登場人物:跡部 観月
CP傾向:跡観
制作時期:2021年10月
いつものシリーズとはちょっと違った跡観の短文
跡部ハピバのつもりで書いたけど、跡部の片思い
友達以上恋人未満の甘酸っぱい関係になってしまいました……あれ?
「忘れていたのを思い出したので来ました」
そう、悪びれた様子もない平然とした顔で、彼が告げたのは誕生日から四日も経ったその日だった。
突然、彼が邸宅まで来たものだから、そのまま部屋にあげてしまったのだが、どうやらそういう理由らしい。
「あぁん? 忘れてねぇだろ。祝わなかっただけだろ」
「生憎、忙しかったものでして、すみません」
「全くすまなさそうな顔で謝んじゃねぇよ」
観月の記憶能力と、今の絶妙な関係性――友達以上恋人未満――で観月がこの日を意識しないはずがないだろう。そもそもそこかしこで跡部生誕を祝う言葉が溢れ、催しが行われていた。
何より跡部王国では、身元が証明できれば来客拒まずの盛大な立食パーティーまで行われていたのだ。あの日だけはファンも側まで行くことが許され、それはそれは賑やかで華やかな催しだった。
勿論、その場に観月はいなかった。招待状も出していたはずなのだが。
「で、何か欲しいものはありますか?」
「そんなの決まってんだろ」
「人以外でお願いしますね」
「…………」
にやにや笑っていた跡部の顔がスン、と真顔になる。思考が完全に読まれている。
「なんでもいいというのも勿論ナシで」
「くそっ、意地が悪いな」
「そう言わないでください。だって僕が買えるものなんて、跡部くんにはさほど価値のない……あっても既に買えるようなものばかりでしょう?」
「お前が考えたものを貰えるから意味があるんだがな」
「何か言いました?」
ぽそりと呟くも、聞こえているはずなのに観月の言葉に消されてしまう。そんな事は観月も知っているのだ。
「何でもねぇよ」
「まぁ、そんなわけで、僕はあなたが望むものをお渡ししようと思ったわけです。道理的でしょう。ないならないで別にいいんですが」
「えがお」
これは聞き漏らせまいと、しっかりきっぱり大きな声で跡部は宣言する。それを聞いて優位に立っていたと思っていた観月は怪訝そうに首を傾げた。
「……はい?」
「だから笑顔だ。俺はテメエに笑ってくれって言ってんだよ」
「いきなり笑えと申されましても、そんなのひきつった笑顔にしかなりませんよ」
「あのな、観月よ。俺は別にお前からどうしてもプレゼントが欲しいだとか、誕生日を祝ってくれだとか、親しくしてくれとか言ってるわけじゃねぇんだよ。ただ、普通にいつものように笑っていてほしいだけだ。悪いか? プレゼントは欲しい、がお前には負担になると理解している。祝いたくてもあの人混みの中で言いたくないお前の矜持もわかる。そこまで俺の事が好きか嫌いかはまだ聞きたくねえ。そんななか俺が望むのは、ちょっとでいいから笑ってくれって事だ。ったく、どうやったら喜ぶんだよお前……」
ここまで一気にしかめっ面で言い切った跡部を前に、観月は一瞬目を丸くしていたが、すぐに口元を抑えた。
「ぷっ…………。んふっ……んっふっふっふっふっふ」
「おいこら」
「くっ……。だって……跡部くんが必死すぎて……あー、もうだめです。あっはっはっはっはっは!!!」
観月が盛大に笑う。別に意図したものではないのだろう。
「いや合ってるんだが……合ってるんだが、釈然としねぇ!!!」
「あー、おかしい。ぷくく……。すみませんすみません。あまりにも欲がなくて笑ってしまいました」
笑いすぎの観月は確かに珍しいが、見事ダシにされた跡部としては嬉しいような腹が立つような、だ。しかし、念願の観月の笑顔には代わりはない。普段あまり人前で感情を出さない彼が時たまこうやって少年らしい姿に戻る。そんな姿に惹かれたと言っても過言ではないのだ。
いつも人前ではすましている観月だからこそ、跡部は彼の直の表情を見るのが好きなのだ。そして、できるならば笑顔でいてほしい。普段の不敵な顔も悪くないが、時折見せる落ち着いた優しい笑顔は、本当に誰にも見せたくないくらいだ。
「ふふ、笑いすぎて変な筋肉使ってしまいました」
「気は済んだかよ」
「ははははは……はーーー。はい。ところで跡部くん」
「あん? 一応願いなら叶ったぜ? ちょっとスッキリはしねぇがな」
「夏の大会が終わった後に、誕生石のリングネックレスを贈ってくださいましたよね。今年のは終わっていて祝えなかったとか言って」
「他のものは全く受け取って貰えないままだがな」
それは跡部が観月への気持ちに気がついたときに、初めて贈ったものだ。だが、貢がれるのが好きではない観月は、それ以来なにも受け取ってくれない。与えたければ自分で足を運び、紅茶を飲みに誘うのが一番妥当なくらいだ。
「誕生日プレゼントくらいなら、ということですね。となれば、お返しするのが妥当でしょうが、跡部くんは何も望んでくださいませんでしたし」
だからしょうがありませんよね、という風に語る観月は相変わらず食えない。
「っておい、本当に欲しいものを言ったら買うつもりだったのかよ」
「そうですよ? 当然、中学生のお小遣いで買える程度のものしか無理ですけど」
けろりとした顔で返される。それなら何でもいいから観月以外を願っておくんだったと少し後悔する。
「ねえ、跡部くん。『オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ』を知っていますか?」
「はあ? 寧ろあの曲を一度聞いて忘れるやつなんているのか?」
知ってるも何も、有名すぎる上に一度聞いたら忘れられないような曲だ。観月とはイメージの掛け離れた陽気な曲だが、なんでそんな話が出るのか首を傾げる。どんな歌詞だっただろうか。恋の歌なのは覚えているのだが。
「んふっ。ならそれに倣いましょう。モリーは指輪を贈った人に、こう返すのですよ」
そして観月が目を閉じ、息を吸う。それだけで場の空気が神聖なものにかわった気がした。静かに紡ぎ出されたその声音は、いつもの喋る声より少し高い。流石に複数ある賛美歌全てを覚えているわけではないが、生誕を祝う歌詞なのだとはぼんやりわかる。
それよりも観月の澄んだ声音に、含まれる静謐さすら感じる透明な優しさに、暫し跡部は聴き惚れた。
確か前にミサのア・カペラで独唱を任されていたとは聞いていた。だが、こうして歌って貰ったことは一度もない。
秋の澄んだ夜空に、彼の歌声が溶け込み、やがて消えていく。
歌い終わった観月が、優雅に、深々と頭を下げる。それを見て、跡部は拍手を送り、満足げに笑みを浮かべた。
「いかがでしたか?」
これは案外、無理に物をねだらなくて正解だったかもしれない。
「最高じゃねーの」
「それはなにより。誕生日、おめでとうございました」
「来年は過去形、やめろよ」
「さあ、どうでしょう。気分次第ですかね」
相変わらず想いを寄せてしまった彼は、今日もひらひらと舞う蝶のように手が届かない。けれど今はそれでいいのだ。そんな掴めない彼が見ていて面白いのだから。
そして次のクリスマスの聖ルドルフ公開ミサには必ず出席しようと、跡部は心の中でひっそりと決めるのだった。
そんなわけで跡部ハピバ遅れまくり話でした。
そもそも私がキャラの誕生日に無頓着なんですね。
あんまり祝ってることがないのはそういうわけです。
けど最近フォロワさんに跡観で解釈の近い方がいて
ありがたいことに色々構っていただいているので
今年は私も乗ってみました!
書いててめちゃくちゃ楽しかったので
やっぱ文章書くの好きなんだなぁ、私。
そして跡観が好きなんだなぁ……。
ちなみにどうでもいいけど、タイトルは韻を踏んでいるつもりです。
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