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師と弟子の羅針(申公豹×老子)

【登場する人】
太上老君、申公豹、黒点虎

【CP】
申老

【備考】
EDその後で、前の話との関連はないです。










 それは少し汗ばむ陽気の日のことだった。
 申公豹は退屈しのぎを探しながら黒点虎と共に蓬莱の空をゆらゆら飛んでいた。毎日退屈で洩れる欠伸すら噛み殺せそうにないくらいに暇だ。
 そんなのどかで平和な空の上で、申公豹はふと背筋を立てて前のめりになった。
 今、一瞬だけ師の気配に違和感を感じた。束の間の揺らぎのようなそれは、一見何もないようにも思える。ここから見える景色にも何も異変はない。
 だがもし老子に関する異変であれば、何であれ知っておきたかった。

「黒点虎、老子に会いに行きます」

「え~? 今から」

「そうです、今すぐにです!」

 意気込んでいる申公豹を見上げて、何を言っても無駄だと悟った黒点虎は思わず耳を下げる。

「よ、よくわかんないけど、わかったよ」

 黒点虎はすぐさま軌道を変えると、風よりも速く蓬莱の空を駆け飛んだ。



 申公豹の師である太上老君。その老子が現在住んでいるのは深い森の奥だった。蓬莱の広い土地の中に森は幾つかあるが、この森には普通の仙人も妖怪も住んではいない。
 そう、この森の別名は『迷いの森』。仰々しい名前がついているわりに、一度入ったら出てこれないなどという不穏な事は一切なく、その逆である。並以下の仙人や妖怪であれば直ぐに外に出てきてしまう。言わば入れずの『迷いの森』なのである。
 勿論、その犯人は森の居住者である太上老君だ。
 彼は「人と会いたくない」「騒がしいのはいや」というワガママを自分の所有している宝貝で体現した。
 つまり、この迷いの森の正体は老子の傾世元禳の力を元に、張り巡らされている思考介入型防御結界術なのである。思考できるレベルの意思のある者が立ち入ろうとすると、幻惑にかかり方向感覚が狂わされ、強制的に外に排出されるのだ。

 それが今、極度に弱まっている。それに気がついた申公豹はいち早く飛んできたというわけだ。
 実のところ、並以上の仙人であればこの幻惑は通じない。申公豹とて老子に会おうと思えばいつでも森へ入ることができる。
 だが、霊獣である黒点虎は惑わされるらしく、その千里眼を持ってしても森の中は霞んで見えるそうだ。最強の霊獣に近い黒点虎だが、その強さは千里眼にかかるところが大きい。その彼が苦手とするのだ、殆どの仙人や道士は立ち入ることすらできないだろう。共に入ることはできなくはないが、ひどく酔うらしく、故に普段はあまり訪れてはいなかった。


 案の定、森へ入りたがらない黒点虎を森の前に待機させて、申公豹はそっと森の中へと進む。思った通り薄まった幻惑に何ら阻害されることなく、さくさくと奥に進めた。
 ここは元より明るい森だ。人の手が入っていない分、歩みづらいが、樹木の間から零れる光は幻想的で美しかった。獣や野鳥たちは幻惑の干渉を受けておらず、獣道もあるし、鳥たちのさえずりにとても優しい印象を受ける。
 老子の気配を探りながら、奥へ奥へと進む。やっと視界が開け、光の溢れる場所に出た。

 そこは泉……いや、小川のほとりなのだろうか。そこで師は、一糸まとわぬ姿で水浴びをしていた。珍しい事もあるものだ。彼の弟子になって幾数年、彼が人らしい言動をしているところをあまり見た記憶がない。
 思わず申公豹はその美しさに目を奪われ、息を飲んだ。
 澄んだ水面に光が反射し、青々とした木々が煌めきながら優しき風とともにそよぐ。
 しかし、この場所にある何よりも老子が美しいと申公豹は感じた。
 水に濡れた白い肌、宝石のように輝く碧の髪、そして全知全能であるかのように煌めく黄金の瞳。そして彼を取り巻く、神域に達した仙人にしか纏うことの許されぬ美しき清廉なる空気。
 これぞ究極の美だ。
 申公豹は声をかけることすら躊躇い魅入っていた。この美しさを阻害することは誰であっても許されぬだろう。そう思ったのだ。
 老子は申公豹に気がついているのかいないのかは不明だが、体の汗や埃を払い終えたのか、ざぶざぶと浅瀬へとあがってくる。
 細やかな身体、伸ばされる腕は硝子細工のようで、滴る水滴すら宝石のようだ。
 そんな彼は、岸の枝にかけてあった布を引き寄せると、その真っ白の大きな布を身体に被せる。
 その滑やかで汚れ一つない上質の絹のような布は一見小さく薄く見えたが、老子の手に摘まれると、輝くように大きく華やいだ。
 そこで魅入っていた申公豹はようやく現実に引き戻されたというわけだ。

「ちょっっっっとお待ちなさい!!!!!!」

 申公豹は瞬時に理解してしまった。思わず身を乗り出して隠れていた低木から這い出る。先程まで誰しも侵してはならないと思っていた領域も何のその、老子に向かって真っ直ぐとずかずか詰め寄る。

「いきなり大きな声をたてて、どうしたの。申公豹」

 やはり居ることには気がついていたのだろう。老子は申公豹を見ることなく布で体を拭いながら応える。
 しかし、拭くのがすぐに面倒くさくなったのか、布をふわりと肩からかけると、いつもの表情の乏しい顔を申公豹へと向けた。

「いや、あなた! その、バスタオルにしている布。傾世元禳じゃないですか!!?」

「そうだよ」

「アアアアアアアアア!!!」

 思わず叫び声もあげたくなる。
 傾世元禳。妲己が長年使用していたスーパー宝貝の一つだ。主な能力は誘惑や幻惑による意識操作や介入、改ざんであるが、本体の防御力や浮遊能力も高い。更に空間移転すらも可能とさせる、攻撃面を除けば万能に近い最強の防御宝貝だ。
 当然、並みの仙人では数分持ち続けるだけでも死に至るほど高い仙力が要求され、かの戦いの末に老子が所有している。それ相応の力がないと御す事すら不可能な宝貝だが、今の仙人界は無欲な老子にそのまま預けておくことを素直に選んだのだ。
 しかし、これはスーパー宝貝である。もともと宝貝には意思が宿っている。レベルが高ければ高いほど御しにくく相手を選ぶ。
 傾世元禳はその頂点にも立てるべき宝貝だ。
 そのスーパー宝貝が、まさかのバスタオル扱い。流石にそれはない。なさすぎる。

「あんまりにもあんまりじゃないですか!? スーパー宝貝になんという仕打ちを!!!」

 老子に巻かれた傾世元禳は、悲しいくらいにバスタオルにしか見えない。

「いや、でもこの子、別に嫌がってないし。良いかなって」

「……」

 確かに、反応を見ていても特に反発している感じはない。それどころか布面積を増やして老子の体を労っているようにも感じる。
 だが、それを確認しようとした時、ふと布の間から見える白い肌に目がいってしまった。

「って、危ないではないですかっ!」

 これは危険だ。見えてしまう。いや、何がどうと言うことはないのだが。
 慌てて老子の前の部分を傾世元禳で隠して包む。

「何が危ないの」

「見えます!」

 老子は隠すことなく神妙な顔をする。

「別に君くらいしかいないのだからどうでも良いと思うんだけど」

「良くありません!」

 先ほどは堂々と水浴びを覗き見していたので今更かもしれないが、遠くから観る絵画と触れられる柔肌では話が違うのだ。

「さあ、とりあえずちゃんと体を拭いてください」

「え、もうめんどくさい」

「駄目です! まだ髪から水滴が落ちているではありませんか。ほら、貸しなさい」

 ここまで来たのであれば致し方ない。申公豹は肩の傾世元禳を少しだけ持ち上げると、水の滴る老子を髪を丁寧に拭き始める。元々怠惰な師匠は、その点に関しては文句がないようで、大人しく一任してくれるようだ。

「水浴びしていたから、術が弱まっていたんですね。何事かと驚きましたよ」

「宝貝から離れていたのなんて一瞬だから、それに気づける者なんていないだろうし。良いかなって」

「私は気がつきましたが?」

「君くらいだよ」

 彼は飄々と言うが、その一瞬でも気付く者はいる。自分のように。まったく、それで誰か悪漢にでも見つかったらどうするつもりなのだ。
 ――まあ、返り討ちだろうが。
 ひとまず水滴が落ちないくらいまで髪を拭き終えると、傾世元禳を丁寧に前で重ねて留める。

「で、服はどうされたんですか?」

「全部洗濯して干した」

「替えは……」

「あるわけないじゃない。だって、この子がいればいいでしょう? あとは乾くまでまで日向で昼寝でもしてるから」

「……確かに傾世元禳は防御宝貝としても優秀ではありますけど」

 適当すぎやしないか。という言葉はあえて飲み込んでおいた。いや、もともと師の性格はこうであると知っている。知っていて突っ込まざるをえない。

「あっちに陽のよく当たる場所があるよ。君もどうせ暇なんでしょう。ついておいで」

「はあ……。とりあえず、寒くなったら言ってくださいね」

 自分の外套は肩掛けくらいにはなるだろうか。そもそも、この超高位の仙人に寒さなど通じるわけもないかと考えながら、老子へと続いた。







 そこは一面、花畑だった。花の種類はわからないが、太陽光がよくあたる場所で群生するようだ。
 周囲に光を遮る木々はなく、温かい風が華やかな香りを運んでくる。
 老子はその一角の、比較的花が少ない芝生に座りこむと、早速ウトウトし始めた。

「ほら、君もおいで」

 隣をポンポンと叩かれたので、絵面的にそれもどうかと思いつつも並んで座った。弟子であった時でさえ隣に座ったことなどない。
 とりあえず、間違っても対面などに座ってはならない。童貞でもあるまいし、若い村娘に恋をするような人間という年齢でもないのだが、何となく、危険を感じた。何故なら師は布一枚なのだ。これは驚異だ。
 自分は師に固執している。それはきっと最初の語り合い手でも、師であったからでもない。別の理由だ。それが何かは分からない。

「どうだい。世界は」

 どうせそんなものに興味はないくせに、老子は話しかけてくる。

「どういう意味です」

「君にとって、楽しいかい」

 師はこう見えて師である。
 仙人としては金鰲島より申公豹ではあるが、彼はあくまで太上老君の弟子だった。どこの派閥にも属していない彼は、仙人の位などもらう事もなく、また師と弟子の関係を断ち切ることなくここまで来ていた。そこに意味はない。ないはずだ。意味がないからしない。ただそれだけ。

「楽しいと言えばそうなのかもしれません。ですけど、ライバルに定めた男が全然私の前に姿を表さず、いささか不満がありますね」

「太公望か。君は大変な相手をライバルに据えてしまったね。いや、見る目があったとも言えるのかな? 今の彼を捕まえるのも、倒すのも相当難しいよ」

「知ってます。貴方が太極図を与えてしまったから余計にですよ」

「最強を名乗る仙人が……大変だね」

 むくれる申公豹に老子が微笑して返す。何も大変とは思っていない顔だ。純粋に申公豹をからかって喜んでいるのだ。
 ただ、彼はそういう外の世界での出来事は、あまり興味がないらしい。

「そうですよ。最強であること、それが私の美学なのに。ああ、あと、太極図をもう持っていないというのに、貴方にも勝てる気もしませんし」

 誰だ、彼に傾世元禳を与えた人物は。――自分だ。あの時はあれが一番効果的でかつ面白い展開になると思ったのだ。結果は今の通り。

「私はただの世捨て人。私に戦う力はないし、戦う意思もないし、戦う能力もないよ。君が負ける要素なんて一つもないのに、おかしなことを言うね」

「それでも、勝てる気はしません」

「安心していいよ。既に君は私より強い」

「それは貴方が戦ってくださらないからでしょう?」

 傾世元禳は強い。使い方次第で世界を変革できる力すらある。それはただの純粋な破壊力ではなく、文明や歴史すら左右させるものだ。一国の歴史どころか、世界すらも操作できる。
 その力がこの俗世に無欲な彼に渡って、仙人界も人間界も僥倖であったと言えるだろう。
 ただ、試してみたい。その防御力。空間転移術。己のパワーとどちらが勝るのか。
 しかしその夢は叶わない。叶うことはない。師に理由もなく武器を突きつけるほど狂っているつもりはないし、何より老子は戦わない。故に最強なのだ。どうせ純粋に戦いを挑んだところで逃げられるのがオチだ。
 だが、そんな事を思考する申公豹を横で見ていた老子は、ひとつ意外すぎる提案をした。

「なら、一度試してみるかい?」

「は? 何を……」

 そこからは一瞬だった。
 綺麗に、何の前触れもなしに意識が飛んだ。さっきまで何か思考していたはずなのに、そんなものは全て吹き飛んで……


「申公豹、もういいよ」

 老子のいつもの落ち着いた声に、ハッと意識の覚醒を確かめる。
 申公豹は、老子を組み敷いていた。近すぎる顔に焦燥を覚える。もう少しで唇が重なりそうな距離だった。
 その腕脚は完全に老子の腕の自由を奪い、花畑の中へ縫い付けている。体の重さを考えても、老子に抜け出す術はないだろう。

「ほらね、私が君に適う事はもう」

「いいえ、負けです」

「……」

「私の負けです。完全なる私の負けです。貴方が自ら術を解かなければ、私は貴方を襲っていました」

 そう、申公豹は老子の放った傾世元禳の魅了の術に完全にかかっていた。
 かつて妲己のフルパワーの魅了に、至近距離からでも全くかからなかったと言うのに、恐ろしいまでに一瞬で落ちた。
 完全に想定外だった。傾世元禳を恐れる部分は高い防御力、空間転移、そして操られた『他の者』からの攻撃、補佐、防衛、数による破壊力であったはずだ。本来の力に屈するなど、有り得ない。

「完全に術中でしたよ。妲己のものには一度たりとも掛かった事のないこの私が」

 妲己とて、あのとてつもない魅了の術を完成させるために、果てしなく長く苦しい功夫を積んできたはずである。その域を軽く凌駕した魅了は、完全に申公豹の心を折った。
 まだ適わない。届かない。まともに武力で勝負をしても勝てる気すらしない。

「そう。他では全て、君の方が勝っていると私は思うんだけれどね」

 縫い止められた腕は微塵も動かない。ここがもし戦場ならば、確かに完全に申公豹の勝利だ。

「……しかし! もしこのまま私が踏みとどまらずに手を出していたらどうする気だったんですか!? 貴方は犯されていたんですよ!?」

 布一枚の美青年の自由を奪い、覆いかぶさっているのだ。端から見たら完全にアウトだろう。
 そんな状況に自らしたことに申公豹は腹がたつ。

「私は君がそうしたいのなら別に構わないけれど……。でも君はそんなこと望んでいないでしょう」

「そうです」

 試されたのだ。
 体を手に入れるだけなら、抱いてしまうだけなら、いつでもできる。だがそうすると、二度と戻らない何かがある。それは無くしたくないし、それは己の望みではなかった。
 それを漠然と老子も知っている。

 申公豹は老子の事が好きだ。だがそれは恋ではないと思う。愛なのかと問われたら、おそらくは愛なのだろうと返すが、それが何かはわからなかった。愛は無数にありすぎる。存在も、選択も、未来も。
 美しい神のような仙人を前に、据え膳にしては酷すぎるが、これはこれで申公豹の美学なのだ。
 手が届くのならば、体だけではない、想いも、命も、時間も、全てでなければならない。
 だが、うつろいゆく人とは違い、仙人のうつろわざる者だ。その寿命は果てしなく長い。
 それらの想いが通じて、もし手に届いても、それを留めておけるだけのものがあるのだろうか。
 飽きっぽいことに自覚がある申公豹だが、飽きるのだけは嫌だ。例えこの世の全てに飽きても、師に対してだけは飽きたくない。そう、だから答えは出ない。時間だけは山のようにある。
 申公豹は老子の束縛をあっさりと解くと、そのまま立ち上がって歩き出した。

「また、来ます」

 後ろは振り返らない。どうせ傾世元禳すらまともに羽織っていない、無防備で美しい師がいるのだ。

「うん、いつでもおいで。そうそう、次は黒ちゃんも連れておいでよ」

 師は優しく笑っている。それが声からわかる。からかっているわけではない。心の底から、いつでも歓迎してくれるのだ。
 この想いに名前がつくまで。そしてその処理を、伝達を、未来を正しく見据えられるまで、この戦いは続く。





 彼が去った後、そのまま花畑に転がっていた老子は、ひらひらと舞う蝶々を眺めながらぼんやりしていた。
 眠気が強い。睡魔に負けるのはもうすぐだろう。
 しかし、自分に覆い被さって、柄にもなく悔しさを隠そうともしない申公豹の顔を思い出して、少しだけ苦笑する。申し訳ないことをした。

「彼は気付いているのかな……」

 本来、彼の実力であれば、彼に魅了の術などかからない。
 そう、自分の魅了の術にかかる高位の仙人など、彼しかいないのだ。
 なら何故、彼は自分の魅了にかかってしまうのか。それは、好きだからだ。
 その想いを計りあぐねているのか手を出して来ない事も知っている。
 だから、申し訳ないことをした。卑怯すぎただろうか。

 愛は、愛だ。それに差などない。瞬時に鎮火されようと、永遠に燃え続けても、それが愛ならば。
 だからいつでも良いように受け入れてあげられるのに。

「齢五千を越える思春期の弟子は難しいなあ。……ま、それもそうか。前例がないものね」

 太上老君は傾世元禳に再び包まると、光注ぐ花畑の中で目を瞑った。





 老子から離れた後、申公豹はすぐさま森を出ることができた。
 既に老子の思考介入型防御結界術が発動しているのだろう。迷わない森は噂の通りに申公豹を排出する。抗うこともできたが、意味がないので素直に外に出た。
 強い日差しが照りつける。やはり、今日は暑い。森の中では暖かいくらいの陽気であったのに、それも老子がコントロールしているのかと思うと、意外と細かい印象を受けた。
 降りそそぐ日差しを木陰で避けながら黒点虎の元へと歩いて帰る。森の周囲であれば磁場すらも狂っているのか、老子の配慮なのかわからないが、それもすぐだった。

「あ、おかえりなさい申公豹」

「ただいま戻りました」

 黒点虎も暑かったらしく、木陰で伸びて寝ころんでいた。申公豹が近付くとむくりと起きて鼻を寄せてくる。

「どう? 老子には会えた?」

「ええ、据え膳でしたけど」

 黒の喉を掻いてやりながら、老子の顔を思い返す。やはり世界最強にして、最も美しかった。
 そして最も近くて、遠かった。それは会う前も今も変わらない。

「その割に不機嫌だね。食べて来なかったの?」

「当たり前です。私は仙人ですよ。欲を制することができないような凡俗な人間ではないのです」

「あ、そう。何かよくわかんないけど難しいね」

 そう、いつだって手を出すことならできる。奪うことも、従わせることも。
 でもそれならば強欲な人と大差がない。欲しいものを力で手に入れるのは、知性ない者の蛮行だ。それが申公豹には許せないのだ。
 ならば愛を紡げというのか?今更?どうやって……。

「全くですよ。まだ答えが見つかりません。ですから、楽しいのでしょうけど」

 黒点虎の背中に手をかけ、一気に跨がる。

「そうそう、老子が次は君もおいでなさいと言ってましたよ」

「ほんと!? わーい! じゃぁ次は通して貰えるのかな」

「でしょうね。次に起きたら……でしょうけど」

 老子の眠りは長い。人を超越し、仙人の域すら越えている彼は、もともと怠惰スーツなどなくとも生命活動の維持に支障はない。食べなくとも、飲まなくとも、眠らずとも。
 ただその中で、老子は眠り続ける事を選んだ。やるべきことを成すためにはじめたそれは、今でも彼の行動に組み込まれている。
 次の起床はいつだろうか。常に傍に居ない申公豹にそれはわからない。が、明日もこの森の近くを飛ぶことにしようと思案する。

「さて、行きましょうか」

「そうだね。どこいく? あ、水浴びしにいきたいな! 今日暑くって、もうボクへとへと~」

「水浴び。……水浴びね。まあ良いでしょう。私は入りませんが」

「わーい! じゃぁ出発~!!」

 ふと師の水浴びを思い出す。あれは本当に美しかった。
 己の美的感覚がおかしいと云う奴は多いが、本当の美しさを理解していないわけではない。
 あの時、声をかけなければよかったとも思うが、あれはあれで良かったのだろう。悩みは増えたが。

「私も、脚ぐらいは浸けますかねぇ……」

 悩みがあるからこそ、人は生きていけるのだ。
 過ぎていく雲に紛れさせるように、申公豹はひとつ、溜息をついた。





今回もなんちゃって申老です。

前に書いた申老話にいただいた感想があまりにも嬉しすぎて、なら私がんばっちゃう~!の要領で妄想をかたちにしました。
また面白いと言ってもらえるかはアヤシイところですが……せめて数を増やせたらとw

推敲を何回もしたんですけど、まだおかしいところありそうで気が狂う前に上げておきます。


いつもながらに適当捏造設定オンパレードなのですが
老子が傾世元禳を持っているという恐ろしき事実を世間にアッピルしていきたく思います。
そして申公豹だけひっかかるよっていう話が書きたくてですねー……
わかってほしい。(わからなくてもいい)

しかし、どっちも齢が最低でも四桁な人らなので、二桁しかない私には厳しいところもあるんですけど、今後もなんとかカタチにしていけたら良いですね。


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