忍者ブログ

眦決して空白む(跡部×観月)

登場人物:跡部 観月 ミカエル(執事) 聖ルドの皆様

CP傾向:跡観

制作時期:2016年5月

跡観の馴れ初め、コンソレ後のお話。








 今日この日、氷帝学園は敗者復活戦で無事に勝利を収めた。
 これで駒を進めることができると勝利に沸く部員たちをまとめ、一度学校へ戻り、部室でミーティングを終える。
 さて解散、というところで跡部の携帯が鳴った。彼はディスプレイを見るとすぐさま電話に出る。少しばかりの違和感を感じたからだ。

「ミカエルか。俺だ」

「もしもし、坊ちゃま。すみません、急病人を看護していたため、お迎えが遅れそうなのです」

 そう、跡部はこの後、ミカエルの車で帰宅する手筈になっていた。

「そうか、ならいい。もう少し仕事を片付けていくから、着いたら連絡してくれ」

 今日のスケジュールは公式戦を考えて過密にはしていない。少し遅れるくらいは何ともないはずだ。
 しかし、いつも従順な執事から了承の声は届かなかった。

「それが坊ちゃま、急病人というのが……その、本日坊ちゃまと対戦されたお方なのです」

「は?」

「お一人で歩道を歩いておられて、少し様子がおかしかったので引き止めたのですが、熱中症と見られる症状でしたので、応急処置をしてすぐさま病院へと……」

 今日行われた敗者復活戦の対戦相手。聖ルドルフ学院の観月はじめだ。いつだって取り巻きのような仲間がいたはず……。

「一人? おかしいな」

「やはり、そう思われますか」

「ああ」

 普通であれば、仲間と一緒に電車なりバスなりで帰るはずだ。この炎天下で歩道を歩く意味などない。
 なのに、一人で歩道を歩いていた。
 見た限り聖ルドルフの結束はそこそこ強かった。あの観月という男、鋭く高慢そうな雰囲気はあったが、チームから嫌われているような気配は一切感じなかったのだ。
 その男が、独り灼熱の中。
 ぼんやりと話の輪郭が見えてきた。

「俺もすぐそっちへ行く、場所を教えろ。あと聖ルドルフ側への報告は少し待て」

「かしこまりました、すぐさま車を手配いたします」

 持ち物を素早くまとめると、何事かと目を丸くする部員たちをよそに跡部は外へ飛び出した。





 病院へ着くとすぐに中へと案内された。このあたりも手配済みらしい。知らせを聞いて様子を見にきた友達、という設定になっているのは少しだけ解せなかったが。
 案内されがてら、看護士に話しかける。

「観月の……患者の容態は?」

「発見も早く、すぐ適切な処置が施されていたので大事には至っておりません。軽症なのですぐに動けるようになるとは思いますが、気分が悪そうでしたので今は休まれています」

「わかった」

 流石は我が家の執事。仕事を大切にはするが、人命救助が第一だと理解している。例え戦った相手でも、病人は病人だ。
 案内されたのは意外にも個室だった。これも手配されたのだろうか。

「入るぞ」

 軽くノックはするが、躊躇なく入る。そこには横になっていた観月と、付き添っているミカエルがいた。こちらの姿を確認すると観月は驚いて少し身を起こす。

「跡部くん!?」

「悪いな、お前を拾ったのは俺のところの者だ。連絡を受けてきた」

「え? この方が?」

「はい、私は景吾坊ちゃまに仕えておるものでございます。お一人でおられた事に少々疑問を感じましたので、お友達の方へ連絡するまえに坊ちゃまに相談させていただいたのです。勝手にして申し訳ありません」

 頭を下げるミカエルに観月が動揺する。

「あ、いえ。助けていただいた身ですから、お気になさらず。あの、ありがとうございます」

「私には分からぬ、深い事情があるのでしょう。暫く休まれて下さいませ」

 執事はきっちりと会釈すると、跡部と場所を入れ替わるように退室していった。色々な手続きをかわりにしてくれているようだ。扉が閉まるのを確認して、跡部が隣の椅子へと座る。

「調子はどうだ」

 先程までコートで戦っていた、ただの知人同士だったというのに、これまた変な関係になってしまったものだ。何の気なしに問いかけられたら言葉に、観月は素直を答えた。

「先程まで目眩が酷かったのですが、もう平気です」

「そうか」

 会話で切れるかと思いきや、跡部は手早く確信に触れた。

「一人で歩いていたのは、独りになりたかったからか?」

 少し間を開けて、言いづらそうに観月が零す。

「……そうです。少し頭を冷やしたくて、皆には先に帰ってもらったんです」

 観月はテニス選手であるがマネージャーも兼ねていると言う。実際のところチームをまとめる司令塔は彼だった。負けた時に責任を強く感じてもおかしくはない。

「冷やすどころか暑さにやられてるがな」

 いくら暑さに慣れている選手だとしても、適度に水分を取らずに運動をすれば熱中症にもなる。それがわからないはずがないだろうに。余程冷静さを欠いていたのだろう。
 跡部の言葉にしゅんとした観月は、肩を落とす。

「……そうですね。面目ありません」

「そんな顔すんな。責めてるわけじゃねえ。もっと自分を大事にしろって事だ」

 体調を崩しているから弱気になっているのだろうが、跡部はその姿に少しの動揺を感じた。
 あんなに気丈に振る舞っていた居丈高な少年も、こんな顔をするのだと。あのバラの棘のように感じた鋭さを、今は感じない。
 しょんぼりとした観月は、俯いたままぽつりぽつりと話す。

「まだ、皆に合わせる顔がなくて。帰りたくはなかったんです」

 すぐさま敗北を乗り切れと言うには、あまりに難しい感情。きっと聖ルドルフのメンバーも、それに気付いていたからこそ、観月を一人にしたのだろう。誇り高い彼の矜持を守るために。少しばかり、整理をつけるための時間と猶予を作ったのだ。

「俺を恨んでいるか?」

 そもそもの原因は敗者復活戦での敗北にある。その最終戦に挑んだのは、今ここにいる自分たちだ。
 そしてまさに、引導を渡したのは跡部だった。

「まさか。敗者がいるから勝者がいる。君が勝っただけで、僕も負ける気なんてなかった。僕も勝ちに行ったんです。だから、負けたからって勝者を恨むようなものじゃない……なんて当然のことは理解できています」

 観月はきっぱりと言う。

「……でも、悔しくないはずがないでしょう。僕は僕が許せない。まだ他にやりようはあったんじゃないかと、もっと僕も練習に励んでいればと、今になって思うんです」

 敗者の誰もがする後悔だ。跡部とて何度か身に覚えがある。負けるからこそ強くなれる。更に強くなりたいと願うのだ。しかし負けた時は悔しさが募るばかりで、それを超えなければ先へ進むことは出来ない。

「全てがもう遅いなんてわかりきってる。過去には戻れないし、もう割り切る事しかない。けど今日だけは……自分で自分が許せない!」

 観月が強く手を握る。やり場のない憤りの矛先は自身なのだろう。

「でも、迷惑をかけてしまいました。気が動転していたとは言え、すみません。アスリートをマネジメントする側として、これは失態ですね」

 本当に気が滅入っているのだろう。声もか細く、弱々しかった。
 容赦なく叩き落とした事に後悔はしていない。負けてやるつもりなんてなかった。それでも、跡部は少しだけ胸に引っかかるものを覚えた。それを抜く術は、知っている。

「もう歩けるか?」

 そっけなく聞きながらも、手を差し伸べる。それが意外だったのか、当惑した表情の観月が顔を上げる。

「え、ええ」

「なら、俺の家に来い」

「はい???」

「帰るところがないんだろーが」

「はあ」

「匿ってやるって言ってんだよ」

「……。……そうですね。わかりました。お願いします」

 このままではいけない気がした。このまま寮へ帰すわけにはいかない。やや強引ではあるが、どこか休めるところへ連れ出さなくてはいけない。そうとなると、やはり目の届くところが良いだろう。自宅ならばそんなに遠くもない。
 外で医者と話していたミカエルをつかまえ、大体の経緯を話すと、すぐさま退院の手続きを取った。くれぐれも無理をさせないようにと言う医師の言葉に頷くと、彼らは病院を後にした。









 跡部邸に着く頃には、陽は落ちかけていた。とっくに寮の門限など過ぎているが、寮母から携帯への連絡はない。そのあたりは連絡がされているのだろう。比較的厳格な寮であるのに、上手くやったものだと観月は思う。
 流されるままについて来てしまったが、今は誰とも会いたくないのは確かだった。跡部にも勿論会いたくはなかったのだが、このような経緯になってしまったのだから仕方がない。ここまで来てしまったからには、素直を好意に甘えてしまえと投げやりでもあった。
 跡部邸の豪華さは噂に聞いていたが想像以上だった。自分の家も地方の豪族であるから、そこそこ広い敷地を所有してはいたが、ここは何と言うか、城だ。この狭い日本によくこんな敷地があったものだと感心する。
 豪邸の玄関口までやたら長い距離を、これまたやたら長い車で送迎され、迎えの者が出てきたかと思うと扉が開く。
 かしこまる使用人やメイドに迎えを受けて奥に通されると、程よくクーラーの効いた部屋と温かい夕食が待っていた。
 車に乗る前には既に指示が出してあったのか、食事は消化が良さそうなものが並んでいるのには驚いた。跡部も気にすることなく同じものを食べていたが、どれもとても美味しかった。毎日こんなものを食べていたら舌が肥えるのではないかと観月は思う。
 体調の件も考えてあるのか、多すぎる量は出てこず、腹が程々に膨れる程度だったのも、小食の観月にはありがたかった。

 次は客間に通されたかと思うと、湯の用意ができたと執事が呼びに来る。実に用意周到だ。よく考えると昼間から汗だくになったもののシャワー一つ浴びていない。それに気付いてしまうと不愉快なもので、観月は二つ返事で湯を借りる事にした。

 当然ながら跡部邸の風呂は広かった。丁寧に掃除が行き届いているのは勿論、湯船には香油が使ってあるらしく華やかに香っている。
 ミカエルが倒れたばかりであるため長湯は控えるようにと諭してくれたが、これでは早く湯から出てしまうのが勿体無い気がした。

 風呂からあがると当然のように脱いだ服はなく、変わりにきっちり畳まれた替えの服が用意されている。高級ホテルでもこれはないのではないだろうと内心、苦笑する。本当に小説に出てくる王城にでもいるような気分だった。

「あ、あの……ありがとうございます。お湯お借りしました」

 恐る恐る客間に戻ると、そこにはミカエルと、先程までいなかった跡部が戻ってきていた。

「おお、観月様。お迎えにあがろうかと思っていたところでした。良かった、坊ちゃまが昔着られていた服がぴったりで」

「はあ」

 用意されていたのは、やたら手触りのいいブラウスだ。ちょうどいいサイズだと思ったら跡部が使っていたものだったようで、少し悔しい思いもする。
 観月の今の体格など、とうに過ぎた昔と言うことだ。

「悪いな、観月。少しばかり用を片付けてい……」

 何かの書類に目を落としていたらしい跡部が、顔を上げて観月を見やるなり一瞬止まる。
 相手が何を考えているのか察するのは得意な方だが、観月は跡部の心境をはかりかねた。

「な、何かおかしいですか?」

「いや、何でもない」

「あ、ボタン……すみません、つい長湯をしてしまって暑くて……」

「坊ちゃま、客人をそんなまじまじ見られるものではありませんよ」

「気にするな、随分懐かしい服だと思い出したていただけだ。こ、紅茶を淹れてくる」

 さっと目を逸らした跡部が、手にしていた資料を置いて立ち上がる。

「それならば私が……」

 当然、本来ならば執事の仕事だろう。が、跡部はそれを手で制す。

「いい。自分で淹れたい気分になった」

「さようで」

 ミカエルから仕事を奪うと、跡部は足早に退室した。部屋を出た跡部はキッチンへ足を向けながらも胸の高鳴りを抑えようと努めていた。
 観月はどちらかと言えば線の細い男性で、雰囲気も中性的で整った顔をしている……くらいの認識はしていたのだが、不意を打たれてドギマギすることになるとは思いもよらなかった。
 まだ少し濡れている黒髪に、少しのぼせたのか赤みがかった頬。熱を冷ますために第二ボタンまで開けられたブラウス、そこから見える鎖骨と白めの肌。そういえば今日も、あの熱気の中、最後まで長袖長ズボンのジャージだったことを思い出す。きっと肌が弱いのだろう。そして極めつけに、いつも嗅いでいるはずの薔薇の香り。
 恐ろしく似合っていて、それでいて艶があった。などと、今日会ったばかりの男に思われているとでも知れたら、今は落ち着いている観月も流石に怒るだろう。
 早い話が観月に見とれてしまった。そんな趣味はないし、性格的にはそんなに好きではないタイプ……と判断していたはずだ。きっと自分も今日の敗者復活戦で疲れていて、何かがずれているのだ。
 そう決めつけ、考えを反芻して自分に言い含めながら、跡部は茶葉に手を出した。

 紅茶を淹れて戻ると、そこに執事の姿はなかった。色々と用事をこなしているのだろう。観月は置いてあった資料をちらちら見ながら待っていた。熱が覚めたのか、第二ボタンは閉じられている。跡部は少しだけホッとした。

「待たせたな」

「いえ」

 良かった、と跡部は思う。先程感じたドギマギは、今は起こっていない。

「飲むだろ?」

「いただきます。というか僕も手伝います。跡部くんは他にやることがあるんでしょう」

「いいから座ってろ」

「はあ……」

 立とうとする観月を座らせて、机に盆を置くと、てきぱきと用意をはじめる。

「悪かったな。同年代くらいの客人が来るとうちの執事は大喜びでな、あれやこれやと世話を焼きたがるんだ」

「そうなんですか。面倒見の良い、優しい方なんですね」

「いや、あれは趣味だ」

「でも僕を助けてくれた恩人です。こんな事になるとは思いもしませんでしたが」

 確かにそうだ。対戦したその日に、対戦相手とくつろいでお茶を飲むとは跡部も思っていなかった。
 ティーポットからカップに紅茶を淹れると、ふわりと優しい湯気が舞う。

「あ、この香り、カモミールですね」

「分かるのか?」

「僕、紅茶が趣味なので」

 意外だ、とは思わなかった。観月は対峙した時こそ激しい印象を受けたが、本来は落ち着いた人間なのだろう。動きを見ていればわかる。ひとつひとつの動作が優雅なのだ。

「跡部くんは、僕を落ち着けようとしてくれてたんですね」

「あ、いや……まあな……」

 実のところは自分が落ち着くためであったりするのだが、結果としてそう見られるならそれでも良いかと思い直す。
 紅茶の揺れるティーカップを差し出すと、観月は丁寧にお礼を言って受け取る。そのまま香りを少し楽しむと、そっと縁に唇を寄せる。

「……おいしい」

 紅茶を一口飲んだ観月が、穏やかに笑った。
 その微笑みに、またもや跡部は魅入ってしまった。
 常に強気で、誰にも媚びず、居丈高なほど誇りの高いこの男が、こんな顔をするなんて思いもよらなかった。そう言えば、笑った顔は初めて見た。そうか、こんな顔もできるのか。

「跡部くん?」

「あ、ああ……」

「どうしたんですか、ぼーっとして」

「あ、いや」

「大丈夫ですか? 疲れが出ているんじゃないですか?」

「問題ない」

 跡部は自分のティーカップを持ち上げると、落ち着けと念じながらカモミールティーに口をつけた。我ながら美味しく淹れられたと自画自賛する。

「てめえこそ、落ち着いたか」

 至って平然に見えるように、カップを置いて資料を手に取る。今日の対戦結果や、他の部員達の練習内容、スケジュールが書き込まれている資料だ。本来、対戦相手に見せられるものではないが、脅威ではなくなった観月には見られても問題ないだろう。

「はい……」

「言いたいことがあるなら、聞いてやる」

 やっと落ち着いた今こそ、己を心を整理するのにうってつけだろう。ここまでして、何もしないでは意味が無い。

「はあ。……では、少しだけ」

 資料に目を通していく跡部の隣で、観月は少しだけ黙りこむと、やがてゆっくりと口を開いた。

「ご存知かもしれませんが、僕は、聖ルドルフ学院を勝たせるために呼ばれてこっちへ来たんです。部長でも副部長でもなかった僕は、宙に浮いたような存在で……でも勝てるのであれば、それでいいと思っていました」

 その頃の観月は、孤軍奮闘していた。思い描いていたチームへと近づくために、様々な場所へ赴いて、少しずつ、少しずつ足場を築いていった。そうしてようやく地盤を完成させたのだ。けれどを人を集めたは良いももの、まだ観月には人をまとめる能力などなかった。人の心がわかるようでいて理解できない、伝える術がわからないのだ。だから、その部分は捨て去った。

「チームメンバーに疎まれるくらいは覚悟の上でやっていたことです。それくらい貪欲でなければ、何かを捨てなければ、届かないでしょうから。……でも、結局はそうではなかった。みんなは僕の事を認めてくれたし、僕の力を求めてくれた。それが、最後の最後でわかったんです」

 仲間だと思ってもいなかった仲間は、それでも観月を仲間だと言ってくれた。力が必要だと言ってくれた。悔しさの底にいた観月は、その時はじめて、何のために己の力を使うべきなのかを悟ったのだ。だが、それに気づくのが遅かったのかもしれない。結果はついてこなかった。

「僕が何もわからないままでいたなら、こんなに悔しい思いをしなくて良かったのかもしれない」

 己の采配は悪くなかった。何も知らない過去の自分ならばそう言っていただろうか。

「いいや、それは違うな。負けた時に、今以上に惨めになるだけだろ」

 跡部はその問いにすぐさま答えた。それはわかりきっていた答えだ。けれども、その答えは観月の胸を打った。

「そう……ですね」

「テニスは本来、個人競技だ。せいぜい人が増えてもダブルスにしかならない。けどな、俺たちの戦いはチーム戦だ。戦いに負けて全てが終わっても、何かが心に残っているなら、戦った価値があるんじゃないか。これで全てが終わるわけじゃねえ。道はまだ続いているだろ」

「そうですね。そうです。まだ僕にはやりたい事があります」

「だろ」

「僕たちのチームは、まだまだこれからなんだ」

 終わらせない。この大会が終わっても、また三年後……それが終わっても。まだ、まだ先がある。自分がこれまでにできなかった、考えてこなかった事を、ちゃんと考えて、仲間を強くすることができるはずだ。

「跡部くんも、頑張ってくださいね」

「あん?」

「青学は、とても強いですよ」

「誰に言ってる」

「あなたにです」

 観月が不敵に笑う。ああ、これだ。これがたぶん、いつもの観月はじめだ。普段ならば腹が立つような笑みであるのだが、跡部はこれで良いのだと、この時だけは思った。




「宜しいですかな、坊ちゃま、観月様」

「ああ」

 ノックに続いて部屋に戻って来たミカエルは、会釈して入室する。一つ咳払いをすると、ゆっくり用件を切り出した。

「聖ルドルフからお友達がお迎えに来られました」

「え?」

 観月を迎えに来る友達など、数えるほどしかいない。一体誰が来たかなど、大体検討がついてしまうが、それすら驚いた。わざわざ、自分一人のためにこんなところまで。

「来たようだな」

「あなたが呼んだんですか?」

「いいや、学校側にここに居ることだけは伝えたが、そこから知らせを聞いて飛んで来たんだろうな」

「っ!?」

 跡部は予想していたとでも言うように、書類を置いて立ち上がる。観月も後を追うように跡部に続いた。会うのはまだ、少しだけ怖い。




「観月さーーーん!!!」

「観月ーーー!!!!!」

「そんなに連呼されなくとも聞こえてます」

「あ!観月!」

「観月ざん、良がっだ、無事で」

「こら裕太こんな所で泣くな」

 玄関の方まで来ると、思った通りのメンバーが勢揃いしていた。こんな夜遅くに外出など、寮母に大目玉を食らうだろうに、よく出てきたものだ。皆は観月の姿を確認すると、手を振ったり大泣きしたりと様々に反応している。

「ショック受けすぎて倒れたとか聞いたぜ」

「いや、ただの熱中症だよね」

「心配して皆で来ちゃいました」

「良がっだでず。ぼんどうに……うっ、ぐすっ」

「うちの大切なマネージャーだからねえ」

「観月、帰るだーね」

「観月がいないとやっぱ締まらなくって」

「誰が統率力がないって? ああ!?」

「ひいぃ、そんなこと言ってませんよぉ!」

 相変わらずの騒々しさに、思わず閉口する。その隣へ、観月の鞄を手にした跡部が並んだ。

「ほら、もう帰れんだろ?」

「その……ようですね」

 渡された鞄を受け取ると、頭を一度だけくしゃりと撫でられた。いつもなら扱いに怒るところだが、今日だけは黙っておくことにする。

「跡部くん。あの、本当に……お世話になりました」

「はっ、貸しにしといてやるよ。行ってこい!」

「……はい! いつか、お礼をしに来ます。さようなら、跡部くん」

 肩を軽く叩かれ、押し出された。跡部なりの激励なのだろう。
 敵対する事しか考えられなかった男だったのに、今日このように出会って、観月の中で跡部景吾という男は大きく転換したと言えた。触りこそ粗いように見えて、その実とても優しい人物なのだと。
 負けたことは悔しい。けれども、この懐の大きさを知ると、少しだけ溜飲が下がるというものだ。器では、まだまだ敵わないだろう。
 いつかきっと、このくらい。いや、もっと。心まで強い選手になろう。心の中で礼を重ねながら、観月は一歩を踏み出した。



 輪の中へ帰って行く観月を、跡部は少しだけ勿体ないような気分で見送る。一晩くらいは預かり受けるつもりだったのだが、迎えが予想より早かった。
 最初はそんなに構うつもりもなかったのだが、またもや悪い癖が出てしまい、更にドツボにハマった気がする。
 帰りはタクシーを呼んであるらしく、彼らが連れ立って門の方へ歩いていく中、木更津がこちらに向かってきていた。

「ねえ跡部。観月のこと、ありがとう」

「あ? さっきと随分態度が違うじゃねーの」

 観月の頭を撫でた時、すごく睨まれていたことを、跡部は気づいている。

「観月が君のことあんまり警戒してないみたいだから。観月に優しくしてくれたんだろうなって。だから、ありがとう」

「構わねーよ」

「話せばいい子でしょ、うちの観月」

「どうだかな」

 じゃぁね。と言い残して木更津も去っていく。その背中を見送りながら、跡部は小さく笑っていた。



 その夜、跡部は資料をまとめながらも、心にひっかかるもやを感じていた。
 浮かんでは消える今日の出来事。思わぬ失敗に肩を落とす消沈した瞳。悔しさをかき消すことができない激昂した表情。風呂から上がって来たときと気怠げな色。そして、紅茶を飲んで喜んでくれたときの幸せそうな微笑み。それらが浮かんでは消えていく。
 これは、完全に想定外でしくじった。
 今はそのような事にうつつをぬかしている場合ではない。来る青春学園との戦い、もう負けるわけには行かないのだ。
 謎の……否、薄ぼんやりと何かは理解できている心を胸に秘め、跡部は部屋の灯りを消し、夜を迎えた。







テニミュを見に行くと跡観が書きたくなるという謎の現象。
に則り書いた跡観です。馴れ初め大好きなので何度でも書きます。楽しかった!!!

書きたかった場面は湯上がり観月さんにどきっとしてしまうノンケ跡部くんと
幸せそうに笑う観月さんにどきっとするノンケ跡部くんでーす^^^
わかりやすいですね?

跡部くんはな……一回懐に入れてしまったしまった人を大切に大切にしてしまう男なんですよ。
で、その懐に入れた人をとりあえず喜ばせたいと考えるところが最高にかっこいいと思ってるんで、跡観も然りなんですよ。

そういう跡観感をまた出していきたい。

拍手[1回]

PR

Copyright © ひょうひょうと駄文 : All rights reserved

「ひょうひょうと駄文」に掲載されている文章・画像・その他すべての無断転載・無断掲載を禁止します。

TemplateDesign by KARMA7
忍者ブログ [PR]