた冷たい風が吹き荒ぶ日、レムレスはシェゾと並んで街を歩いていた。この商店街は繁華街と言うほど賑やかではないが、暖かな活気に包まれている。そんな中を二人は並んで歩いていた。
「ねえシェゾ、今日が何の日か知ってる?」
そんなレムレスの問いにシェゾは少しだけムッとすると、顔を逸らしながら呟く。
「あの寒気を催す甘ったるい街の飾り付けを何日も見させられたら流石に覚えるぞ」
「あはは、そうかもね。ってわけで、はい! ハッピーバレンタイン!!」
レムレスは器用に買い物袋の中から一つの箱を取り出すと、シェゾの前に差し出した。優しいラヴェンダー色に濃いピンクのラッピングが施してあるそれは、まさにこの時期に男子が欲しいものナンバーワンのあれだろう。
「お前も乗ったクチかよ」
そう言いながらも受け取ると、気恥ずかしそうに自前の買い物袋にしまい込む。
「この僕が乗らない方がおかしいでしょう?」
「確かにな」
考えてみるとそれもそうだ。甘いお菓子が大好きで、更にそれを他人にあげることが大好きなこの恋人が、まあこのイベントをスルーするはずはなかった。
「いいよね。バレンタインって。この日だけは女の子になりたいって、毎年思ったものさ」
うっとりとレムレスが過去を想い返す。どれだけ他人に甘いものを押し付けたいんだこいつは……と心の隅でシェゾはツッコミながらも、ふと湧いた疑問を口にした。
「元は男女関係なく親しい奴にプレゼントする日なんじゃないのか?」
だったら女子になる必要はない。勿論、男性としてはこの日にたくさんプレゼントが欲しいものなのだろうが。例え義理でも。
「そうだけど。やっぱり女の子には特別な日なんだよ」
「そういうものか」
「そういうものだよ。チョコに想いを込めて好きな人に届けるんだ。とってもステキじゃないか」
バレンタインに目を輝かせている男子を目の前にするも、いまいちピンと来ない。バレンタインにチョコが貰えるだの貰えないだので騒ぐ輩もいるが、シェゾには縁のない話だった。と言うか、恋人に貰えてしまうと他に何を望むというのだ?と云うところである。
「別にこの日でなくともいつだってできるだろ」
好きなものを手に入れるのに躊躇するなど、シェゾには考えられなかった。好きなら好きと言えばいいのだ。その日でなくていいし、プレゼントもあってもなくても、なんだっていいじゃないか。特別な日まで待っていたら、欲しいものを逃してしまうかもしれない。
「『特別な日』というものに、勢いを借りるんだよ」
こいつ、女の気持ちでもわかるのか? と思うくらい、レムレスはさらりと答える。女の気持ちがわかる男はモテるらしい。確かにレムレスは様々な人に好かれているのは知っている。男女問わずだ。
そう思い至ってシェゾは少し面白くなくなった。
「義理チョコとか友チョコはどうなるんだ。それにお前が普段してることとどう違う?」
「それを言われるとツラいなぁ……うーん、やっぱりいくら義理チョコとか友チョコって言っても、女の子にもらった方が嬉しいんじゃないかなーって思うんだけど、どうかな」
女に貰うも何も、現に今男から貰って……
「ちょっと待て、今普通に嬉しい俺はどうなるんだ!?」
「え? ……あ、ありがとう?」
例え世の中の全ての女性に貰うより、今貰ったものの方が嬉しいだろう。きっと中身は自分の好みに合わせたお菓子だ。
「ふ、フンッ」
嬉しそうにお礼を言われ、思わず顔を背ける。
「ふふふふ、そう言ってもらえると嬉しいねえ。女の子じゃなくても、これからバレンタインをもっと楽しめそうだ」
にこにことレムレスが笑う。こいつとて、きっとこうやって誰かに想いを届けるのは初めてなのだろう。
「……本命だろうな、コレ」
「もっちろんだよ~」
「義理とか言って他に誰にもやってないだろうな」
「えーと……」
「レムレス!」
じっと顔を睨みつける。
「ごめんよ、そんな怖い顔しないで。本当は君の為にもっと色々作ってたんだけどね。クッキーとかケーキとかマシュマロとかプディングとかフィナンシェとかタルトとか。あ、キャンディも作ったっけ……」
「聞いてるだけで胸焼けがする」
「そういうかなって思って、一番出来の良かったショコラ以外は配っちゃった。ごめんね」
手を合わせて必死に謝る姿を見て、溜飲を下げる。この程度の嫉妬で怒っていたら、博愛者の相手など到底務まらない。
「……まぁ、いいか」
本命など貰ったこともないバレンタインデー。楽しいどころか大して意識したことすらなかった日だが、なるほどこれからはそこそこ楽しめそうだ。
「そうだ、あれはくれないのか?」
「あれ? ってなあに???」
「よくあるだろ。その……ほら、自分をあ・げ・るってやつだ」
レムレスがぽかんとする。我ながらも確かに今のは気持ち悪かった。いやきっとこいつが言ったらかわいいに決まっている。
「え……と、言われても」
ま、ないか。夢破れたり。
「チッ、つまらん!」
舌打ちする自分を見て、レムレスは苦笑する。
「僕は既に君のものだと思うんだけど……少なくとも僕はそのつもりだったんだけど。違ったかな」
「!!?!?」
「もうあげているものを、今更またあげると言うのは……」
「レムレス!!!……家に帰るぞ!!!」
腕を掴んで引っぱると、少しよろけながらもレムレスはついて来る。
「え、あ、うん? 僕も?」
「当然だ!」
「だったらキッチン借りていいかな、あきらめざるを得なかったケーキ焼きたいなあ」
「いくらでも焼いていいから帰るぞ!」
「はーい」
聖人だのなんだのはどうでもいいが、この流れは悪く無い。むしろ大歓迎だ。
そうだ、今夜はとびきり、甘い夜にしよう。
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