【登場する人】
高友乾、紂王、妲己、喜媚
【CP】
紂王✕高友乾
【備考】
『水は方円の器に随う』の続きです。まだ日常。
段々と雲行きが怪しくなる予定なのでお気をつけください。
あれから幾日かが過ぎた。
高友乾が参内するようになってからというもの城内に怒号が止まない日はなかったが、自堕落な妲己と紂王との間に挟まる存在ができたためか紂王の政治手腕が程々に発揮され、国は少しだけ良い方向へと進んだ。
今日も今日とていつもの日常。そう、ボケとツッコミと怒号が飛び交う一日が始まる。
王の執務室には何故か妲己専用ソファーが置かれており、事あるごとに妲己が茶々をいれてくる。妲己の妹も然りだ。
その度に紂王の手が止まり、それを阻止するのが高友乾の専らの仕事だった。その手には聞仲から預かってきたハリセンが握られており、振るわれる度に爽快な音が王宮に響く。
当然、それは目的外労働なのだが、高友乾の気性的に目の前に自堕落な王がいるというのは腹が立つのだ。
「手が止まってるぞ!」
「か、考え事をしていただけではないか」
「嘘つけ! ぼけーっとしてるだけだろうが!」
ハリセンが唸り小気味の良い音が宮中に響く。今日何度目なのかは数える気にもならない。
「仕事が溜まってんだぞ、三日三晩くらい寝ずに働け」
「それでは予が死んでしまう」
「そうよ、友乾ちゃん♡ 紂王さまには三食と朝と昼のおやつに昼寝の時間と、わらわとイチャイチャする時間も必要なのよん♡」
「うるさい! お前は邪魔だから姉妹でピクニックにでも行ってこい! そして二度と帰ってくるな!!!」
「やーん♡ ひどーい♡」
「そうだぞ高友乾。美しいものがなくなってしまっても予は死滅する!」
「ならいっそ死ね!」
高友乾の辞書に甘やかすという文字はない。そもそもお目付け役として側にいるにすぎない。「きっと聞仲様がいても同じことをするだろう」という事を考えて行動する。
妲己は初日と変わらず不気味な関係が続いていた。敵対関係にあるが攻撃することは互いになく、日々喧嘩ばかりしている。両方に面目があるため直接的な攻撃はできない。高友乾は殷の王后である妲己を勝手に排斥することはできないし、妲己とて紂王が置くと決めた仙人を権力で排する事ができないのだ。
「カルシウムが足りなさすぎるわん、高友乾ちゃん」
「お前の脳が糖で溶けてるだけだろ、この女狐と愚王め」
「すごーい☆ ここまで姉さまを形無しに言えるヒトは宮中にいないりッ☆」
「えーい! お前は菓子を食べ散らかすな! ここは執務室だぞわかってるのか!?」
「友乾ちゃんも喜媚とあっそぼー☆ かわいい服着てきらきらのお菓子を食べて一緒にハピハピロリータになりッ☆」
「誰が着るか! って、猫耳つけんな! はーなーれーろー!!!」
「おお、なかなか面白いぞ高友乾」
「見てないで仕事しろ!!!」
「あ、ッハイ」
「おい妲己、お前の妹なんとかしろ、言葉が通じん、人外かよ」
「それは友乾ちゃんと喜媚だと住んでいる世界が違うからよん♡」
「じゃあやっぱり別次元に帰れ」
「えー☆ やだやだっ☆ つまんなーい☆」
「なんて面倒くさい奴らなんだ。お前が首切って辞めさせなくても人員不足になるわけだ」
「ヒトなんていなくとも世界は回るのよ~ん♡」
「流石に人間界に関係のない俺でもそのセリフはどうかと思うぞ」
と、このようなノリツッコミで日々は続く。
目の届く範囲であれば妲己は主だった悪さはせず。休憩という名の怠惰を大幅に挟みながらも日々を越えていく。時には真面目に政務に励む日もあれば、鍛錬に打ち込む日もあり、宴で丸一日潰す日もあれば騒動に巻き込まれる日もあった。
思えば人間界で日々を送るということは初めてなのだと気づく。四聖は金鰲の九竜島から出ることが多くはなかったからだ。四人で過ごす鍛錬の日々は安定していた。どうせ人間界の戦争などすぐに終わる。仙界を巻き込んだものであっても、長く時を生きる仙人にすればさしたる長さではないだろう。
束の間の平穏を享受する。その事に少しばかりの安堵を得ていた。
忽然と妲己が消えた。
まるで存在そのものが消えたように姿を消したのには驚いた。配下の仙妖や妖怪も含めて綺麗さっぱりと消えた。しかも仙人以外は存在そのものすら覚えていないとまで来た。暗に出て行けとは言っていたが、本当に行使されるとは思っていなかった。
これは姿を消したのではない。傾世元禳の魅了の術の一種だ。都合の良い情報を鵜呑みにさせる強制的な記憶改ざんだ。
四聖や張奎は彼女の意図を論じあったが、結局のところ考えは全く読めなかった。
更に、仙界大戦が始まるという中、四聖は殷で居残ることとなった。
妲己と聞仲は対立しているにせよ、殷に金鰲島がついている事実に変わりはない。
だが、殷をまともに守れるかどうかと言われたら不安が残る状況だった。何より妲己が荒らしていった国政は混迷を極めている。妲己がいない今、紂王を守っていた仙妖たちも消えた。身辺警護を兼ねて王都に四聖を、メンチ城に張奎が残れと言われたならば命に従うしかない。
仙界が動く空を感じならが、不穏な空気を飲み込む。
今日は黄砂の少ない清々しく晴れた空なのに、言い逃れぬ不安に心がざわめいた。
大丈夫だ。あれは勝ち戦だ。金鰲島が、聞仲様が、万が一にも負けるはずがない。
「どうしたのだ、今日は元気がないではないか」
熱心に仕事に励んでいた紂王から声がかかる。その声で遠くを見ていたことに、高友乾は気がついた。
「何でもない」
「何でもなくはないだろう。まぁ、予は憂えている顔も好きだが」
「…………。お前、好色なのは元からなんだな」
「元から? 予は生来、美しいものなら何でも好むぞ」
顔へと伸びてきた手をとりあえず叩き落とす。
たまに飛んでくる甘い言葉は妲己の魅了の術の影響ではなかったことを思い知る。
自分の顔はおそらく整っている方だという自覚はあるが、どうも好色な男に言われても嬉しくはなかった。会った時の第一印象が第一印象だ。最悪だったのは自覚している。
「俺は問題ない。仕事に戻れ」
「ふむ。是非も無し、か」
妲己の魅了の術が消えた紂王の能力は非常に高い。三日もたたず、溜まっていた仕事を片付けてしまった。まだまだ課題は山のように残っているが、このペースでいけば一年もあれば周の件など歯牙にもかけない国力に戻るはずだ。
流石は聞仲様が全てを注いで育て上げられた王と云うべきだろう。
そして聞仲が戻った時、この国は真なる姿を取り戻すことができるはずだ。
「遠征に出た聞仲のことであれば問題ないぞ。じきに戻ってくる。まあ、寂しければいつでも予の元へ来るが良い」
「戯言を吐いてないでさっさと手を動かせ」
心配事を言い当てられたようで焦燥が生まれる。
それを隠すように書簡を束ねると、大量に腕に抱え持つ。国政に携わるわけにもいかず、自分にできる仕事はせいぜい整理や運搬程度だ。
それでもいないよりかは良いのかもしれない。妲己が消えた後、この王の近くはあまりにも静か過ぎた。寂しくなったとも言えるだろう。有能な臣下たちに鞭を打ち、退けたのは妲己だ。この男は悪くない。
「ははは、そうだな。帰還した時に怒られないようにしておかねばな」
「雑用くらいならしてやる。せいぜい頑張るといい」
その時までに出来る限りの事をする。必ず守りきる。それが約束だ。
口では適当にあしらっているが、そろそろ休息も必要だろうかと思案する。これを各部署へ届けたら休憩の用意でもしよう。そう考えながら高友乾は執務室を後にした。
まさかで続いた紂王と高友乾のお話し。
原作にはまずこの時間軸がないので全部妄想です。
しかし原作軸は通るので……この後はお察しですね。
次作には注意書きもありますが、苦手な方は気をつけてください。
次回→『
貪欲なる害毒の渦』
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