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君の知らない明日へ(ナタク×太乙)

【登場する人】
ナタク、太乙

【CP】
ナタ乙

【備考】
2019年10月発行のナタ乙アンソロジー『スキをおしえて』に寄稿した作品のWeb再録。
太乙が新しい宝貝を開発してうだうだやってるだけの
相変わらずびっくりするくらいイチャイチャしてない話です。







「でっきたーーー!!」

 蓬莱島に新しくできた乾元山に、その主の声が響き渡る。

「ナタクー! 来て見て触って確かめて!! ほら、ほら~~!! もう、私ってば天才!!!」
 
 静謐で清々しい朝だったと言うのに、やたらテンションの高い彼は研究室から飛び出して来ると、くるくる回ってステップを踏みながらナタクの元まで跳ね跳んでくる。このテンションの高さの理由をナタクは知っている。
 そう、彼は徹夜したのだ。その手には見慣れない純白に透き通った美しい羽衣が握られていた。

「騒々しいな。何だ、俺の新しい宝貝か」

 日の出から目を覚まし、朝の鍛錬を欠かさず行っていたナタクは、訝しげにしながらも小躍りしている師に近づく。風火輪があるため、既に見下ろす形になってしまう太乙真人は、ナタクを見上げながらちょっと膨れて訂正した。

「違うよ。これは私用の宝貝だよ! ほら、見てみて。これ、どこかで見た記憶はないかい?」

 くるりと回って見せる師に握られた羽衣がふわりと揺れる。前の戦いでいくつか羽衣は見たことがあるが、この独特の何とも言えない香りでふとナタクも思い出す。

「む、それは妲己が持っていたやつか」

「そうだよ、当たり! ふふーん、私ってば天才だからね! 今度は傾世元禳のコピーを作ってみたのさ」

 嗅覚による精神攻撃を受け付けないナタクには全く琴線に触れない宝貝なのだが、あれでもスーパー宝貝なのだ。その強さや驚異は目の当たりにしているし、本物の強さを知らないわけではない。だが、その模造品を作って一体何がしたいのかは測りかねた。
 そんなナタクの疑問をひと目で見抜いたのか、太乙は得意げに胸を張って語りだす。こうなると太乙は止まらない。

「この傾世元禳はね、コピーを作るには太極図と同じくらい難しい代物なんだよ。と、いうのも禁鞭や君の持つ金蛟剪はある程度は中身があるから構造はわかるんだけど、傾世元禳はあくまで見かけはただの布だろう? 羽衣や布の宝貝を作るには、糸の段階で霊力を込めながら複雑な仙術式をもって編んでいかなくちゃならないんだ」

 確かに、剣や槍など物体として使う宝貝は一種の装置であるとナタクにも理解できる。逆に布や糸といった宝貝はどうやって作られたのかも知らなかった。この腰の混天綾も生まれた時から身につけていたため、作られた系譜は全く知らないのだ。
 そこでふと、いつしか肩を並べる友となっていた者の持つ漆黒のスーパー宝貝が思い浮かぶ。

「ほう、では六魂幡もか?」

「うーん、あれは元々霊力とか耐久性、柔軟性の高い布に、強い呪詛なり呪まじないなりを術で付与させてある宝貝だと私は睨んでるけど、直接触ったことがないからちょっと解りかねるかな。ま、太極図も同じ意味でよく解らないわけだけど。傾世元禳はね、最近持ち主に見せてもらえる機会があって」

「太上老君か」

 相当強い仙人らしいという事は知っている。しかし当人に戦う気が全くしないため、ナタクもあまり闘志を燃やすことはなかった。例え強くても、その強さ的に戦いをかわされるだろう。そんな気がしたからだ。

「そう、布型の宝貝なら原本を研究できれば模倣できるかと思って、試しに作ってみたんだよ。そしたら思ったより成功しちゃって。もう、私ってば天才! 仙人界の叡智!!」

 どこぞに向かってガッツポーズを決め、笑顔でウインクしながらピースする太乙を無表情で眺めながらナタクはつっこむ。

「それはさっき聞いた」

 ここらで止めておかないと延々と自慢話が続くのだ。あまり宝貝の造形に詳しくないナタクにはいまいち面白くない。
 そんなナタクに太乙はくるりと向かい直すと、いつになく強気に片手を挙げてアピールした。

「っと、いうわけでナタク! テストしよう、テスト!」

「何を言っている。俺にその術は効かないだろう」

「違うよ。傾世元禳はね。魅了の術こそメインに見えるけど、その性能は多岐に渡るのさ。魅了に加えて防御術、浮遊術なんかを増強させる力もあるんだ。コピーでは無理だけど本物なら空間転移術すら使えるような媒介になるんだよ」

 鼻息荒めに語る太乙の目は依然、輝いている。どうやら、やる気満々のようだ。

「つまりは……」

「そう、防御力テストってわけだね。及第点なら、私は九竜神火罩とオサラバさ!」

 確かに蓬莱島に来てからこれまで、それほど驚異に晒された事はない。かつて太乙の誘拐や暗殺を企んでいた金鰲島も、その意味を無くしたからだろう。ここ暫くは至って平和。たまに崑崙側の仙道と金鰲の妖怪仙人とで小競り合いが起きた噂も耳にするが、大きな抗争には発展していないようだ。顔役が上手く収めているのだろう。
 だが、九竜神火罩は戦いが不得手な太乙を守るための唯一の宝貝だ。世界最硬を名乗るだけの防御力はある。それを手放す理由がナタクには解らなかった。

「あれでは何か問題があるのか? その布があれより硬いはずはないだろう」

 ナタクの至極まっとうな質問に太乙はおもむろに腕を組むと、片手で顎のあたりを弄る。言葉を選んでいるのだろう。

「うーん、問題があるっていうか~……。肩幅が増えるからたまに物にぶつかるし、細やかな作業をするには些か不便に感じる時もあるし……。何より最近、肩が……凝るんだよね~」

 物凄く真面目な顔でそう返され、ナタクの表情は更に虚無になる。師の言っている事が即座に理解できない事はままあるが、正に今がそれだった。
 肩が凝るとは一体どういう事なのだろうか。体験したことがない。

「は……?」

「ほら、こっちに来てからは狙われる事もなくなったし、使えるなら羽衣の方が日常的にも軽くて楽じゃないか」

 さも当然、名案だと言うように太乙が指を立てて振る。が、そんな太乙にナタクは騙されなかった。

「それは、お前が自身を鍛えればいいだけの話では」

 思ったことを素直に口にする。というか、そういう話ではないのかとナタクは自問する。仙人は長生きだが、外見年齢と身体能力はそれなりにイコールしているはずだ。老いた仙人なら解る理屈だが、流石に太乙の外見年齢ではおかしいだろう。

「い、インドア派にそういう苦言を言わないで……」

「今のは俺が正論だと思うが」

「いいの! さあ、ほら早く用意して! どうせ今日も鍛錬くらいしかすることないんでしょ」

「鍛錬は大事だぞ。とりあえず肩凝りにはならない」

 真面目にそう返すも背中を押され、鍛錬を促すべきは師匠の方ではないのかとぼんやりと考えながらも、ナタクはやれやれと金磚と火尖槍を取りに戻った。パトロールに出る時以外は重装備を外してあるのだ。
 装備を整えて戻ると、やる気満々といった太乙が両手の拳に力を込めて待っていた。かつてこんな戦闘をやる気の師は見たことがない。

「まずは乾坤圏ね。金磚くらいなら耐えられると思うけど、火尖鎗は放つ前に一言おくれよ」

 サッと一定の距離を離れて、太乙は傾世元禳を握り構える。するとどうしたことか、周囲の空気が変わった。
 太乙の霊気が一気に高まる。そういえば昔、彼は腐っても十二仙としての霊力を持っていると聞いたことがある。何せあの巨大な岩塊である崑崙山IIも彼一人の力で動かしていたほどだ。
 そんな彼が自ら本気になるということは早々ない。ナタクは思考を一巡りさせると、致し方なしと判断した。

「破れて怪我しても俺は知らんからな」

「いいよ、本気で撃ち込んでおいで」

 ナタクは浮上すると太乙と少し距離を取る。あの距離で撃っても構わないのだが、普通はこんな距離で撃つ武器ではないためだ。一つ息を吸い、吐き出すと、ゆっくりと乾坤圏を構える。

「ハッ!!」

 腕の宝貝に力を込め、あえて視認しやすいように真っ直ぐに放つ。空を切り裂き飛んでいく乾坤圏は狙い通り太乙に定まっている。
 太乙は微動だにせず、スッと息を吸うと、直前に傾世元禳で身を隠した。乾坤圏はそんな傾世元禳に当たると、先程までの勢いを吸われるように力を無くし、ぽすっと音をたてて止まった。そしてそのままゴトンと鈍い音をたてて地に落ちた。

「ま、この程度は防げないと防御宝貝じゃないよね」

「それもそうだが、いざ防がれると腹が立つな」

 得意げな太乙を尻目に、ナタクは乾坤圏に帰還を命じて腕に戻す。

「はい、じゃぁ次! 金磚だね」

「本気で良いのか? それは燃えないのか」

「そりゃあ布だから、燃やそうと思えば燃えるけど。……まぁ、見ていなさいって。匠の技を見せてあげよう!」

 太乙は大きく息を吸い込んでゆっくりと吐き出すと、ふわりと宙に浮いた。古い仙人は宝貝に頼らず術が使える場合がある。会得するのに時間がかかるため、最近ではそれを伝授する事も減ったが、どうやら太乙にはそれなりの仙術を使う素養があるらしい。宝貝と組み合わせた浮遊術もその一つだろう。
 金磚は火尖槍に比べると比較的広範囲を攻撃する宝貝だ。このままでは破壊力が周囲の洞府や居住区にまで及ぶ可能性もある。そのためにあえて太乙は上空に移動したのだろう。背景はこれで何もない岩山になった。

「これでよし。さあ、おいで!」

「地形が変わって、後で怒られても知らんからな」

「へーきへーき、任せておきなさい」

 ナタクは肩の金磚に力を込める。ゆっくりと凝縮されていく光源を一気に解き放つ爆破系宝貝だ。狙いをつけるには難しく、どちらかと言えば無差別範囲攻撃に近い宝貝だが威力は高い。当たれば軽い怪我では済まないだろう。何より、周囲への影響が大きい。

「行くぞ!!」

 力を一気に解き放つ。何とも言えない高揚した感覚が背筋を走っていく。例え目的がテストでも、ここまで力を開放したのは久々だったのだ。
 放たれた光線は無差別に太乙を巻き込み、目の前のものを全て焼いていく。
 ――かのように見えたのは一瞬だった。驚くことに背後の岩肌すら光線で崩れる気配がない。思わず目をみはる。

「うーん、あえて金磚の属性を知っているから、合わせないように防御したんだけど……まだいけるね」

 太乙に当たった光線は、周囲のものを含めて全て防がれていた。彼が周囲に発生させている風の防壁にも似た『何か』に遮られ、全ての光線は打ち消されている。まるで何事もなかったかのように光は霧散していた。

「どういうことだ?」

 先程の乾坤圏は直接、傾世元禳で防御していた。その方法なら太乙に当たらなかった光線は後ろの岩山に当たるはずだ。

「今のはね、この傾世元禳に霊力を流し込んで、あえて周囲ごと防壁を張り巡らす命令をして発動させたんだよ。さっきと違って広域防御の術というのが正しいかな? ふふーん。どうだい、なかなかのものだろう」

 得意げに太乙は地へとふわりと降り立つ。舞う風がひらひらと衣を揺らしている。

「でもこれ、問題があると言えばちょっとあるね」

「あるのか? それがあれば九竜神火罩がなくても良いんじゃなかったのか」

「そこは問題ないんだけど……浮遊術と防御壁を霊力で張り巡らすのを同時にするの、割と疲れる。肩が凝るのとどっちがマシか迷うな~」

 困ったように溜め息をつく太乙を見て、またナタクは残念な気持ちになった。

「だから、それはお前の功夫不足なのではないのか?」

「あ、バカにしたなー!? これって言わば、宝貝を2つ3つ同時に使いこなすような芸当なんだよ!? ものすごく疲れるし慣れがいるんだから」

「つまり鍛えて慣れれば良いのだろう」

 ちなみにこれは、かつて授かった宝貝が上手くが扱えなかった時にこの師から受けたアドバイスである。

「うん、まぁ。そうなんだけど。……まぁいいや、次! 次いこう! 最後は火尖槍だね」

「金蛟剪はいいのか」

「流石にスーパー宝貝のコピーでは、本物の火力系スーパー宝貝の防御は無理だよ。冗談抜きで私の魂魄が飛ぶ」

 さらりと冗談のように笑って言うが、流石に今になって師を殺すつもりは勿論ナタクにない。傷つけるつもりもないが、全て防がれたとなれば破ってみたくなるのも戦闘狂の性というものだ。そういえば、九竜神火罩は最後まで破ろうとしなかった事を今更に思い出す。そこへ至るまでに心境の変化があったからだ。
 殺してやろうとまで思っていた相手は、いつしか守るべき対象に含まれていた。それに気づくまでに随分遠回りをしたものだが。

「そうか。火尖槍なら大丈夫なんだな?」

 改めて確認する。

「相性としては布と火だから最悪なんだけど、だからといって防御できなかったら意味がないわけだ。だから、燃えないように防御するんだよ」

「ほう……?」

「問題は火尖槍の射程距離が中距離ということだね」

「何か問題が?」

「いや、大丈夫だとは思うんだけど。とりあえず、やってみようか」

 火尖槍を片手に持つナタクと、薄い布を持つ太乙が対峙する。
 火尖槍は金磚とは違い、確実に相手を仕留められる武器だ。槍でもあるそれは強い火力を持ち、遠距離を中心にしていたナタクに近接や中距離戦を覚えさせる結果にもなった。
 今でも棒術や槍術といった武芸を嗜んでいるのは、この火尖槍を持っているからというところが大きい。宝貝としてではなく、槍としても十分に使える強度と性能があるからだ。
 強い宝貝ならだいたい好ましく思うナタクだが、この火尖槍と金磚には特に思い入れがあった。
 太公望を助けるために渡された、師が持っていた宝貝だからだ。それで太乙は戦う術をほぼ失った。その時はどうせ自分で宝貝を作れるのだからまた作るのだろうと思っていた。だが、また作ればいいと言いながら、彼は自分の武器をこれまで一度も作っていない。自身を守る九竜神火罩のみだ。

「戦闘は得意じゃないからね~」

 なんて笑いながらぼやいていたが、それらが自分に託すために作っていた宝貝なのは明らかだった。

「今回は、打ち込む前にワンクッション置いてね。私、近接戦は特に苦手だから」

「それじゃ意味なくないか?」

「いや、普通の槍だったら羽衣を持って立ってるだけで防げるけど、それ、火尖槍だからねー」

 火が吹くのは不味いということなのだろう。

「そうなのか。では構えろ」

「よぉし、おっけー! いつでもいいよ!」

「……行くぞ!!」

 言葉を発するとほぼ同時に、一気に間合いを詰める。既に火尖槍は構えてある。後はこれを発動させて撃ち込むだけだ。
 いつになく真面目な顔をしている師の目と目が合い、火尖槍を振り下ろす。それを見たが最後、ナタクは意識を無くした。







「わ~~~っ!! ギブ! ギブ! ちょっと待って、ナタク~~!!!」

 次に気がついた時、ナタクは太乙の上にのしかかり、石床に引き倒していた。
 転倒した時に傾世元禳が力を発揮したのだろう、彼が体や頭を打ったような形跡はないが、火尖槍も傍らに落ちており、ナタクには一体何が起こったのか瞬時に理解できなかった。

「うん? これはどういうことだ?」

「あ、ナタク! 元に戻ってる!? 良かった~~!!」

 何やら師は半泣きで喜んでいる。何か怖い思いでもしたのだろうか。火尖槍で傷はついていないようだが、それにしては状況がおかしい。

「何があった? 記憶が飛んでいるが……何も思い出せない」

「ごめんよ。私もこうなるとは思わなくて。……とりあえず、えっと、重いからどいてくれるかな」

「む」

 師を引き倒して乗りかかっているのは理解していたので、負担をかけないようにそっと退いたが、肝心の太乙は先程と違って衣服が乱れていた。纏っていた傾世元禳は健在であるのに、そこまで接近を許したのかと不思議に思う。
 そもそも記憶にないのだ。何がどうなったかわからない。

「どういう事だ? 何があった。説明しろ太乙」

 先程まで元気だった太乙が、珍しく意気消沈していて、なお不審に感じる。

「う~ん、どこから話せば良いのかなぁ……」

「勿論、最初から全部だ」

 あまり気乗りしないのか、太乙は少し口籠った後、探るようにゆっくりと話し始めた。

「え、えーと、今回は傾世元禳のコピーであるこの子の、防御力テストをしていたわけだけど」

「火尖槍の防御は成功したのか?」

「うん、それはバッチリ。ちゃんと防げた」

「なのに俺にはその記憶がない。何故だ」

「そう、それなんだよね。傾世元禳は防御力の発動と共に、基本的に魅了術が発動している状態なんだけど、乾坤圏も金磚も遠距離からの防御テストだった。でも火尖槍は近接ないし中距離まで距離を詰める必要があるから、私は爆発的に防御力を高める膜を周囲に作り出したわけだ」

「つまり、それは」

「そう。本来なら魅了術にかからないはずの君が、一瞬でも魅了されて、本能のままに私を襲った……ということ……かな」

 太乙が乱れていた衣服の肩口をそっとずらす、そこには鎖骨あたりに噛み付いたような赤い痕が残されていた。どう見ても今ついた傷だ。血は出ていないが鬱血しており、くっきりとわかる。そしてこの状況、あんなところに噛み傷を残せるのは一人しかいない。

「どういうことだ? 俺は魅了にかからないんじゃなかったのか?」

 バツが悪そうに太乙が俯く。

「そうだよ。君は霊珠を核としているのだから、精神干渉を受けるはずはないし、薬物なんかも効かないはずなんだよ。ただ、そうだね……傾世元禳が精神干渉だけでなく香りによる精神干渉もするのなら、それを感じ取る能力のある君にも効いてしまう事になるね」

 しかし、それは好意を持っている好きな匂いにしか反応しないはずだ。また、かつての感情に乏しいナタクであれば影響も受けなかっただろう。彼が人として成長している証でもある。だが、それを付け足さずに太乙は説明した。流石にこれは恥ずかしい。

「つまり俺は、お前の魅了にかかったということだな?」

「……そういう事になってしまうね」

「記憶を無くしたのはわかるが、お前を襲おうとしたのは何故だ? 魅了は相手に尽くすものではないのか?」

「それはあくまで『命令』を織り込んだ魅了であるからだよ。自分を攻撃するな、とか。自分の敵を倒せ、とかね。でも今回はそんな命令は全くしていないから、魅了にかかったら本能が先に出る事になる」

「念のために聞いておくが、その鎖骨の歯型は……」

「君の……だね。いや、ほんとびっくりした。ぜんぜん腕力では敵わなかったよ」

 何とも言えない沈黙が降りる。流石にどういう意味で押し倒し、歯型をつけたのか、何もわからないほどもうナタクは子供ではない。太乙もそれを悟っているからこそ、気まずいのだ。

「わ、私もね。やった防げた! って、喜んだ束の間、武器を放り出した君に押し倒されたものだから、抵抗する暇もなくて、止めるまで混乱してたから……ご、ごめんね」

「いや、いい。悪いのはお前じゃない」

「あ、うん……」

 どう考えても変なテストに突き合わせた自分が悪いのに、と太乙は言いかけるも、ナタクはサッと火尖槍を拾うと赤くなっている顔を背けて立ち上がった。

「少し、頭を冷やしてくる」

 そのまま返事も待たずに、ナタクは青空へと飛び出していった。

「い、いって……らっしゃい……」

 太乙とて顔が火照っているのがわかる。こんなところで、まさかと思うような感情と出くわしてしまった。きっと本人すら気付いていない、ぼんやりとしたものだったろうに、それを確定付けてしまったのだ。

「悪いことしちゃったなぁ」

  自分の匂いに魅了されるほどの好意を覚えてくれているというのは、師としても親としても冥利に尽きるとは思う。だが、その無意識下での行動があれということは、つまり……そういうことなのだ。単純に喜ぶには太乙には少し重かった。彼はあくまで弟子であり、そんな目で見たことはなかった。
 テストは全て合格なのに、驚くくらい心が晴れないまま終わってしまった気分だ。

「あーあ、どうしよう」

 きっとあの心は、忘れ去られたままにはならない。いつかきっとどこかで芽吹き、根を張り、大きく育つ。花が咲き、それが実るかはまだ未知だ。そしていつか自分も、何らかの選択をしなければならない日が来るだろう。それを思うとやはり神妙な気持ちになった。難題すぎる。

「とりあえず、私も功夫しなおすかな……」

 太乙は一つ、小さな溜め息を晴れた空に漏らす。彼ら師弟の心のすれ違いは、まだまだ始まったばかり。









そんなわけで、相変わらず何かドタバタしてるだけのナタ乙を寄稿してしまったのでした。
太乙に傾世元禳のコピーを持たせたい妄想は、実はいつか書きたかった話の一つで
連作が脳内にはあるんですが、まだ書いてません(笑)
まぁこの話の延長線になるんで、その基の部分を書けて良かった!
と思うことにしておきます……。

ていうか、こんな話を申老でも書いていなかったか……?
成長しないというかマンネリなやつですみません。
でもあの肩の重そうな宝貝、描くの大変だったので
傾世元禳の方が個人的に楽でいいです。(そこかいw)
初登場時の夢の中の仙人様らしい太乙さん好き派としては(何それ)
ひらひらさせたいというのもあります。

しかし、これが寄稿で良かったのか……個人的にはめっちゃナタ乙させたつもりなんですけど!

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